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Nadia〜スターライトメモリー〜  作者: しふぞー
星夜の魔女 編
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一番良いものから

 ポラリスは立ちはだかるホールケーキを前に怯まず駆け出す。

 ブレードに煌焔(フレア)を纏わせ叩きつけるように斬りかかる。身体がホイップクリームが集まってできているだけあって非常に柔らかくすぐに刃が突き刺さったがとにかく手応えも無い。

 頭上からホイップクリームが降ってくるためすぐに割り切り引き下がるも傷は既に塞がってしまっていた。


「ダメージを蓄積させるしか無さそうですな」

「ああ。これほど手応えが無いのでは一周回って厄介だ」


 ポラリスは少しでもダメージを蓄積させるために周囲の瓦礫を片っ端から念力で持ち上げてはホールケーキ目掛けて射出する。

 一つ一つのダメージは極めて小さく、ホールケーキは一切気にしたりはしないが着実にダメージは積み重なっていく。

 しかしそれでは戦況は動かない。

 ホールケーキの号令によってお菓子の兵士たちが立ち上がる。

 

「数だけ増やしたところで意味など無い」


 ポラリスは周囲の空間全てを融合素で持ち上げる。おもちゃの兵士たちは一人残らず宙に浮きあがる。


「アッパー・ヤード!」


 一瞬にして超過重力を加して足場に叩きつける。

 衝撃に弱いクッキーや氷菓子は粉々に砕け散り、ホイップはべちゃりと潰れて飴はなんとか形を保つが細い関節部が壊れて立ち上がれなくなる。


「お見事」

「まだだ、油断するな。これでは終わらないはずだ」


 ポラリスは空間ごと押し流してお菓子の兵団の残骸を乱暴に片付ける。エルナトにも警戒をさせ、自身はホールケーキと向き合う。

 そのホールケーキはクリームを延ばしてポラリスが一蹴したお菓子の残骸たちを取り込んでいく。

 

「エルナト!」

「御意!」


 エルナトがクリームの腕を次々に斬って落とすがとにかく数が多すぎる。クリームで包んで保護しているだけあって防御は堅く、次々に残骸を取り込んでは自身を守る鎧と化し、城郭を形成していく。


「(これが狙いか)」


 飴細工のイチゴがポラリスの方へ向く。射出するのか、それとも別の攻撃手段があるのか、しかしそれは結果的には分からなかった。

 飛来した小さな静電気。だがその静電気が飴細工に触れた瞬間爆音と閃光が走り、一瞬にして飴細工を黒焦げにしてしまう。

 極限まで凝縮された小さな小さな大魔法。それを操ることが出来るのはセントラル広しと言えどただ一人だけ。


「ミモザか!」

「遅くなったわね」


 しかしホールケーキはクッキーを押し固めた弾丸を放って空中から現れるミモザを迎撃しようとする。

 だが人影がミモザの前に入り、さらに弾丸を次々と撃ち落としてミモザを守る。


「助かるわ、アヴィオール」

「お安い御用です」


 二丁拳銃のウェポンギアを携えたアヴィオールがミモザと共に足場に着地する。

 先に交戦していたポラリスとエルナトと合わせて四人のソルジャーがここに集結した。


「ショートケーキのイチゴは大切にしたいんだけどな」

「何を言っている。一番良いものから頂かなくては」


 軽口を言える程余裕のあるアヴィオールにポラリスは馬鹿正直に本心から答える。

 その様子を見てミモザは大層面白そうに腹を抱えて笑っている。


「あなたたち、呑気なものねぇ」

「四人も集まればいくらか余裕もあるからな」


 そういいつつエルナトはバリアを展開してホールケーキの攻撃から三人を守る。

 警戒を解いていたわけでもなく、防御を疎かにしていたわけでもないがエルナトの防御が頭一つ抜けて速かったのだ。

 そしてポラリス達もただで軽口を叩いていた訳では無い。


「何度でも約束を果たすよ。天底の女神(ナディア)

「たとえ偽物でも本物の価値を。偽十字(フォルスクロス)

「豊穣の大樹よ今ここに。極楽蝶(アカシア)


 ポラリス、アヴィオール、ミモザの三人はそれぞれの魂に格納されたプラネッタを顕現させ、真の得物を出力する。

 ポラリスには機械仕掛けの大剣、約束の剣を。

 アヴィオールには細く大きな十字架を象った弓を。

 ミモザには生と死の狭間を渡る羽衣を。

 

