落星の使い
天災が各地に頻発し、いくつもの大勢力がそれぞれの領域を主張し相争う。
数千年に一度、訪れる混乱の時代。
歴史を整理する時、主となる人物や勢力を中心に編纂されることが多い。
もしも、この時代で最も後世に名を残した人物を上げるとするならば、彼を置いて他にはいないだろう。
その名はアクルクス。イ・ラプセル天帝府宰相にして天帝親衛隊の長官。セントラルの政治を司る最高指導者である。
アサイラムでの戦いと同日、そのアクルクスは単身敵地にいた。
「追え!絶対に逃がすな!」
アクルクスはホロマントをはためかせ、軽やかな動きで飛び上がって壁を走り、盾を持って通路を封鎖しているヴィクターの兵士たちの頭上を駆け抜けていく。
壁を蹴って向かいの壁の移り、滑走に切り替えてフューズの輝きをカーテンの様に落としながら通路を進む。
「撃て!撃ち落とせ!」
アクルクスを襲う無数の銃弾。だが全てはアクルクスに届く前に彼が歪めた重力によって軌道が逸れてアクルクスの所まで上がらない。
そのままアクルクスはバリアさえ展開せずに封鎖していた部隊を放置したまま広い広間に出る。
そこは巨大な聖堂だった。
天井まではかなり高さがあり、両壁も幅がある。
アクルクスは柱に着地して飛び上がる。両足に融合素を集め、推進方向を自由自在に操って空中へと飛び出して柱と柱の間をスラロームで抜けていく。
柱を盾にして銃弾を防ぎ、トップスピードのまま降下して扉をすり抜けて突破。狭い通路に侵入する。
「こっちだ!撃て!」
追ってきたヴィクター兵たちが扉を乱暴に開き、そのまま銃撃してくる。
アクルクスは上下逆さまに飛んだまま後ろを向き、フィールドバリアを展開しつつ指を銃に見立てて照準を定める。
「しつこいなあ」
融合素の弾丸でヴィクター兵の目を正確に撃ち抜く。
どんな重装備でも目まで覆うことは少ない。
重要施設とはいえ宗教施設の内部の警備兵ともなれば目元を護る装備などまず支給されない。
アクルクスはヴィクター兵の反撃が無くなった事を確認してから横道に入り、すぐに天井を突き破って一つ階を上がり、即座に開けた穴を融合素で修復して逆の方向へと進む。
そして自分の足で走り出しつつ完全隠蔽を起動する。
目的の尖塔の入り口の扉の前に立っていた衛兵二人を素手で始末して通信機を破壊して自分の所在がすぐには分からないようにしてから扉をすり抜けて突破。尖塔の階段を駆け上がっていく。
窓の外にはヴィクターの航空戦力が空を守護し、地の果てまで広がる市街地が見える。
ここは聖地ラビタット。陽衆大陸で最も巨大な宗教の聖地である。
その総本山の聖堂にアクルクスは単身乗り込みを駆けたのは伊達でも酔狂でもない。
何せわざわざ強力なマギウスが増援として派遣されるのを防ぐ為にルスカを囮にしているのだ。
アサイラムは場所の都合が良いから攻略しただけでありそもそも自壊する予測が立っていた以上アニムスとしては本来放置して他の災害に対処するのが通常の対応なのだ。
アクルクスは艦隊戦力も遠ざけてまで辿り着いた場所。そこは尖塔の頂点にある監獄であった。
中に囚われているのはまだ幼さを見せる美少女。
鎖に繋がれていてもその衣服は壮麗で何ともアンバランスだ。
それも当然。彼女こそこの聖堂の本来の主。教主エウロペ。教義においてただ一柱とされる神の代行者と解釈されている張本人であった。
「初めまして。私は天帝府宰相、アクルクスと申します。我が主の命によってお迎えに参上致しました」
「ポラリス様のお使いなのね。まさか私を助けに来てくれるだなんて思ってもいなかったわ」
「帝は大層心配しておられました。今全ての軛を解き放って差し上げます」
アクルクスはパチンと指を鳴らした。
鎖、腕輪、牢の檻さえも一瞬にして消滅した。
「まあすごい。まるで魔法だわ」
「我々は星晶術と呼ぶ術です。魔法とは異なる技術ですがそれはおいおい。時間がないので失礼致しますね」
アクルクスはエウロペの傍に近づいて巨大な十字架を頭上に出力して掲げる。そして光のベールで二人を囲う。
「来い。カノープス」
アクルクスが呼んだ直後、尖塔の屋根が一瞬にして消し飛んだ。
天井は消え去り、頭上には青空が広がっている。
そして壁の半分もついでに消し飛ばしつつ犯人が突撃槍を背に恭しく一礼する。
「グランソルジャー・カノープス参上」
