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Nadia〜スターライトメモリー〜  作者: しふぞー
蒼穹の三騎士  編
110/123

退屈

 イ・ラプセル天文台、観測室。

 天文台の上層中心に設置された跳躍望遠レンズで観測した様々なデータを分析する専門スタッフが常に常駐している。そしてアニムスが一大組織にまで大きくなってからは戦略指揮を執る総司令が一人、持ち回りで務めるようになった。

 初めはエルナト、アヴィオールの二名だったが数年後にイ・ラプセル天文台に移って来たルスカとカナトが務めるようになり、エルナトとアヴィオールの二名が引退してしばらくは二人が交互に交代して務めている。

 万事に才能を発揮するソルジャーの中でも突出して高い戦略眼を持ち、そして奏主たるポラリスの意思に基づき戦略指導を行うことのできる者はソルジャーの中でも限られており、そして筆頭の地位にあるケレスと宰相としての激務があるアクルクスを除けば現在総司令に就けるのは二人だけしかいなかった。

 カナトは、幼少の頃より天賦の才を発揮し、齢15の時には祖国の中でも指折りの強者として数えられ、17の頃には国政さえ左右する権力を手にしていた神童であった。しかし剣の腕は兄弟子はおろか実弟にも負け、融合素を操る星の子としてもケレスに遠く及ばず、知力と謀略に関してはルスカの足元にも及ばない。知識の量に関してもセイファートと比べるのも烏滸がましいほどだ。

 つまるところ、彼が誰よりも長じている部分はまず評価されるような分野では存在しないのだ。

 ただ、一番になれないからこそ、彼はひたすらに上を目指して研鑽を積み続けた。そして、自分に足りない者は周囲に遠慮することなく力を借りた。

 彼の周囲には常に人がいた。彼の最大の長所は、常に力を借りられる幸運だ。



「おい、タメオミ。カザリはどこに行った?」

「カザリの坊主か?そこに…あっいない!すまない、目を離していた」


 カナトは青筋を額に浮かべながらいつの間にか姿の見えなくなっていた部下を血眼で探す。

 普段お目付け役の押し付け先であるタメオミが今回ばかりは真面目に仕事していたことで目を離してしまっていた内に姿が忽然と消えていたのだ。


「おい、カシア。出入口のログを辿れ」


 しかし観測室内にはいないようだ。カナトは比較的手が空いている、席の近いスタッフを呼びつける。

 運悪く指名されてしまったのは雪のように白い銀髪に背丈が高いカシアだった。しかし貧乏くじにも関わらず明るく、手早く対応する。


「はいはい。えーっと、つい十数分前に普通に起立して退室していますね。どうやら今は訓練室にいるようです」

「今すぐ呼び出せ!」

「えーっと、『飽きた。模擬戦してくる。代わりにマキシマ辺りでも呼べば?』だそうです」


 メールで帰って来たらしい返答をそのまま読み上げたカシアはくるりと振り返って司令席に座るカナトの姿を見る。

 普段は明るく、温和な彼が今はわかりやすく青筋を立てている。


「呼んだのに!わざわざ!」

「もういいでしょう、殿。今は佳境なのです」

「…そうだな。奴は後で折檻にしよう。ヨルカ、マフェイが構築した立体戦況図を途中でもいいから寄越せ」


 タメオミに諫められてカナトはいつも通りの冷静さを瞬時に取り戻す。

 そして次に呼んだのは観測室の端にあるコンソールを使用していたツインテールにまとめた灰髪のヨルカ。しかし彼が求めたデータは彼女の隣にいる少年、マフェイが今操作していたものだった。

 それもそのはず、マフェイは暗号データの復号、データ方式の変換等コンソール操作に関しては右に出る者がいないほど優秀だが致命的にコミュニケーション能力が低く、本人も普段会話を避けているレベルなので連携面ではサポートするスタッフが常に傍に居るのだ。今回はそれがヨルカであった。


「了解しました。コンソールモニターの左側に表示します」


 ヨルカも手早くカナトの目の前に地図を表示する。彼女も優秀だが、マフェイには遠く及ばないのだ。

 カナトはその戦況図を見る。

 北西部では市街地と行政区画の丁度中間にある物流センター兼大型ショッピングモールの中でソルジャー・ルスカとマギウスのクリシュナが激突している。

 中心部ではポラリスとソルジャー・ケレスがヴィクターの残存部隊に囲まれながらマギウスのゾルレンとユークリッドを足止めし、南西部のジャガーノートとの死闘で更地となった区画に撤退するスピカ率いるサポーター達がヴィクターを振り切りつつある。

