逆算
データを解析したアニムスの本部基地、イ・ラプセル天文台の観測室に併設された作戦ラウンジにて。指導者のアクルクスと技術局解析室長のセイファートは深夜にも関わらず彼らの唯一共通の上官へ通信を繋げていた。
『まずはマギウスクラスタの停止、もしくは破壊を目標とする』
中空に浮かぶポラリスは空にホロモニターを浮かべながらイ・ラプセルと通信を取っていた。フューズの力で浮遊するポラリスはまるで水に浮かぶように空を泳いでいた。
『これからの行動はこの目標を達成するために逆算して行うものとする。そのために必要なことは、何か?』
「マギウスクラスタを停止、もしくは破壊したときに発生する損失の計算、及び以後に発生する影響を予測し対応の支度をしておくことだ」
第一の問にはポラリスとはまた別に専用の深紅の衣を纏うアクルクスが答える。その回答にポラリスは満足したように頷く。
『次にこの目標を達成した際に必要なことは、何か?』
「マギウスクラスタに代わるエネルギー供給機関を設置することです」
第二の問にはアクルクスの隣に立つサラサラのセミロングの金髪に眼鏡をかけたアクルクスの側近であるケレスが答える。
『ああ。マギウスクラスタで損失した分を一時的に供給する方はこちらで整えておく。そちらで後始末の方は任せるぞ』
「「了解しました」」
そして通信が切れる。通信が切れた直後肩の力が抜けた二人は幻覚で隠していた後ろの書類の山を見る。
「…どうする?」
「解析室に回します。我々はただでさえ仕事が片付かないのに自分で処理する必要はありません」
「世知辛いなあ」
ポラリスは現地で買った服を纏い、肩に角のある鹿のモローを乗せて走る。
「行くぞモロー!アブソリュート・ゼロ!」
ポラリスは最小規模の大魔法を発動させ、モローがその自慢の角で魔法を制御してモンスターの心臓部を的確に貫かせる。
出力に長けるポラリスと制御に長けるモローの合わせ技の完成度はこのエルノド・ノヴォでも指折りのものであり、少しづつ名前が知られ始めていた。
偽名のスバルとして。
ポラリスは保護したヴルカとガッシュの面倒を見るために生活費を稼ぐ必要があったのだ。ポラリス達が持ち込んでいる食料はヴルカには合わなかったのでエルノド・ノヴォで手に入る食材が必要で、ガッシュに食事は必要では無いが一部パーツは修理する必要があり、整備備品も足りてなかったので資金が必要になった。
そのため偽造身分を再び使って冒険者として稼ぐことにしたのであった。幸い、陰でポラリスの指揮下の観測者達が動いており、監視行動を行う公僕から注目されないように調整していた。半ば観光半分の冒険者は少なくないとはいえもしも目が留まれば監視がついてもおかしくない行動記録となっている。無論ポラリス自身も注意してはいるのだが数値や記録を改ざんすると後々面倒な事態に繋がりかねないので最低限の介入で済ましていた。
「いーぞースバル!」
即席チームのチームメイトが肩を組んで抱き着いてくる。彼は大仰な鎧に身を包み、大盾を担いだチームの前衛を担う彼は腕が筋肉質である為体温が非常に高く、モローはそれを嫌って頭の上に移動する。
「やっぱりお前は強えーな!助かるぜ!」
「こちらこそだよ。君がちゃんと注意を引いてくれていたから狙いやすかったよ」
ポラリスはさも自分が狙ったかのように言っているが実際にはモローが制御を行っていたため自分の手柄を取られたモローは抗議の為にポラリスの頭を齧ろうとするがあまりの固さに断念してせめてもの抵抗として髪をねじっていじる。
「さて、そろそろ日も暮れる。今日は夜を越す準備をしていないからそろそろ戻ろう」
即席チームのリーダーでもある彼は他のメンバーにも声をかけて撤収に急ぐ。ポラリスも即席の陣地を展開するために設置した地面に埋め込むタイプのタワーシールドを引っこ抜いて畳む。
「スバルさんって力、強いですよね。前衛でも戦えるんじゃないですか?」
直接戦闘をするタイプではないサポートメンバーがポラリスに悪気無く話しかけられたことでポラリスはすこし動揺する。演技をしている為少々必要以上に神経質になっていたようだ。
「昔は鍛えていたこともあったが…どうも俺には向いていない気がしてな。そんなときにモローに出会ったんだ。だからこいつといる限り、元に戻る気はないさ」
「そうですか、スバルさんなら何でもできそうですけどね」
「ありがとう。気が向いたら…かな」
そう話をしながら撤収していき、無事に日が沈む前に街に帰ることが出来た。
三重防壁の内側にある冒険者用の拠点施設にて今日の成果の換金を行い、参加したメンバーには均等に配分した。それは最前衛のタンク役のリーダーやメインアタッカーのスバル(ポラリス)はもちろん、直接戦闘には関与していないサポートメンバー達、戦闘員も非戦闘員も関係なく完全に均等に割った金額を受け取り、受け取ったメンバーから分かれていく。
「はい、これで最後はお前の分だ」
「ありがとう」
最後に受けとったポラリスは感謝を述べながら受け取り、また彼も自分の帰路につこうと踵を返したところにリーダーが呼びかけてくる。
「スバル!また今度組もうぜ!」
ポラリスのことを頼りになると見込んで誘ってくれているのは分かっているが数回の冒険で生活費を十分に稼いだポラリスはもう組むことは確実にない。だがそれを言うことは出来ずにポラリスは世辞でごまかした。
「ああ、機会があるのなら」
施設を出たところの木陰でスピカが待っていた。どうやら目立たないように隠れていたらしい。ポラリスが出てきたことに気が付くとすぐに飛び出して抱き着く。
「おかえりなさい!今日も無事でよかったわ!」
「こんなところで待っていなくていいのに…」
稀に執拗に勧誘をしてくるギルドやチームがいる為少々強引に振り切るために待っていたスピカと一芝居打ちながらその場を徐々に離れ、監視の目からすり抜けていく。エルノド・ノヴォの記録には二人はこの入口を離れたあと行方は補足できなくなっていた。だが監視対象でも何でもないただありふれた出稼ぎ冒険者の二人を誰も不思議がる者はいなかった。
「頼まれていた調べ事は全て終わったわ」
「…そうか、こちらも目標額に到達した。これで作戦に全力を注げる。全ての準備は明日正午までに終わらせ、夕刻より再開するとしよう」
完全に街をはずれ、セーフハウスに戻ってきて二人は仮面をとき、いつも通りの二人に戻るがスピカはポラリスの腕に抱き着いたままであった。
「まずは彼の説得ね」
「ああ」