深蒼の髪と瞳が優しくエウロペの前に輝く。アニムスの制服は奏主の紫、親衛隊の赤、ヴァンガードは灰、シーカーは緑、ニンバスは青、基地の後方職員は白、そしてソルジャーは黒の制服が与えられる。
徽章さえ正しければ色を含めて多少の改造は自由だがカノープスはあくまで元のデザインに一切手を加えていなかった。
一切着飾らず、ただただ原石の輝きを磨く騎士。それがカノープスである。
「私が貴女をイ・ラプセルまでお連れします。さあ、行きましょう。『世界旅行』に招待致します」
「全て、任せるわ。約束ですもの」
聖地、ラビタットには防衛戦力としてヴィクターの大部隊が配備されており、その上で数人のマギウスも詰めていた。
その中でもマギウスの中で三本の指に入る実力者と目されるキュリオ・アザールはヘリコプターからの映像を見ながら尖塔を上っていた。
眩い閃光と爆音とともに襲来した流星が尖塔を砕き、監獄を露わにした。
そして再び流星は空へと昇り、防空網を容易く突破してのける。
文字通りの超常現象だった。
キュリオが尖塔を上りつめた時、そこに残っていたのはアクルクスただ一人だった。
「遅かったな。全ては終わったよ」
マントをたなびかせ、ゆっくりとキュリオを見下ろすアクルクスをキュリオは複雑な気持ちを込めた目で睨みつける。
万感の思いはアクルクスには届かない。心の壁は皆無に等しいがマギウスの煙が星の光を遠ざけるためだ。
「お前だけでも!逃がしはしない!」
腰に吊った剣を抜き放った勢いのままキュリオはアクルクスへと襲い掛かる。アクルクスは十字盾を突き立てて防ぐ。
絶対不変の十字はその場にあると定義された以上どれだけ力を込めてもキュリオが認識できる次元においては動かすことが出来ない。
アクルクスは十字盾を突き立てただけで何もせずに受け止める。その隙に周囲の瓦礫を圧縮してから射出し上空から覗いていた空中部隊を撃墜する。
キュリオは十字を回り込んでアクルクスの首を狙う。アクルクスは十字盾を引っこ抜いて掴みそのままキュリオを殴りつける。
尖塔の残り少ない壁面へと叩きつけられ、そのままキュリオはダウンする。
「逃げる…?違うな。これは警告だ。これ以上国際秩序を乱すなら次の戦場はこの大陸になると知れ」
「脅しか?」
「そうだ。無益な戦いなどこちらは誰も望んでいない。君も、そうではないのか?」
「何を…言っているんだお前は…始めたのはお前たちだろ?」
アクルクスは嘆息して青空を見あげた。
もう鋼鉄の包囲網は再建されつつある。
「5000年前、この大陸に住んでいた者達を追い出した。それがヴィクターの始まりだ。アスガルド建国の元勲の一族の中の裏切り者、ハザード一族の手によってな」
「ハザード…?」
「そうだ。言語が変わり、彼らの名前は綴りは同じだが別の名を名乗った」
キュリオはハッと気づき、みるみるうちに顔が真っ青になっていく。
「それがアザール家だ。なあ、キュリオ、元々のアスガルドの民はどこへ行ったと思う?」
「知らない」
「本当に?」
「揺さぶりの手には乗らない」
「揺さぶるには、嘘よりも事実の方が効果的だよ」
アクルクスはホログラフで撤退の指示を確認する。もうカノープスが安全圏まで離脱したのだ。これ以上ここで注意を引く必要は無い。
「君はまだ、誇りを持てるかな?」
最後に一言、そう残してアクルクスも飛び上がる。カノープスほどではないが、目で追える速さではなかった。
反作用として尖塔の頂きは粉々に砕けた。建国の元勲の末裔という誇り高き血筋、しかしその価値さえ疑い、キュリオは失意の中落ちていく。
「自分で言ってて尚更思うが、本当に性格が悪いな」
『俺もそう思いますよ。マジで正確悪い』
「だが読みは全て当たっていた。見事としか言いようがないな。まさに鬼才だ」
アクルクスは上空に飛び上がってから浮遊機に乗って敵地を離脱していく。その瞳に映したホロモニターにはとある台本が表示されていた。
それはカノープスが離脱し切るまで、追いかけてきたマギウスの心を折るための台本だった。
考えたのはルスカだ。考えられる全ての状況に対する執拗なまでの準備。よくぞここまで考えたものだ。
敵を知り尽くしたからこそ、ルスカは全てを掌で転がせるのだ。
だからこそ、ヴィクターは何を賭してもルスカを討たねばならないのだ。