愚鈍なる正義
アサイラムに最後に残ったポラリスとユークリッドはそれぞれブレードを一本だけ持って向かい合う。
ユークリッドは強気に走って距離を詰め、その加速を乗せた剣でポラリスに襲いかかる。
ポラリスはその連撃を身をかがめ、反らし、半身を引いてそれからブレードで弾く。
反撃は重厚なる一撃をユークリッドがなんとか受け止め、ジェネシスのパワーアシストもあってなんとか凌ぐ。
そして返しの剣閃をポラリスは大きく左に避けて躱す。
空振ったユークリッドはすぐにポラリスを追い立て、ポラリスが空に逃れればこれを追いかけて二人で戦場を空へと移す。
ポラリスはユークリッドの追撃を何とか受け流しながら空へ空へと逃げ、かなり上空に浮いていたビルの残骸に着地して迫るユークリッドを迎撃する。
「逃がすか!」
「…」
ユークリッドはスラスターを吹かして馬鹿正直に全力でポラリスに接近して大上段から力いっぱいブレードを叩きつけ、ポラリスも斬り上げて打ちあう。
ポラリスが技で弾き、ユークリッドに軽くではあるが一太刀浴びせる。ジェネシスの展開装甲が甲高い音を奏でて受け止めるが深々と傷が付いている。
剣先はユークリッドの肉体に到達していたが、彼はマギウス。この程度の傷は煙に覆われていなくても容易く再生する。
しかし隙は出来た。ポラリスは左手に融合素を結晶化、ブレードを創造してそのまま突いて追撃する。
体勢を崩されたユークリッドはスラスターを全て前方へと向けて後退する。だがポラリスも即座に滑走して追いかける。
ユークリッドはそれを見てすぐに上へと飛んでポラリスの頭上から斬りつけ、受け太刀させて足を止めつつ背後に回っては背中を斬る。そのブレードはポラリスが逆手に持った右手のブレードに防がれた。
右手のエーテル刃を発振するブレードギアと結晶化したフューズによる変則二刀流がユークリッドへと襲いかかる。
ユークリッドはわざと一歩踏み込んで距離を詰めることで二刀流の自由度を大幅に制限した。ポラリスはすぐにフューズの剣を昇華して煌焔へと転換、渦巻いてユークリッドに襲いかかる。
今度は距離が近すぎてユークリッドの防御が間に合わずにクリーンヒットした。
「ぐっあああああーーーーーーっ!」
悶絶するユークリッド。全身を再生しながらとはいえ煌焔による破壊の暴風雨によってもたらされる激痛からは逃れられない。
ましてや今はマギウスを守る煙も無いのだ。
それでも、痛みを乗り越えてユークリッドは右足に力を込めて踏み込んだ。
ユークリッドのブレードが、ポラリスへと深々と突き刺さっていく。
距離が詰まっていて防御が間に合わなかったのはポラリスも同じだった。
すぐにブレードにフューズを流し込んで浸透破壊する。
だがグラフトボディには致命的なダメージが入った。ポラリスは自己再生術式を多重起動しながらユークリッドを蹴り飛ばした。
二人は仕切り直しとばかりにお互いに距離を取った。
「ざまあ見ろ。その体、崩壊寸前だな」
「貴様こそ、限界だろう。もう易の無い戦いなど辞めにしたらどうなのだ」
降伏を勧告したポラリスをユークリッドは鼻で笑い飛ばした。
「何を言う。お前こそ何の得もない戦いなど逃げてしまえばいいじゃないか」
「俺は損得で戦っているわけではない。未来と、約束の為に戦っている」
「そうかい。ならもう言う事はねぇな。その愚鈍な正義と共にここで終わりにしてやるよ!」
ユークリッドは全力で踏み切って跳躍し、加速と重力を剣に乗せる。
「愚鈍でも構わない。それでも、道は譲れない」
ポラリスは剣気を込めて袈裟斬りに、対抗するように叩きつける。
互いのブレードが甲高い悲鳴と、衝突したエネルギーが弾ける光を伴って激突する。