 そして南東部の地下ではソルジャー・ハルトがマギウスのアルトリウスを沈めている。

 戦況は中心に集中しており、外縁部は既に世界の崩落が始まっている。

 ヴィクターの揚陸艇を潰した以上ヴィクターもマギウスももう逃げることはできない。崩壊点の内部に突入してしまった人員は皆生きては帰れないはずだ。


「(確かにルスカの読み通りには進んでいるが、まだ不確定な条件がある以上全てが上手くいくとはまだわからない。だがそれにしても命の価値が安すぎる。何故世界が崩壊する前から命を投げ捨てる様な作戦を次々に出来るのか。民意は馬鹿には出来ないはずだが…一体向こうの本国では何が起こっている?)」


 カナトは額に青筋を立てたまま、ただただ冷静に戦況を見つめていた。




 スピカ達はキャンプを設営した場所まで逃げ切り、既に片付けが全て終わっていた場所に戻ってきた。

 そしてその場で転移のビーコンを起動してすぐに近海のアニムスの艦艇へと転移する。


「おかえり、みんな」


 ウェンデリンに迎えられ、ハンニバルたちは安心して大きく息を吐く。

 彼のコンソールはそもそも転移システムの傍にあり、席に座ったまま顔を少し傾けるだけでなんとか命からがら逃げきったミナト達の姿が見えるのだ。

 ギアでグラフトボディに置換しているのだから命の危機などには程遠いのだが。

 閑話休題。

 ウェンデリンの乗っているのは先行した高速船。そして艦隊司令を兼ねる艦長のアンベラタムとセイファートがいる、ポラリス達の乗艦はアニムス最大の軍艦であるステラスガーデン。

 当然内部の設備もステラスガーデンの方が整っている。すぐにポラリスの支援に回りたいスピカは一人でそのまま外に出て自力でひこうしてステラスガーデンに移る。

 そのまま壁抜けを繰り返して艦橋へと戻って来た。


「一応壁抜け対策が施されているはずなんですがね…」


 あまりの無法振りにアンベラタムはそうぼやいたがスピカの耳には入らなかった。

 スピカはすぐに解析室のブースに駆け込み、空いているコンソールを勝手に操作してポラリスの状態を確認する。


「スピカ様、奏主様の詳細情報ならば私がお教え致しますよ」

「ありがとう。でも大丈夫。ポラリスはきっと勝つから。だから私の事は気にしないで、ポラリスを見て」

「了解」


 解析室組のすぐ前の席に座っていたガニメデがスピカを気遣う。今ポラリスの支援はイオがメインで行っており、ガニメデはちょうど手が空いていたのだ。

 マクロ視点ではガニメデが、ミクロ視点ではイオがメインで担当する為接近戦中はガニメデの仕事が殆ど無いのだ。

 だがいくら手持無沙汰だからと言って何もしていないわけにはいかない。特に溜まっているタスクは無い。他のクルーも皆優秀だから手を貸す必要もない。

 ガニメデは本当に僅かな逡巡の後、観測データをとある場所に親衛隊だけの専用回線で送った。




「おっと、ここで私に助力を乞うのか。ポラリス…じゃないな、彼はもう一人立ちした。だからガニメデの独断かな」

「目ぇ離すなぁ!」


 カザリの刀が左右から次々襲い掛かってくるのをフリートは剣一本であしらう。

 ガニメデが送った相手は天帝府の執事、フリートだった。


「カザリ、目で見る景色だけが全てじゃないんだよ」


 フリートはわざとカザリに背を向けた。そして釣られて前がかりになったカザリはフリートの秘剣にて一撃で刀を両方とも折られた。


「それに、見ても解決できないこともある」

「…ッ!次は勝つ!」

「威勢がいいのは良いことだ。しかし考えなしに動いても大抵は上手くはいかないものだよ。ということでここで一つ課題を出そう」


 フリートはガニメデから送られてきたデータをカザリに見せる。

 

「…なんですこれ」

「さぁ~何だろうね。でも、君ならきっと、解るはずだ」


 そう期待を込めた言葉を与えつつフリートはデータを整理して難易度を下げてあげる。なんだかんだで甘いのだ。


「…戦力の浪費?普通ダメじゃないんですか?」

「駄目だよ。でも、彼らはそうしてる。どうしてかな?」

「普通じゃないから?例えば、浪費することが目的…みたいな?」

「まあ、半分は正解。もう半分は分かるかな?」


 カザリは顎に手を当てて思考する。


「…失わないから?」

「そうだね。それがきっと、答えだ」

「なあんだ、つまらないなあ。あーあ、退屈だなあ」


 折れたブレードの柄を投げ捨ててカザリは訓練室の床に仰向けに大の字に広がって倒れる。




 ガニメデはフリートからの返信を見て満足そうに微笑む。

 ()()()()()()()()()()()()


「どうやら、ルスカ卿の予測がようやく一つ、外れそうですね」


 ガニメデが見ている先にはハルトが自身が押しつぶされながら、マギウスを沈めている所であった。

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