星が彩るキャラメリゼ
ポラリスは一気に間を詰めてインファイトに持ち込もうとするもののヴルカは雷を操って間合いを取り続ける。
「まるで宝石のような瞳ね」
急接近するポラリスの瞳を見てヴルカは正直な感想をこぼす。実体のないエーテル刃の片手直剣を手に迫るその瞳は吸い込まれるように深く、そして鮮やかで美しく見えた。しかし的確に雷撃の魔法でポラリスのステップのリズムを的確に破壊するように撃ち抜いていく。ポラリスからすれば剣で仕留める為に間合いを詰めたいが踏み出そうとするたびにリズムを崩され今一歩踏み出せずにいた。
「今までに見た目の中でも一番綺麗ね。あなた、まだ隠しているのでしょ?少しぐらい教えてよ」
「年端も行かぬ見た目でよくやる。厄介だな君は」
「あなたも成人してないでしょう」
「俺は今年で22になる。大抵の国の法律では成人に該当する」
「そう、悪かったわね。でも私も19なの。成人にならない国の方が少ないのよ」
見た目が高校生と中学生がいがみ合っているようにしか見えないが実年齢は見た目より上の二人は互いの正体を看破していた。
「お前はただの魔法師じゃないな。見た目の成長が止まった、真名を持つ魔女か」
「ええ。その通りよ。それとあなたこそ宝石の瞳は決して大人になることのない幻想の民、星の子の証。そうなんでしょう?」
「ご明察の通りだよ」
「ならば星の子だけが見える世界、融合素の力があるはずよ?なぜ使わないの?」
「星の子は実在していてもあくまで幻想の存在なのでね」
「そう。まあ、選ぶのはあくまであなたなのだから、好きにするがいいわ。でもこちらは手を抜いてあげないから!」
そういってヴルカは粘度の高い水流を走らせてポラリスを襲う。だが一滴の水滴もポラリスにかかることはなかった。眩く煌めく焔のような光が水を押しとどめたうえ制御を奪い光で侵食して色をきつね色に変色させていく。
「まるでキャラメリゼね。目に見えるほど濃い融合素…煌焔ってやつかしら?」
「実に勤勉だな君は。よく知っているじゃないか」
「私の先生が物知りだったのよ」
「そうか。ならいい体験になるだろう」
ポラリスは全身に青白い煌焔を纏い剣にも這わせていく。
実体のないエーテルエネルギーの片手直剣を軽く振るとその通り道に星屑のような輝きが残光として残る。それを見てポラリスは準備は整ったとばかりに八双の構えから振り下ろし、煌焔を飛ばして遠隔攻撃をする。
ヴルカはしっかりと見切って回避しつつ今度は魔力を魔法に変換せずそのまま魔弾として発射する。
だがポラリスが纏う煌焔に簡単に防がれてしまう。威力だけなら先程の雷撃を遥かに上回るにも関わらずポラリスは一段上の次元に到達していたようで、先程のリズムと距離を中心とした戦況は一気にポラリスに傾いてしまった。
「悪いが一気に終わらせる」
ポラリスは地上を滑走し、一歩で距離を詰める。融合素によって浮遊の力場が形成されてポラリスはまるでアイススケートのようにほんのわずかに上昇しつつ低空を翔る。
ヴルカもただ見ているだけでなく、魔法で空気中の水分から氷塊を作り出し、物理的な障害で足を止めようとする。だが氷塊はポラリスの邪魔になることはなく、ひとりでに二人から離れていく。ヴルカはついに自分の策が全て潰えることを悟り、抵抗を諦めるように脱力する。
ポラリスは煌焔でヴルカの四肢を拘束し、そして右手に持つ剣の切っ先を突き付けて決着を示す。
「サイコキネシス…、煌焔を放ちながらも使えるのか」
「当たり前だろう、目に見えているのは融合素そのものではなくあくまで意識して発行させているエネルギーそのものなのだからな」
「これまで何人か星の子に会ってきたけどあなたほど私より強い星の子はあなたが初めてよ」
「本場の星の子の力はまだまだこんなものではないがな」
