白光の赤帝
ポラリスとユークリッドは共に空を駆け抜ける。
ユークリッドが羽根を誘導弾のようにポラリスを追尾させて自身が回り込みつつ羽根の刃で斬りかかる。
ポラリスは誘導弾を煌炎で燃やしつつブレードにも煌炎を走らせて羽根を焼き切る。
煌炎はフューズが別のエネルギーに転化された結果なのでフューズそのものを封じるマギウスの煙では防げないのだ。
フューズを湯水の如く消費するため他の星の子では良くて最後の切り札として使うものだがポラリスは並外れた保有量がある。自前のフューズだけで常用しても長期戦でも尽きるのは稀である。
「厄介な!」
羽根次々と燃やされては補充が追いつかない。羽根を一度に消費すればするほど本体の機動力が低下してしまうためだ。
しかし今のユークリッドは多少機動力が落ちてでも手数を優先して翼を再生したそばから分離していく。
ポラリスが火力を多少削ってでも立ち回りの利点に振り分けたように、ユークリッドは機動力を削ってでも火力に振り分ける。
煌炎に当たれば羽根は燃やされる。しかし上手く背後に回り込ませても容易く迎撃されてしまう。
ポラリスの知覚能力は常軌を逸している。見る見ない、聞く聞かないではなく存在の座標そのものを捉えているのだ。
さらに彼の圧倒的融合素の保有量と作用量の暴力はマギウスの煙さえ押し退けて超常現象を引き起こす。
「昇る箱庭」
ポラリスを中心とした円状に無重力空間が発生し、羽根も瓦礫も皆等しく打ち上げられる。ユークリッドは危ういところで効果範囲から逃れた。
彼が逃げた直後、逃げていた重力が一瞬で全て加えられ、地面へと叩きつけられる。
その衝撃で地上の構造物はあらかた砕けた。
大技の直後の硬直と見てユークリッドは拳に羽根をかき集めて突貫。ポラリスはバリアの展開が間に合ったものの相対座標の維持が限界で共に空を翔けていく。
そして空間の崩壊が既に始まった外縁部の重力から解き放たれ浮き上がっていたビルに衝突して二人はようやく動きが止まる。
ポラリスはビルに叩きつけられ、それなりのダメージが入ったようだ。
「最強のマギウス、その名に偽りは無いようだな」
「いんや、相対的な評価なんてすぐに覆るものさ」
「そうかな、印象とは、そうそう変わらぬものだ」
ポラリスは周囲全方位を融合素を爆発させて吹き飛ばす。
ユークリッドを引き剥がしたポラリスはアニムスの奏主の為だけに作られた制服から星装へと換装する。制服はギアで出力しただけで、破棄も一瞬にして行われるのだ。
普段は約束の剣を形成するリソースは全て背部と両腰部の機動力を補佐するエンジンとして利用する。
劇的に変化したポラリスは急加速してユークリッドを追いかけ、すぐに追い越す。すぐに反転してギアブレードでユークリッドを背中から切りつける。
正面に回ってはさらに翼を切り捨てながら切り込み、浮き上がる瓦礫を足場にしたポラリスの動きを把握することすら極めて珍しい。
量産品のブレードといえどその切れ味は非常に優れ取り回しやすさも抜群だ。
ユークリッドの翼を悠々と切り捨ててポラリスは意趣返しとばかりにブレードを突き立てた。
一瞬にして立場が入れ替わった。
ユークリッドを、ポラリスが見下ろしているのだ。
「俺を、見下すな!」
ユークリッドは左腕を中心に羽根をかき集め砲身を形成していく。羽根が折り重なり不格好だが美しさもある大砲は瞬時にチャージを終えてビームを放つ。
砲身の隙間からも光が漏れ出し周囲に枝葉のように広がっていく。
ポラリスはブレードを投げ捨て、フィールドバリアもシールドバリアも展開して防御体勢を取る。
