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Nadia〜スターライトメモリー〜  作者: しふぞー
蒼穹の三騎士  編
113/123

信念の果て

 ケレスが養父に拾われたのが12歳の時だった。それより前の事はあまり覚えていない。生まれてすぐに救護院に預けられ両親も生年月日も不明だった。相次ぐ内戦で救護院も解散してしまい、それからしばらくイ・ラプセルのストリートチルドレンとして過ごした。彼がそうなってから拾わるまではそこまで期間が長いわけではなかった。

 ケレスを拾い上げたのは当時天帝親衛隊に所属していた教育学者のサターンだった。

 サターンは孤児を片っ端から拾いあげては親衛隊の予算やら資源を半ば横領のような強引な手でかき集めて支援していた。そのことを親衛隊指導部を全て知っていたが、親衛隊の予算も資源も余裕があったから見逃していたのだ。

 サターンが集めた孤児たちはみな一様にセントラルの一般的な教育を受け、文官人材として育てられていく。その中でもケレスは傑出した成績を叩き出し、サターンが手塩に掛けて育てていた実の娘さえすぐに追い越してしまった。

 親衛隊も内戦の中で人材が払底していたこともあり、終戦間際に彼はサターンの手伝いをするようになっていた。

 そして戦いが終わった後、ケレスは復興事業にも参加した。

 その中で虚数の海へ落下した人や物のサルベージにも参加した。

 虚数の海は空気も、水も、時間さえ存在しない世界。落下した者はソルジャーであっても大半が既に死亡しており、運よく生き延びた者も後遺症で要支援な状態だった。

 その中でたった一人だけ、無事に生還した者がいた。

 ソルジャーになったばかりの、後の天帝親衛隊長官兼天帝府宰相のアクルクスである。

 サルベージされる時でさえ明確に意識を保ち、そしてあろうことか彼は引き上げられてすぐに自らの足で歩きだした。

 彼が持っていたプラネッタ・フォルスクロス(偽の十字)の絶対性という特性のおかげであることは間違いないが、それでも引き上げられるまでの数日間、睡眠すらせず意識を保ち続けた彼の生への執念を目の当たりにした瞬間は文字通りケレスの人生を決める鮮烈な瞬間だった。

 彼はそれから血のにじむ様な努力の末に僅か3年、齢15の若さで進士及第を果たし、ソルジャーテストを突破した。

 それからすぐにイ・ラプセル天文台はアニムスという新たな国際組織を立ち上げ、その前後の時期にいくつもの特異点を次々と解決したことで彼は将来性を鑑み、時期尚早の意見が並ぶ中ポラリスの一存と彼の極めて高い能力を評価したアクルクスとカノープスの推薦でグランのクラスへと上った。

 何の因果かその直後にアクルクスとカノープスの二人をごぼう抜きして筆頭にまで至った。

 ケレスはただでは転ばない星の下に生まれたようだ。


 


 

 ケレスは無数のムーンストルムに囲まれ、それでもなおマギウスであるゾルレンを追いかけて進撃する。

 ケレスの戦闘スタイルは対人戦では主に高機動力を活かせる諸刃の片手剣での接近戦と魔眼による重力操作。そして対災戦では身の丈以上の大きさの変形するブレードとキャノンを振り回してパワーファイターだ。

 ヴィクターの兵士たちがまだまともな人間であったときは対人戦用のブレードを装備していたがムーンストルムに変身してしまったなら腰に吊るせる程度の武器では埒が明かない。

 人間という生き物はとにかく脆弱な構造になっている。特に体幹部は多少鍛えたところで大半を臓腑が占めることには変わりなく、針のような穴が空くだけで大ダメージ、時には致命傷にもなりうる。

 だからこそ小さな銃弾であっても対人戦では非常に効果的なのだ。

 しかし星幽は違う。コア以外の全てはリソースに過ぎず、体の99%以上は失っても問題無い。銃弾で小さな穴が空こうが対したダメージにはならない。銃弾で星幽を倒すならコアを正確に撃ち抜くか、あるいは星幽の体積と同じ量の銃弾が必要になる。

 しかしブレードで切り離した部分が消滅でもすればそれはそのままダメージになり、そうならなくとも開いた傷が大きければ大きいほど再生回復するまでに漏出するリソースの量も増えていく。

 ムーンストルムやグラフトボディの構造は生身の人体より寧ろ星幽に近い。

 人間は小さいから当てやすい方が優先されるが基本的に大きいものほど初動が遅い。即ち大剣でも先手が取れるのだ。

 ケレスはブレードにエーテルをチャージして刀身を拡張し、そのまま周囲を薙ぎ払う。

 彼を囲んでいたムーンストルム達を鎧袖一触に振り払い、ケレスは進む。


「邪魔をするなァ!」


 一歩、踏み込んでからの跳躍。ブレードをムーンストルムの頭の叩き込んでからその反動で頭上を通り抜けては空中でモードチェンジ。即座に数発砲撃を放つ。

 一撃一撃が爆撃の様に炸裂し、ムーンストルムが次々と吹き飛ぶ。道を強引に開いてから駆け抜ける。

 すぐにブレードにモードチェンジ。駆け抜ける速さを乗せて立ちはだかるムーンストルムを吹き飛ばす。

 一度吹き飛ばして道を開けても次から次へと現れるムーンストルムがケレスの進路を塞ぎにかかる。そして身体と一体化したそれぞれの得物をケレスに向けて一斉に襲い掛かる。


「蛆が群がろうが!」


 ケレスは槍の先をブレードの腹で受け、そのまま流すように他のマギウスの得物に当てる。互いに弾いた得物の間に身体を滑り込ませて回避し、左手に凝集したフューズを地面に叩きつけて吹き飛ばす。ムーンストルムを浮かせてその下をケレスが潜り抜けて駆け抜ける。

