耐久戦
動くお菓子の回廊を突破したポラリス一行は、次の空間へと突入した。
「ここは…なんだこれは」
彼らが着地したのはほどほどの大きさの足場。そしてその周囲はぐるりと空間の境界で塞がれており、あるのは入り口と、奈落を挟んで向こう側に見えるもう一つの足場。
「あちらに進むしかないか」
アクルクスがまず奈落を覗き込んでみる。深淵の底はどこまで行っても見えない。
向こう岸まで跳んで渡るのも距離的には訳は無いがそんなに簡単に行くものかと訝しんだアクルクスは光弾を向こう岸に向けて放つ。
無事にたどり着くなら瞬間移動用のビーコンにすればいい。しかし光弾は奈落の中央で突然ベクトルが下向きに変わり、急降下していった。
強力な重力場が一部にだけ形成されているようだ。
その発見と同時、アクルクスの足元に飴の矢が突き刺さった。
「敵だ!」
それを合図に、どこからともなく現れたお菓子の兵団が一斉に襲い掛かる。虚空より生成された疑似生命体達は野生の畜生にいくらか劣る程度の知能しか有していない。それで十分だった。箱庭に囚われた者達を囲んで叩くためには敵と味方の区別がつけばいいのだ。
「やはりここは狩場であったようだな」
ポラリスがアクルクスを除く五人を煌焔の渦で覆う。上から飛びかかる様に襲いかかってきたロリポップ兵達を一網打尽にしつつ各々のウェポンギアを出力する時間を稼ぐ。
「お手を煩わせてしまい申し訳ありません」
まず一番初めにポラリスの傘から飛び出したのはアヴィオールだった。
両手にそれぞれ拳銃を携え、そして乱れ撃つ。発射レートはそこまで速くはないが一発一発の威力が高い。次々撃ち抜いて押し留める。
彼の後ろから大剣が二本、鎧やお菓子の残骸ごと吹き飛ばしていく。
「大物は貰うぜ」
「構いませんよ」
来た道側にカノープスとアヴィオールの二人が並ぶ。足元から這いよるホイップクリームや跳ねるグミ達をアヴィオールは的確に撃ち抜いていく。1匹1匹に的確に1発ずつ撃ち抜いて、1発の無駄弾も無い。そしてその有象無象の残骸を踏みつけて進むのは人間大の大きさから、あるいはそれ以上に巨大なビスケットやロリポップに向けてカノープスは大剣を叩きつける。三本の大剣を念動力で自在に操る。主に二本は飛び回り、一本は手で持ち、自ら踏み込んで叩き込む。
固いビスケットも大剣の質量を受け止めきれず、容易く砕かれていく。
「さて、こっちは私の役目ね」
「来い!」
そして左右を守るのはスピカとエルナトだ。
左を担当するスピカは周囲のエーテルを枯渇させる勢いで次々とアーツを放ち、方や右を担当するエルナトは堅実に棍で潰して防ぐ。
「ミモザが橋を架けるまでこの場を死守する。これでいいかい?」
「ああ。勿論」
「りょーかい!きちんと守ってね!」
そして対岸へ橋を架けるミモザと彼女を守るポラリスとアクルクス。
それぞれの役割を全うする、耐久戦が始まった。
ポラリスの前に立ちはだかるのはスナック菓子の兵士たち。流れるような太刀筋でいとも容易く斬り伏せる。
更にポテトチップスの蝶が鱗粉代わりに砕けた粉末を撒き散らしながら飛来する。
粉塵が舞うということは粉塵爆発で一網打尽にできてしまう
ポラリスの視線が一点に合わされる。融合素からエネルギーを空気へと移動させることで空気を振動させ、急激に発熱させ爆発的な酸化反応を引き起こす。
星の子の十八番が一つ、パイロキネシスだ。
粉塵は一斉に爆発して蝶も、その後詰めの茶菓子も一掃する。
「なかなか派手にやるなぁ」
爆煙の風下になっていたアクルクスは咳き込みながら片手で大盾を支える。迫りくるシュークリームのプレッシャーにも動じずにシールドバッシュで吹き飛ばす。
シュークリームの皮が裂け中身のクリームが飛び散りながら吹き飛んで行く。
そんなクリームの逆風の中を超高速で突撃してきたエクレアがアクルクスの盾に激突する。
「おっと、敵討ちか?」
だがアクルクスは足場から僅かに浮かび、宙に浮きながらエクレアの衝突を受け止めた。
その余りの衝撃にそのままエクレアは弾け飛び、皮を覆うチョコレートと飛び出した中身のクリームが今度は加速度に乗ってアクルクスの方へ飛び散るがアクルクスが左手を天に掲げると空中に壁を作りクリームを受け止めていく。
やがて全てのクリームを抑えきったかと思えば今度は様々なお菓子の残骸を越えて小さなアソートタイプのお菓子軍団が押し寄せてきていた。
アクルクスは半身で立ち、左足を前に出し、右腕はだらりと下げる。
「来い、来い、来い。幾らでも来い!」
十分に引きつけてから左足を起点に波紋を広げるように星晶を幾つも生成して術式を展開する。
起動した術式は星晶の融合素を一斉に消費して渦を描き始める。術式の渦に沿って空気も渦巻き始め、あっという間に竜巻が発生した。
更に星晶を巻き込み内部では膨大なエネルギーがあらゆる結合を容易く破壊し全てを粉砕していく。
更に力を抜いていた右腕に融合素を集め、そのまま手刀を振り下ろす。
アクルクスの右腕は竜巻を二つに割り、正面に足元を覆い尽くすほど溢れていたお菓子たちはもう歩き出すことはなかった。
「そっちは大変そうだな、少し代わろうか?」
自分の正面が空いて余裕のできたアクルクスは背中を預けているポラリスの持ち場の方を見やると大分押し込められているようだった。
しかしポラリスはブレードをひたすらに振り抜いてお菓子の兵団を押し留めていた。
「問題無い」
ポラリスはタックルしながらガードまで深々と押し込んだブレードを力任せに振り抜くように引き抜き、返す刀で首を刎ねる。
直ぐに右へと方向転換しつつ一歩大股で踏み込み神速の突きが横抜けを仕掛けたグミを貫き、ブレードを経路にして融合素を大量に流し込んで内部から爆破、燃焼させる。
そして次はブレードでは間に合わなかったと見たか左手に融合素をかき集めてそのまま掴みかかり、掴んだまま融合素を昇華させる。
砕けたお菓子越しから大量に融合素を放出して弓兵を撃ち抜く。
細長いスナック菓子の槍を躱しながらポラリスはブレードでマドレーヌの兵士を斬り伏せる。
四方八方から押し寄せる敵をなんとか防いでいるもののその物量と頭数はとにかく厄介で、足元を丁寧に潰してもなお足元に広がったクリームに足を取られそうになる。
足捌きを注意深くすれば敵を倒すペースが下がりその分苦しくなる。
連携の分断は、更に選択肢を奪っていく。




