囚われのプリンセス
お菓子な城、スイーツスタンドスロスの中で出会った騎士オーヴァンは過去に実在した人物を再現した追憶の中の存在だとアクルクスは結論付けた。
誰も異論は挟まなかった。
「そんな気がした」
「まあ予想通り。寧ろ保護対象じゃなくてラッキー」
アヴィオールとカノープスの心無い感想にアクルクスは眉を顰めながら続ける。
「だが彼もスイーツ達とは敵対関係にあるようだ。僕はこれがこの領域を解決する為のヒントになると思うんだ」
「そりゃこの城をぶっ壊すのを手伝ってくれるって?それはうまいこと行き過ぎなんじゃあなかろうか。そもそも死んでるからといってどいつもこいつも消えたいわけじゃないだろ?」
もう取り繕う気もなさ過ぎるカノープスのストレートな意見に最初に同意したのはミモザだった。
「そうね。道案内は頼めても、背中を任せるのは怖いわね。フューズの相互干渉で心を読み取れないのはともかく、自分が何者なのかに頓着していないのは薄気味悪いわ。いつ背中を刺されるかわからないんだもの」
「過去がわかんねぇ奴は未来をどう捉えてるかもわからねぇからな」
カノープスとミモザが警戒感を顕にしている事で、他の者達は皆反論が出来なくなってしまった。
今のイ・ラプセルに置いて純粋な火力、数値的な戦闘能力で見るならポラリスが最も強大な存在であることは疑いようもない。しかし、ソルジャーとしての総合的な手腕として見るのであればカノープスとミモザの二人こそ最優であり、最優の二人が論理的に否定的である以上肯定へと覆すのは異次元の難易度となる。
自分でも曖昧な主張と自覚しているのであれば尚更二人の判断に追従するのは当然の帰結であった。
「分かった。信用はしない。だが利用は出来るはずだ。もう一度話をしてみよう」
「さんせー」
「私もよ」
アクルクスは再びオーヴァンの元へと振り返ろうとしたところをポラリスがフューズを介した念話で呼び止める。
「(アクルクス。奴は先の決闘で明らかに手を抜いていた。技を縛った以上に、自らからは一歩たりとも動こうとはしなかった。何かを隠している。警戒を怠るな)」
「(了解)」
万が一にもオーヴァンに聞こえないようにポラリスはアクルクスにだけ向けて話したのは皆薄々感づいていることではあるものの、アクルクスへリマインドを兼ねたエールとしての助言だった。
交渉人アクルクスは再び大階段に腰掛けるオーヴァンの方に戻る。
「オーヴァン、ちょっといいかな」
「おう、何だい?」
「僕らはもう少し休んだ後、ここから先に進むつもりだ。君はどうする?」
「そうだなぁ。そうだよなぁ」
オーヴァンはノー天気でとぼけたように考えたふりをする。
しかしアクルクスから見ればそれが考えているふりであることは一目瞭然だった。
星の子達は融合素を介して他人の心の中を見る事が出来る。星の子は自らの心に壁を作り読ませない事ができるが融合素にアクセスできない者は心の中を読まれ放題だ。
オーヴァンは星の子の名家セイラム家の出自だったが星の子としては生まれなかった。それゆえに幼少期から軽視されて育った。しかしそれでも彼は非常に恵まれた環境だった。
多数の専門分野を修め、そして心技体を鍛えてセンチネルに入隊し、市民の生活を守るべく邁進した。
例え彼は星の子ではなくてもブルーブラッドに違いはないからだ。
だからこそ、誰もが逃げ出す地獄から目を背けずに、最後の最後まで名も無き小市民たちの為にイ・ラプセルの滅びをその眼で見届けたのだ。共に戦った星の子達の性質など知り尽くしている。
心を読まれることなど承知のうえで、オーヴァンは表情には出さなかった。
「ああ、そうだ。僕は囚われのお姫様を助けに行きたいな」
「囚われの?」
「うん。この先の監獄塔の頂上にいるはずだよ」
オーヴァンが左手で指さす。アクルクスから見て右側にあるゲートの向こう側は見えないがおそらく監獄塔へと続いているのだろう。
「いや、一人で何度か一人で忍びこもうとしたんだけどね?一人では全然進めなくてあきらめざるをえなかったんだよ」
「…」
アクルクスはわざと、訝し気な目でオーヴァンを見る。
しかしそれが本心であることはアクルクスには手に取る様にわかるのだ。彼は心を読めていない振りをしながら戦力としての評価をしていた。
「(先程の決闘では手を抜いていたとは言え全力で戦えばどちらにせよポラリスが勝てるだろう。しかし彼は戦力としてそこまで足手まといというほどのものではない)」
刹那の逡巡の後、決断を下す。
「分かった。救出に協力しよう」
「マジで?」
「ああ。二言は無い。ただ一つ、これは君を味方にしたいからするのではなく、敵に回さない為の処置だと先に言っておく。だから君は自分の身は自分で守れ。我々は君を守らない」
「ああ。構わない、いざとなれば見捨ててくれていい」
「なら、暫くは共闘だ」
アクルクスはオーヴァンに手を差し伸べる。誠意と友好を示す、握手だ。
オーヴァンは不敵な笑みを浮かべながらその手を握る。
「(こいつらは相当な腕利きだ。存分に使い倒してくれよう)」
「(腹が黒いのはお互い様だな。だが搾り取れるものは限界まで搾り取ってやろう)」
屈託のない、心からの笑顔を浮かべる二人は、実に御似合いの様子だった。
その様子を見ていたカノープスやミモザには、そう見えた。
「なんか手、組んでるけど。どういう話になったんだろ」
「さあね。でも、ここから先は手分けしていくのかしらね」
ミモザはそろそろティーブレイクも終わると見て残っていた紅茶を一気に飲み干した。