ユークリッドの流れるような連撃をポラリスは的確に受けとめつつ鋭いカウンターで切り返し、カウンターが回避されれば豪壮なる一撃を浴びせようと大振りな追撃と狡猾な小技の崩しがユークリッドを揺さぶる。
剣技の勝負には付き合えないとユークリッドは細かくステップを刻んで距離をランダムに取る。
しかしポラリスは揺さぶりには付き合わない。
空間の収縮が進み浮遊する都市の残骸達が衝突と粉砕を繰り返して空気に溶けていく。
足場を幾つも乗り換えながら二人の勝負は続く。
お互いの防御は完璧で互いに崩せない。
そして限界を迎えたのはポラリスでもユークリッドでも無く世界だった。
二人の突きが交差し、そのまま足場は砕けて共に空に投げ出される。
しかし世界はもう果てから果てまで容易くひとっ飛び出来る距離しか残されていなかった。
小さくなればなるほど世界の崩壊のスピードは加速して全ての異常が連鎖する。
「(ここまでか)」
ポラリスはユークリッドを殺すどころか倒せず、そしてマギウスを攻略する糸口すら見つけられなかった。
だがそれも今作戦で集まったデータから優秀な部下たちが解析していつかは必ずマギウスを攻略して見せるだろう。
今は、世界の崩壊と共に虚数の海へと叩き出せればそれで十分だろう。ポラリスはそう考えてユークリッドから離れていく。
ユークリッドはすぐにポラリスの考えを悟った。
「まさか!逃げるのか!?今!ここから!?」
「…あの天球に還ることも、故郷の土に抱かれることも叶わぬ哀れな者よ。さらばだ」
「ふざけるな!逃げるな!」
ユークリッドはスラスターを吹かしてポラリスを追いかけるがポラリスにはもう追いつけなかった。
緊急回収された残光だけを残してポラリスの姿がアサイラムの世界から消滅した。
もう、この世界の終わりを共にするのはユークリッドたった一人であった。
結局内部に突入したマギウスは全て駆逐し撃退され、ヴィクターの兵士は一人残らず命を落とした。
それは至極当然の結末でもあった。
ヴィクター陣営は限られた情報しか持っていなかったのに対し、アニムス陣営は一部のマギウスのパーソナルデータ以外はほぼ全て知り尽くしていたのだ。
ユークリッドは閉ざされる世界に押しつぶされながら、その可能性にようやく気が付いた。
かつて、この地には都市ごと移動する都市国家が幾つも存在した。その移動都市の名はアサイラムと言った。
彼らの敵は黎明期のヴィクターであった。
価値観が違う、同じ人間に追われ逃げるように分散しては移動を繰り返した。
このアサイラムも、その中の一時の都市だったのだ。
残念ながら流行り病によって本来の計画より前倒しになって移動してしまったが、このアサイラムだけは偶然特別だった。
ヴィクターに対抗するために利用しようとした土地神が残っていたのだ。
しかし、土地に根ざした神はそう易々とは移動できない。
哀れな守り神は人を見送ることしか出来なかった。
それから長い眠りに就き、そして目が覚めてから朽ち果てていく都市の姿を見る度に守り神の心も壊れていった。
もう直してくれる人はいない。新しく建ててくれる人もいない。愚鈍な行いを正してくれる人さえいない。人が、いない。
もう戻らない栄光を、人は戻せなくても、せめて人が立ち去ったその瞬間を取り戻したかったのだ。
だがその奇跡は世界には許されなかった。
周りの世界からは拒絶され隔離された。
そして守り神の力の源であったプラネッタも失われた。
アサイラムはもう、戻らない。
かつて、アサイラムがあった浮遊島が砕けて遥か底の、雲海の下の海へと沈んでいった。
ポラリスはステラスガーデンの艦橋でそれを見届けた。
アニムスの、作戦に参加した者たちもそれぞれの形で世界を看取った。
また一つ、天災は去った。