力の差を見せつけて最早抵抗はないとみたポラリスは拘束を解いて剣を下ろす。煌焔も消して目に見える敵意はすべてなくなった。
だがポラリスはまだ警戒を解いておらず、活性化させていない融合素を成型してサイコ・バレットを射出態勢のままにしておき、さらに先程ヴルカが作り出した氷塊をフューズでつかみ上げていつでも利用できる状態にあった。
ポラリスなら敵意を感じ取ってすぐさま対応できるため普段なら完全に武装を解除するところまで行っていたかもしれない。だが彼は魔女という存在を全く侮っていなかった。
そんな未だ戦場特有の混沌が支配する中へ突入していく蛮勇を持つ者もいた。
「すげぇなポラリス!まるで超能力者みたいだな!」
ガンガンガンと鈍い金属音がなっているのは金属でできた体にも関わらず拍手をしたからであり、ガッシュはフューズを感知する術を持たないため完全に戦闘が終結したとみて乱入してきたのだ。
「一目見たときにこいつはやばいと思ってたが想像以上だったぜ」
「…そうね、ここまでまったく底の見えないファイターは初めてよ。でも、本当に強いあなたがどうしてこの街に来たのか理解に苦しむわ。言っては何だけど、稼ぎがいい街ではないわよ。それだけの力があるのなら謀略でも冒険でももっと他のでかい街でも活躍できるでしょうに」
服をはたきつつ自分で立ち上がるヴルカは実に冒険者的な思考で話を進めていた。しかしポラリスはヴルカの意識の外側から来た人物だったのだ。
「いや?そもそも俺は冒険者でも謀略家でもないから他の街に行く理由は無いよ。あくまで俺はこの街が目的で来たのだからな」
「この街が目的…?」
「正確には我々が崩壊点と呼称する存在だ。この街に存在する、それだけは分かっているがそいつが何なのかはまだ結論は出ていない。そいつが何をしてどんなことが出来るのかもわからない。けれどもたった一つ確信していることがあってここに来た」
ヴルカはポラリスのどこまでも底知れない、そして表情の変化以上に揺らぐことのない思考に戦慄しながらそれでも猫を殺す好奇心には勝てずにその先を知ろうとしてしまう。
「放っておけば文明を崩壊に導き、やがて世界を消失させることになる」
「…ならばきっとその崩壊点は…私が作り上げた…他でもないマギウスクラスタしかない…」
「虚数レーダーで観測されている対象が現状星幽しか存在しない以上、その可能性が高そうだな。一応、もう一つ候補に挙げるものがあるかどうかの最終確認にこの研究所を訪れてみたが、ここをよく知る君がそう考えるのだからきっとその結論は正しいのだろう」
ヴルカは自分が作り上げたマギウスクラスタの起動実験以後様々な問題が発生し、その原因が停止することのできないマギウスクラスタであることは証明されてはいなかった者の直感で気づいてしまっていたのだ。その罪を償う為に災害に抗う研究を続けていたが、現実を直視してしまったことでその心はズタズタに引き裂かれていき、苦悶の表情へと変わっていた。
「やっぱりあれはロクでもねぇモンだったってことだな」
「お前もマギウスクラスタに関わっていたのか?」
「まあ…な。こんな体になっちまったのもマギウスクラスタの起動実験の時だからな」
ガッシュが胸をたたいたことでまた金属音が鳴り響き、その金属の身体に未だ慣れていないことを示していた。
「でもまだ間に合う。だから協力してくれないか?」
「…なら、あなたの底を見せて…どんな敵だって打ち破れるって証明して見せて」
「わかった」
ポラリスが承諾したとき、ヴルカの表情は何かを決意したものに変わっていた。
そして彼女を中心に境界が広がり、世界を塗り替えていく。
魔女が持つ固有の領域に置き換えていく、というよりはポラリスとガッシュを迎え入れた世界でヴルカは封印されていたそれを解き放った。
「私の試練を乗り越えて見せて」
ステラスホールに封印されていた巨大星幽、『ブラフマン』が起き上がった。