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Nadia〜スターライトメモリー〜  作者: しふぞー
蒼穹の三騎士  編
107/123

地底の竜

 落ちていく、落ちていく。

 アルトリウスは瓦礫の雨となって落ちていく。


「ハルト!」


 その仕掛け人であるハルトも共に落下しているが明らかに仕掛けた側と仕掛けられた側では余裕が違う。

 やがて瓦礫が降り積もる山の上に着地する。

 だが雨もまだ降るやまないようだ。


「ハルト…お前は何なんだ…!何者なんだ!」

「…そうだな。それは、きっと、何者でも無いんだ、僕は」

「は…?」


 ハルトのその答えにアルトリウスは心の底から違和感と嫌悪感を覚えた。まるで理解が出来ない、非常識の摂理の中で生きている姿を、自身の知る道徳を冒涜されたようで虫酸が走る。

 しかしそんなことはハルトは気にもとめない。


「人でも、人あらざる者でもない!」


 火焔が地下空間を駆け巡る。その中心にいるのはハルトだ。

 彼の放つ熱が空間を焼いて焚いて灼いていく。

 そしてアルトリウスが熱波を耐えてようやくハルトの姿を見た時、今日一番の驚愕の顔を浮かべた。

 ギロリと覗き込んでくる黄金の双眸。鼻息は荒く、口の端からは焔がちろちろと漏れている。

 そして二対四本の大角。五指の四肢に翼を広げ、黒漆の鱗が全身を覆う。

 黒竜ファヴニールが、再誕する。


「ドラゴンだと!?」

「さあ、踊ってくれよう?」


 黒竜の姿となったハルトはドラゴンブレスを放射する。

 焼尽しては別の瓦礫の雨を燃やして更に足元の降り積もった足場も融解させていく。

 アルトリウスはこれは不味いと飛び上がるも頭上をドラゴンブレスが通過する。

 粉塵が焼尽しては灰となって降り、そして全てを融解するマグマの中へと消えていく。

 そしてハルトは竜の巨体には似合わない俊敏さでアルトリウスの前方を塞ぎ、ドラゴンブレスを浴びせる。まともな足場のない状態で、煙が炎熱でかき混ぜられる状態では流石のマギウスも飛び上がることは出来ない。それどころか僅かな足場さえ奪われてマグマの中へと沈んでしまう。

 藻掻き、苦しむ所へハルトが強襲。更に奥深くへと右腕で叩きつけていく。

 世界の底にも果てがあり、境界がある。その境界にぶつかってしまっているのだ。

 酸素も届かず、マグマの熱と、やむことのない瓦礫に沈められてアルトリウスは少しづつ意識が朦朧としてきた。

 そしてかつて見た少年の姿を幻視する。




 アルトリウス・スフォルツァは陽衆大陸の北部に位置する未だ封建制度が残る大国アルヴヘイムの名家、スフォルツァ家の長子として生を得た。

 幼少期からヴィクターの将校となりやがてスフォルツァ家を継ぐものとして厳しく養育された。

 その反動から青年期に溜めに溜めた私財を使ってこっそりと大陸の外へと飛び出した。

 一人で出奔してから見る景色はどれも新鮮で鮮烈で、とても印象的だった。

 そしてその中でも彼の一番の思い出は、オービタル列強諸国の学生合同大会の一つ「バトルドーム」であった。

 学生同士が覇を競うエクストリームスポーツは世界を震わせるエンターテイメントとして人気を博していた。その会場の当日券を運良く入手したアルトリウスは会場内を見て旅路の中で一番驚愕した。

 ヴィクターの宿敵であるガイストマフトと天文台勢力は星の子(スターリア)と呼ばれる亜人達が支配していると教わってきた。

 支配階級として市民を虐げているのだと。

 しかし食堂で友達と談笑する星の子の少年の姿はとても支配者には見えなかった。

 それどころか彼らもまた市民だったのだ。

 その小市民の中に、ハルトも居たのだ。

 文字通り、覇者に憧れる観客の中に彼が居たのだ。

 ケレスが、カナトが、ルスカが、同級生達がまさに世代を、時代を代表する活躍する様子を一人眺めていたのだ。

 天に飛び立てぬ竜が、今目の前で天を覆っている。

 やはり、彼もまた怪物だったのだ。




 

「(沈められる!このままでは酸欠でも焼死でも熱死でも死ぬ!何か!何か!)」


 アルトリウスは急速に迫る死に恐怖しながら、それでも命を求めて天を穿つ一撃を放つ。

 煮沸き立つマグマを割いて、竜の翼の影に一縷の光が落ちる。

 

「主よ…」


 しかしアルトリウスに出来た抵抗はそれだけだった。ハルトは握り潰す勢いで力を込め、一言もくれてやらず、世界の果てに再び叩きつけた。

 命を惜しみ、敵を討てず、穢れた誉れに縋る醜悪な姿に、アニムスに属する者の大半は憎悪を向けるだろう。それは狂気とも呼べるほどに理性的なケレスやルスカですら例外ではない。

 だがハルトは何の感慨もなく、誰よりもただただ効率的に、合理的に、徹底的に敵を倒すために行動し、必要のない感情はそこには生まれない。

 何度打ちのめされようとも、例え心の臓とその血が全て人の物でなくなっても、気にも留めないのだ。

 だからこそ勝つために立ち上がる。生き残るために人の姿も捨てる。

 どんな痛みにも耐えられる。

 ハルトの背には自ら砕き、そして落下してくる瓦礫の山の重みが全て乗っていた。

 しかし、アルトリウスを倒すという目的の前では、些事でしか無かった。

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