渾身の一撃はシールドバリアを砕き、フィールドバリアもかなり消耗させたもののポラリスはそれでも耐えきった。
追撃の羽根を両掌で煌焔を放ち焼尽し、両腰の翼のような部分を変形させ、フューズを可能な限り推力に変えて飛び蹴りを浴びせる。
裏拳、左足の蹴り上げから右足を叩きつけ、左ストレートからの右拳のアッパー。
ポラリスの流れるような連撃にユークリッドは対処できずにもろに食らう。
接近されたら勝てない。そう見たユークリッドは全力で後方に飛んで逃げる。
逃げながら羽根を放ち、更には無数の砲口がずらりと並んでポラリスへと向けられる。
しかしポラリスは全て回避しつつブレードを出力。煌焔をチャージして弓を引くように持つ。
「フレア・インパルス!」
高速の突き。その剣速に乗って煌焔が走る。
ユークリッドは咄嗟に羽根を盾にするも一瞬で破られ浮遊するビルへと叩きつけられてビルが粉砕され、ユークリッドは落ちていく。
しかし、彼の戦意は未だ一片の翳りも無かった。
「ジェネシス!全てを覆す創世の力を!」
ユークリッドを光が包む。羽根を飲み込み、精錬して金属に似た材質の鎧となる。翼は光で形作られ、左腕を覆うように巨大な複合武装が装備される。
マギウスと、もう一つの技術。ギアとは似て非なるロストテクノロジー、”遺物”。
2つの力を融合させてユークリッドはその身に宿す。
空中で突然軌道を変えてポラリスに突撃。ブレードで受けるもそのスピードもパワーも極めて高い。
羽根の白と、創世の赤を基調とした装いに変わったユークリッドはポラリスに再び接近戦を挑む。
今度は純粋なるエネルギーのブレードを両手にそれぞれ持って突撃する。
ジェネシスをマギウスのエネルギーで動かすという魔改造もいいところの折衷具合だが、今回ばかりはそれが功を奏した。
羽根はどうにも明確な形があったから、煌焔で燃やされた。しかし形の無い、エネルギーのブレードとは互いにエネルギーを消耗し合うだけでそう簡単に砕かれたりもしない。
二刀を交差して、ポラリスの剣を受け止め鍔迫り合いに持ち込む。
二人のパワーは拮抗している。鍔迫り合いでは決定的な差は生まれなかった。
互いに無意味としてそれぞれが自ら共に退く。かと思えば互いに再びブレードを叩きつけ、激しく打ち合う。少し距離が開けばすぐに距離を詰め、恐ろしく速くて正確な剣が急所を容赦なく狙う。
ポラリスがユークリッドの首を狙って突く。ギリギリのところでユークリッドは回避しつつ持ち上げた左腕を振り下ろし、右のブレードはポラリスのブレードと自分の首の間に割り込ませて盾にする。ポラリスは傾き振り下ろしを回避しつつブレードを右へと持っていく。
ブレードとブレードが干渉して甲高く、そして悲痛な絶叫を鳴り響かせる。そしてそのまま盾にしたブレードが砕かれるまでの僅かな隙にユークリッドはするりと回避して大きく距離を取る。
ポラリスもすぐに両腰の翼と両足に集中させていた融合素を一斉に昇華させて爆発的な推進力を得てすぐに追いかける。文字通り爆発し、暴走するエネルギーをそのまま全て制御してほとんどロスすることなく運動エネルギーへと転換する。
極めて純度の高い、究極の破壊の力を作用の力として行使する。文字通りの神業だ。
ポラリスはユークリッドの背後に回り込んで一太刀、斬りつける。
ユークリッドは背中の傷の痛みなど気にも留めずにそのままブレードを砕かれて空いた右手でポラリスを掴んで砕け浮遊するビルへとぶん投げる。そしてそのまますぐに羽根ではなく機械の大砲を構築する。
無から生むことはできない。しかし煙から生じた翼をさらに機械へと転換することで素材を調達しているのだ。そしてそのチャージも砲身を使い捨てとする前提ならば瞬時に詰め込むだけでいい。最低限砲身が耐えればそれでいいのだ。
