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Nadia〜スターライトメモリー〜  作者: しふぞー
星夜の魔女 編
124/131

星空の虹

 機動戦艦アールヴリード。四季の消失点解決後、イ・ラプセルで建造された約五千年振りの新造戦艦である。

 流線型の曲線美をあしらった豪華客船のようなデザインに同じく凝ったデザインの砲とレーダー類、そして収納可能な縦長の艦橋が特徴的だ。

 天の帝の御座艦を想定しているため内部の装飾もある程度デザインが考えられており、船旅を快適にする設備は惜しげもなく搭載している。

 艦橋の後部に設置されたモニターテーブルに暇を持て余したカノープスが突っ伏して寝ている。

 向かいではエルナトとアヴィオールが任務の予習を行い、ポラリスは専用の席に座り、スピカとミモザは両脇に控え、アクルクスはオペレーター席の一つで溜まっている雑務を高速で処理していた。

 とても任務に向けて発進した後の光景とは思えないが手持ち無沙汰であってもソルジャーに対して勤勉さを説く勇者はいなかった。

 よってカノープスは微睡みに落ちていくのであった。


「いや流石に起きててください」


 アヴィオールに一瞬で起こされカノープスは寝ぼけながらまぶたを擦る。

 船にいち早く乗り込んだかと思えば目的の領域に接近するまでずっとテーブルに突っ伏して眠っていた。体力を温存しているといえば聞こえはいいが多少の労力すら惜しむ怠惰な姿をさらしているとも言える。


「さあて仕事の始まりかぁ」

「緊張感が無さすぎるぞ」

「べぇつに今から気ぃ張ったってしょうがないだろ」


 エルナトに注意されながらもカノープスはあまり気にはしていないようだ。

 優秀なるクルーを信用しているとも言えるし人任せにしているとも言える。


「いやただ面倒なだけでしょ」

 

 いつの間にかカノープスの背後に立っていたアクルクスがカノープスの頭をシバいて目を覚まさせる。


「突入前のブリーフィングを始めるよ」


 アクルクスが号令する前にポラリス達もモニターテーブルを囲うように立っていた。そこでエルナトとアヴィオールも急いで立ち上がる。

 七人でモニターテーブルを囲む。


「今は既に領域に接近しているものの観測記録は今だゼロ。領域内部はどんな空間になっているかは一切判明していない。よって機動力に優れるカノープスが先行し、次いで機動力のあるミモザと僕が突入する。安全を確保でき次第残る4人が突入する」

「うーい」

「私もそれでいいわ」


 先発側に選ばれたカノープスとミモザが了承したことで自動的に後発側に決まったポラリス、スピカ、エルナト、アヴィオールも頷く。

 少しづつ目を醒ましたカノープスが唐突に立ち上がる。ポラリスやアクルクス達が立っている状況でいつまでも一人だけ座っているわけにはいかない。


「起きたか?」

「勿論。プロですから」


 アクルクスの悪い笑みにカノープスもまた自信に満ち溢れた笑みで返す。その様子を見てポラリスは最早策はこの程度で良いと見て号令する。


「行くぞ」

「「ええ」」

「応」

「ああ」

「「御意」」


 六人、六様の応答。七人が決意と覚悟を共有する。



 アールヴリードの甲板、七人が並んで立つ。

 

『いつでも構いませんよ』

「おーけー。じゃあぼちぼち行こうか」


 艦橋からオペレートを担当するガニメデから報告を受けて勝手にカノープスが返事をする。一応作戦の指揮官はアクルクスではあるのだが、カノープスは全く気にも留めていない。


「君、解っているんだろうな」

「はいはい、指示には従うよ。ほどほどにな」

「ほどほどにとはどういうことだ?」

「作戦開始!」


 アクルクスに詰められる気配がしたと思えばカノープスは爆発するような勢いで空へと飛び出す。

 その様子を隣で見ていたアクルクスはため息をつきながらアールヴリードの艦橋に通信を繋ぐ。


「カノープスを援護するんだ」

『了解、ドローンを展開します』


 カノープスはドローン軍団を引き連れて特異点領域に正面から突入する。

 ポラリス達から見ればその領域はどこにも何も存在しないただの空にしか見えない。しかし確かにカノープスの姿は空間に波紋だけを残して消えていった。大量のドローンたちも同様だ。

