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Nadia〜スターライトメモリー〜  作者: しふぞー
蒼穹の三騎士  編
112/123

天の果て

 ルスカが逃げられないように、本体と両腕で三方からクリシュナは包囲していた。しかし、この状況でなおルスカは笑みを絶やさなかった。

 

「お前たちは随分と俺の事が憎いらしいな」

「ああそうだとも。一体どれだけの被害を受けたと思う?どれだけの犠牲があったと思う?」

「はは、そんなもの、長い長い歴史の中では良くあるさ。それにそんなもの天災の被害に比べれば微々たるものだろう。気にするなよ」


 ルスカはまるで何でもないように、飄々とそう語った。

 クリシュナはもう返す言葉が見つからなかった。目の前の少年が憎くて憎くて堪らない。

 主はどうしてこんな悪魔に、鬼才を与えたのかを問いただしたくなるほどだ。


「お前…やっぱり人間じゃねぇよ」

「そうかな。誰の彼も人間だよ、少なくとも自分自身で人として生きると決めたなら、もうそれは人間だよ」

「詭弁を!」


 クリシュナがついにルスカを潰そうとした瞬間、ビル全体が大きく揺れ始めた。


「一体何が起こってるんだ!?」

「うん?打ち上げだよ打ち上げ。このビル丸ごと空へと打ち上げてるんだ」


 重力が強さを増して当然のように動きが鈍くなる。それでもクリシュナならばルスカを逃すはずがないとそう考えていた。だがまずは脱出するべきであろうか、いくら考えても答えはまとまらない。

 しかし、ルスカは焦りもしていない。

 

「さて、今この世界は全てが境界で覆われた閉ざされた世界。だからこのビルごと打ち上げて天井に叩きつけてやろうってね」

「狂ってる…」

「まあ、省エネを意識して横着したのは否めないさ。だがそれを引き換えにするだけの価値があったからだ。それが何か、分かるかな?」


 ルスカはニタニタと楽しそうに笑う。剣は既に手放しており、まるで戦闘の意思は無いように思える。

 自爆同然のこの状況、脱出すら困難なのに、その上で時間を浪費するのは不可解極まりない。

 今すぐに叩き潰してしまうべきだと思う。しかしそれではルスカについて理解する最大の好機を逃すことになる。

 その悩みを忘れさせるようにルスカはヒントを提示する。


「僕は嘘が嫌いなんだ。偽ることはしない。その上でこう言おう、ヴィクターという軍隊そのものを潰そうだなんて思っちゃいない」

「目的は俺たちバベルのマギウスということか」

「手段はそうとも言える。けれど目的は違う。だからほかに方法があるなら出来れば戦いたくないのさ。争いは、必ず誰かが悲しむから」


 真理を突くように、こころに響く言葉を的確に投げてくるルスカに対して、クリシュナは無謀にも舌戦に乗ってしまった。


「それではお前が市民を巻き込み数多の犠牲を出させていることと矛盾するじゃないか!」

「…?何も変わらないよ?それも手段の一つなだけ。寧ろ僕はアニムスの中でも穏健派なんだよ?」

「詭弁ばかりだ!お前は!まるで人をゴミのように!」

「世界からすれば人間だってゴミ同然だろう。何?神が君を見てくれてるって?じゃあお前はお前の仲間は神が見てないって言うんだ。へぇ、随分と酷いんだね」


 クリシュナは自らの信仰を否定され完全に頭に血が上って来ていた。

 もう、目の前の少年をいつ叩き潰してもおかしくはなかった。

 しかし、どうしてか彼を言い負かせたくて仕方なくなってしまったのだ。


「悪魔め!神に限界など無い!我ら一人一人を見てくださっているのだ!」

「人間の区別なんて付けるって?じゃあ天災はなぜ皆等しく痛めつけるのであろうな」

「…!」

「人が、皆平等だからだろ!?」


 クリシュナは言い返せなかった。彼の信じる神の言葉の一つに人は皆平等という言節があるからだ。 

 正しさが衝突し、自分の信念が揺らいでいく。

 それでもやるべきことは忘れない。ルスカを逃してはならない。クリシュナはただそれだけを胸に飄々としているルスカをまっすぐに見つめる。

 一歩踏み出せばどんなトラップが出てくるかはわからない。ここまで来たなら相討ち覚悟で彼を逃がさないことだけを考えればいい。

 クリシュナはそう考えると思考が段々とクリアになってきた。


「さて、そろそろ時間だ」

「逃がすか!」


 ルスカが外へと意識を向けた瞬間、広げていた両腕でルスカを捕まえようと力を込める。

 しかしルスカの身体はまるで何かに引っ張られるようにビルの外へと一瞬で投げ出された。それはルスカの意識で起動したわけではなく、元々時間が来た時に自動で発動するように設定されていたのだ。

 ルスカの身体をビルの外へと投げ飛ばす術式の正体は魔法だ。マナと呼ばれるエネルギーを消費することで発動する術式はマギウスには知覚することが出来ないのだ。ルスカは初めから、魔法を切り札として使っていたのだ。

 だがただ投げ出されただけならクリシュナが追いかけ続ける事だって出来たはずだが彼の姿は何時まで経ってもビルから出て来なかった。


「これは…まさか金縛り!?」


 クリシュナは身体がピクリとも動かせなかった。身動きを封じる魔法を予め仕込んで置き、ルスカが脱出すると同時にクリシュナの動きを止めることで一人だけビルの中に置いて来る事が出来るのだ。

 しかし金縛りの術式自体はそこまで強力な束縛力があるわけではない。クリシュナがそのことを認識し、冷静に対処すれば金縛りを解くのはそう難しい話ではない。しかし、もうその時間すら残されていなかった。

 金縛りを解くことは出来たが、脱出は間に合わなかった。打ち上げられたビルは世界の境界に激突し、そのまま境界を突き破って虚数の海へと昇って行った。

 クリシュナは、最後の最後までルスカの掌の上で転がされていただけだった。

 


 ルスカは世界の境界がもとに戻るのを確認してから、パラグライダーを出力してゆっくりと風に乗って降下する。


「人の事を悪魔と呼ぶのは勝手だけどね、悪魔の言葉に耳を傾けてはならないんだよ」


 打ち上げる予定だったビルは予備がまだいくつか残っていた。そのうちの一つが崩壊しながら浮遊していたので乗って術式を起動して今度はそのまま降下していく。


「さあて、そろそろ終幕と行こうかね」


 知恵だけが鬼才たる所以ではない。むしろ、知恵こそが彼の最大の欠点に等しく、その誤解こそが彼を鬼才たらしめていたのだ。

 使える物は利用する。目的が果たせるなら手段は問わない。そして嘘もつかないし偽りもしないが相手を致命的な誤解に誘導することで状況を正しく認識できなくさせ、情報戦で一方的な優位を取ることこそがルスカの謀略の真髄なのだ。

 クリシュナは初めから、負けていたのだ。ヴィクターも未だ、彼を誤解し続けている。

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