 そしてそのままムーンストルムたちは折り重なるように倒れ、起き上がろうにも慣れない身体を持ち上げられず、そのまま戦線から離脱する。

 打ち破るべきはエドガー・ギル・ゾルレンただ一人。ケレスはただ追いかける。作戦など無い。ケレスの強さは圧倒的だ。一対一どころか一対百でもまず負けないだろう。だからこそ正面から追い続ける。這う這うの体で逃げるゾルレンに対してケレスの走力たるや歩行戦闘機(ウォーカー)にも勝る。

 だからこそケレスはムーンストルムとなったヴィクター兵を倒す事には執着せずそのまま追いかけ続けるのだ。

 ケレスは幾重もの障壁となるムーンストルムを次々と蹴散らして突破する。そして世界の崩壊が進んでいることで足元が砕け、ケレスの身体は空中へと投げ出された。

 刀身だけでも身の丈以上の長さのあるブレードを片手に保持したままでは空中でバランスを大きく崩すことになる。そのはずがケレスは空中でも姿勢を維持したままあろうことか空中を駆け抜ける。

 ケレスは空中に融合素を押し固めた足場を作り、そのまま走り抜ける。

 星の子は空中を自在に駆け巡るが、その方法はそれぞれで異なる。重力そのものをねじ曲げる者、上昇する作用そのものを生み出す者、空中を泳ぐ者、それぞれで全く別の方法で空を自分のものとするのだ。

 それぞれにはそれぞれの利点がある。空中に足場を作る方法ではリソースの消耗を軽減し、そして筋力を活かしやすい方法だ。

 片手でモードチェンジして足場の隙間から射撃して飛び上がってくるムーンストルムを撃ち落としつつ全力で駆け抜ける。

 ムーンストルムは煙を掴み空へと昇る事も出来るが歪な変身をしたムーンストルム達はまだ力に慣れていないのだ。これでは天を駆けるケレスに届きようがない。

 もう、邪魔をする者はいない。圧倒的な実力差が窮地さえ均して進むのだ。

 ゾルレンはまだ新兵で初めて戦場へと駆り出された時の恐怖を思い出していた。生への執念が敵を打ち破ることへと駆け出させていた。それが今やかつての自分に似た新兵たちを次々とムーンストルムへと変身させまるで文字通り盾にして逃げ惑う。

 

「逃げ惑うのもそこまでだ」


 ケレスは融合素を昇華放出して一気に加速。ゾルレンに追いついてその身を巻き上げる。

 

「ぐっ!」

「これで終わりだ!」


 浮きあげられたゾルレンに抵抗する力はもう残っていなかった。しかし最後の最後にまで生き意地を見せる。

 ケレスが今瞬間的に使えるリソースを全てブレードにチャージしてそのまま振り抜く。


「デッドエンドクラッシュ!」


 ゾルレンは煙も持っていた装備も全てを盾にしてケレスの一撃を一度は受け止める。

 だが筆頭の名は伊達ではなかった。盾など一瞬にして爆散してそのままゾルレンの肉体も爆散する。幾千もの肉片となったままそのまま吹き飛ばされて世界の境界を次々突破していく。

 戦う意思を、世界を救済するという揺るがない信念が突き動かすケレスの前に、ゾルレンの自信も執念も意地も何もかもが砕け散る運命でしかなかった。


「畜生に食わせる慈悲は無い」


 ケレスは一瞬だけ世界の果てに穴が開き、しかしすぐに穴が塞がれていく様子を見届けてからゆっくりと振り返る。

 一度滅んだ世界で、もう一度滅びゆく者達が最後に意味を残すためにケレスの前に集まってくる。

 ケレスがこの世界に残る理由はもうなくなったが、脱出するには残るムーンストルム達が邪魔過ぎる。

 緊急脱出が出来ないわけではないがそれはまだ強敵と激戦を繰り広げているポラリスの為に残しておくべきだからだ。

 

「嫌になるな」


 珍しくケレスはそう独り言ちて、ブレードを握りなおす。


「来い、我が君が一仕事を終えるまでなら遊んでやるぞ」

『おいおい、随分と楽しそうじゃないか。俺も混ぜてくれよ』


 通信の向こうからそんな軽口が届くと共に、空より流星の爆撃がムーンストルム達を襲う。

 ケレスが見上げれば、ゆっくりとルスカが降下している姿が視界に入る。


『二人共、遊んでいる場合では無いだろう!』


 崩落した足元からハルトが飛び上がるようにして姿を現す。

 ケレス、ハルト、ルスカ。三人のグランクラスソルジャーがここに揃った。

 一人一人が世界を救う英雄。ならば三人揃えば一体どれだけの偉業が果たせるのか。

 

「そうだな。帰るぞ」

「ああ」

「共に!」


 果たして、三人揃うことに見合うだけの戦果が残っているものだろうか。

 世界の終わりはもう目の前に迫っていた。

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