 空間の境界を抜けたカノープスはすぐにこの特異点の恐ろしさを思い知った。


「よーし!突ぬわあああーーーーーー!」


 空間に突入して早々にカノープスは強烈な衝撃を受けて吹き飛ぶ。空中できりもみ回転し、傍を飛んでいたドローンに衝突してその衝撃で一瞬だけ目に映った脅威を視認する。


『おい、何があった?報告してくれ』

「なんかがぶつかった!」

『なんかではわからない。ギアデバイスでは視覚情報は共有できないんだ』


 通信の向こうのアクルクスはカノープスの焦りなどで慮ったりなどはしない。

 カノープスは何とか体勢を立て直して一気に加速、しかしすぐにそれはカノープスを追いかけてきた。


「畜生!デカブツのくせに張り付きやがって!」

『だから具体的な報告をだね』

「虹色の蛇みたいなとにかく長い奴が付き纏って来るんだ!多少の加速ぐらいじゃ振り切れん!」

『わかった。僕とミモザも突入する。隙を作ってくれ』

「やれるだけやってやんよ!」


 カノープスは蛇に衝突されながらその右手に一本の突撃槍(ランス)を出力する。そして槍先を明後日の方向に向ける。

 ドローンたちは既に大半が吹き飛んだ。


世界旅行(ワールドツアー)!」


 瞬間、カノープスが一縷の閃光となって蛇の口先から逃れていく。蛇はカノープスを見逃したわけではなくそのまま首をもたげて方向転換して追いかけてくる。しかし加速も最高速度もカノープスの方が遥かに上回っていることもあって少しづつ距離が離れていく。

 少しづつ余裕が生まれてきたこともあってカノープスはようやく自分のいる空間の状況を冷静に確認する。

 足元から、頭上まで広がる一面の星空。漆黒とはかけ離れた星明りの暗がりに浮かび上がるシルエット。星空の海に浮遊するのは巨大な石造りの城郭だ。


「アクルクス、この特異点の内部は城郭だ。入口を探すからちょっと待て」

『…承知した。任せたぞ』

「応、待ってろ」


 カノープスはさらにぐんと一段ギアを上げて飛び、城郭を一周する。そして彼の瞳は一瞬で過ぎ去る風景の中でも正門の場所を見逃したりはしなかった。

 

「そこか!」


 空中で急な円弧を描いて急カーブ。そのまま正門前の僅かな足場に着地する。

 蛇は正門に辿りついたカノープスをまじまじと見て、一瞬動きを止めて、それから再び城の外を周回する動きに戻った。どうやら正門までは追いかけて来ないようだ。


「よし、安全は確保された。突入したらすぐに呼び寄せる。ドローンはすぐに撃墜されるからいらんぞ」

『そのようだな。全機既に信号消失した。全機損失と言っていいだろう』

「うん。それもあの”虹”の仕業さ」

『…まあいい。突入するぞ!ミモザ』


 星空に波紋が二つ広がる。そして現れたのはアクルクスとミモザの二人。カノープスは蛇に二人が襲われる前にすかさずパスを繋げて自らの傍に瞬間移動させる。

 蛇は一瞬で追いかけてきたがすぐに引き返していく。


「成る程、確かに虹色の蛇だ」


 緩やかに周回軌道へと戻っていく虹を見てアクルクス冷や汗を流しながら大河の如き巨大な奔流を見送る。


「ちなみにあれ世界旅行(ワールドツアー)じゃないと振り切れないスピードで追いかけてくるから」

「…君にそこまで言わせるか」


 珍しくアクルクスに冷や汗が流れた。世界最速と名高いカノープスが手を焼く速さともなればいくら一騎当千のソルジャーと言えど容易くはないだろう。


「冗談抜きで、真っ向から倒すことは考えないほうが良い」

「わかった。とりあえず残っている四人も瞬間移動で呼ぼう」


 アクルクスが合図するとミモザがギアデバイスの強化通信機能を使って領域の外側のポラリス達に通信を繋げる。


「いつでも突入していいわ。突入したらその瞬間にこちらに瞬間移動させるから、そのつもりで」




 無事に七人全員で正門前に集合し、並び立つ。

 

「さて、無事に合流出来たが…どうする?」

「どうするも何も進むしかないだろ」


 カノープスとアクルクスの二人が正門に触れる。

 二人がどう触ってもびくともしないようだ。


「壊すか」

「もう少し悩んでもいいじゃない」

「短気は損気だよ、カノープス」


 苛立ちから門の手すりをガシャガシャと鳴らすカノープスを両側からアクルクスとミモザの二人に諌められてすごすごと引き下がる。

 三人が門を鳴らしてどうしようか悩んでいる間、エルナトとアヴィオールの二人は両側の壁を探っていた。


「ん、なんか見つけましたよ」


 アヴィオールが壁の一部を触ると、ちょうどエルナトが触っていた壁にスイッチが出現し、そのまま押し込んでしまった。


「おい、検証がまだ」

「なんだこれは!引きずり込まれるぞ!」


 門が倒れるように開いていく。しかし扉は何処にも落ちては行かずに留まっている。だがその向こう側から呼ぶ声が、七人を引きずり込む。

 抵抗も虚しくあっという間に七人が消えた後、正門は何事もなかったかのように元通りになxtた。 

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