「行くぞ!」


 ポラリスが先に飛び出し融合素をブレードに流し込んで叩き斬る。すると剣閃は爆裂し、空間ごと破壊する。

 彼が一歩引いたかと思えばすかさずアヴィオールの精密な一射がホールケーキを抉り取る。

 ミモザもその身より蝶の翼を生やし、羽ばたいて空中から小さな火花を飛ばし、爆撃する。

 エルナトはバランサーとして三人が暴れ回る間にホールケーキの反撃を的確に防ぎ、更に星晶術(シドゥス)強化術式(バフ)を掛ける。


「大技と行きましょう!」


 アヴィオールが星晶をポラリス目掛けて射出する。

 星の子の操る弓は矢だけを放つものに非ず。遠く離れた場所へ的確に射出する為にある。それどころか矢に術式を掛け自己加速させたり強度を上げて貫徹力を高めたりなど様々な効果を持たせる事ができる。

 今放った星晶はポラリスに触れると溶けるように消え、強力な一時的強化を施す。

 この粋な計らいにポラリスは更に一歩引いてブレードにリソースをチャージしていく。


「邪魔はさせないわ」


 ミモザがホールケーキの視界を覆うように現れ、チョコレートの機関銃を自身に向けさせる。

 だがその身体は一瞬にして無数の蝶へと姿を変えまるで陽炎の様に視界の中心を歪める。

 無数の蝶はホールケーキの周囲を飛び交い、ばら撒く鱗粉はホールケーキに降り積もっていく。

 そして遠く離れた位置で蝶達は再集合してミモザは肉体の輪郭を取り戻す。


剣気解放(ブレイドバースト)


 そしてポラリスは膨大なリソースを封じ込めたブレードを大上段から振り下ろす。

 剣閃に導かれて放たれた剣気は一筋の軌跡を描いて真っ直ぐにホールケーキを穿ち、鱗粉が連鎖的に爆発していく。

 ホールケーキは大きく凹み、幾らか土台のスポンジまで到達していく。

 ポラリスの一撃はケーキのおよそ七割を消し飛ばしたのだ。

 悠々と既に勝者の余裕を見せながら足場に下りてくるポラリスの傍にミモザも降下する。


「大分派手に吹き飛ばしたけれど、まだ再生するのかしら?」


 念のため警戒はしているもののミモザは自己強化の大半を解いていつでも防御態勢だけ敷くことができる体勢で様子を見守る。

 エルナトが他のお菓子たちの合流を全て防いでいたこともあり、周囲にも材料はほとんど残っていない。

 それでも、残ったスポンジはうねうねと動き出していた。


「あまり湿度は高くなさそうなのにやたら動きが滑らかなのは気持ち悪いですね」

「そうだな。もう力も残ってい無さそうだがな」


 アヴィオールは矢を握りしめたまま警戒を続ける。スポンジは少しだけ何か出来ないか足掻いて、そして何も出来ないことを思い知って、それからようやく悪足掻きをやめた。


「動き、止まったわね」

「帝、トドメは俺が」

「ああ。やれ、エルナト」

「御意」


 主君より命じられたエルナトはウェポンギアを破棄し、ゆっくりと前に出る。


雷霆の鉄槌(ケラウノス)!」


 大斧がエルナトの右手に出力される。紫電が迸り、緊張感が走る。

 彼の目の前に三本の大剣が突如突き刺さった。


「…ッ!貴様ァ!」


 乱入者の正体にすぐに気が付いたエルナトは左腕で顔を覆いながら三本の大剣を媒介にしてホールケーキの残骸を全て崩壊させていくその男をキッと睨みつける。


「カノープス!」

「昇華」


 一斉にエネルギーを放出する融合素によってホールケーキを構成する物質の結合は一瞬にして崩壊して霧散していく。

 莫大なエネルギーをつぎ込んだ力任せでパワフルな一撃が一切の容赦なく消し飛ばしていく。


「手柄、横取りして悪いな」

「謝る気があるなら初めからやるな」


 わざとエルナトの前に降り立ったカノープスの下に三本の大剣が集まる。

 そしてさらにカノープスと共にスピカとアクルクスの二人も合流する。


「遅くなってすまない。急いできたつもりだったのだけど、もう終わってしまったね」

「僕らがいなければいけないことはなさそうだけれどね」


 申し訳なさそうに頭を下げるスピカの頭を撫でるポラリスを見てアクルクスは呆れたように視線を逸らす。

 彼が向いた先にはホールケーキが塞いでいた、空間の出口があった。


「あそこから出られそうですね」

「ああ。行こう」


 先に気付いていたらしいアヴィオールもアクルクスと共に出口を見つめていた。

 だがここから先も、一筋縄ではいかないだろうと、アクルクスは気を引き締めた。

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