光が、空を走る。
ポラリスはユークリッドが砲身を構築している間に空中で姿勢を直して叩きつけられる寸前でビルとの接触する部位を融合素で覆い、ビルの側面を滑走する。そして滑走しながら立ち上がり、ユークリッドの姿を見上げる。
光が、彼を呑み込んだ。
「あれが、ジェネシスの力か。聖杯にすら匹敵するという噂は眉唾物だと思っていたのだがな」
ビルを両断して粉砕する光線が直撃こそしなかったもののポラリスには手痛いダメージとなったことには違いなく、星装は各所が破損し、ブレードも放棄している。
そして砕けたビルの瓦礫に隠れながらポラリスは傷を自己再生で治していた。
ユークリッドの追撃は未だ来ない。お互いの座標は認識できているが、共に自分の回復を優先しているのだ。
そのユークリッドもまた別の瓦礫の陰で身を休めていた。
光線を放った瞬間、ポラリスが融合素で経路を繋いで彼の持つ装備の制御システムに干渉してオーバーヒートさせたのだ。
「あれが本場の星の子か。目で見るだけで超常現象を引き起こすことは知っていたがまさかここまで自由自在だとはな…」
砲身に送り込まれるエネルギーが途中で逆流して腕ごと吹き飛んだのだ。一度経路を繋げられてしまったなら、回避するのは困難だ。
しかしそれでも今は相手を打倒しなくてはならない。再生は万全とまでは行かなくとも見た目は元通りに、戦闘にも支障はない。
示し合わせたように、二人は同時に姿を現した。
そして合図もなく同時に飛び、再び空中の剣戟が始まる。
先手を取ったのはポラリスだった。激突する前にブレードを何本も融合素から生成して射出する。
ユークリッドは双剣で切り払い、減速すらせずに進む。
そして共に剣の間合い。ポラリスの剣が変わった。
ブレードの切っ先が、ユークリッドのブレードの腹を狙ったていたのだ。そもそも強度もパワーもポラリスの方が上。
ユークリッドのブレードが、派手に砕け散った。
残るもう一方のブレードで反撃を行うもポラリスは既に回避しており、するりと背後に回って今度はバックパックを斬った。
ここでユークリッドはポラリスの狙いに気が付いた。ユークリッドの装備だ。ジェネシス最大の欠点は余りにも強力な力を制御出来ないこと。つまり現状では耐久性が著しく低いのだ。更に装備を破損し続けると中央プロセッサに異常をきたして装備を維持できなくなるのだ。
ポラリスは更にユークリッドを惑わす。
自分自身が狙われていない分、ユークリッドは察しがつきにくかったのだ。ユークリッドの装備は次々剥がされていく。
そして装備が剥がれるということは空中機動力が落ちたということでもある。ここぞとばかりにポラリスは苛烈に攻め立てた。
そしてポラリスのブレードが、ついにユークリッドの胸に吸い込まれていった。
ユークリッドに残っている装備は既に左手の剣と僅かな胸部装甲だけだった。
「終わりだ、ユークリッド」
「まだだ!まだ終わっていない!」
ユークリッドはそれでもポラリスの腕を掴んで離さない。体にブレードを貫かれ、まさにそのブレードを持つ腕を万力のような力で押し固めているのだ。
ポラリスはなんとか逃れようとするもユークリッドの手からは逃げられない。
「堕ちろ!」
ユークリッドは羽根を増殖させる。次から次へと生やした羽根は無限に増殖し、ポラリスを呑み込んでさらに増殖する。
羽根は逃げ場を求めて放射状に広がり、内部は更なる圧力が加算されていく。
遠めに見れば、それはもう月にしか見えないだろう。
剣戟の音が消え、僅かに静寂が支配した後、爆音とともに極光が空を走った。