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Nadia〜スターライトメモリー〜  作者: しふぞー
蒼穹の三騎士  編
106/123

窮鼠の罠

 ルスカとクリシュナは自由落下している最中、お互いに攻撃をしなかった。

 言葉もなく、ただ着地してからの行動の()()()()を始めていたのだ。

 どうせ空でもお互いに有効打たり得ないのであれば、僅かな休息と、有意義な考察に用いるために。

 ルスカは魔法で空気のクッションを作って何度か跳ねながら位置エネルギーを精算し、クリシュナはわざと樹木に落ちてクッションにする。

 二人が降り立ったのはまだ一度も戦場になっていない北西部のビル街。

 降りてすぐにクリシュナは追撃に入る。相手は「鬼才」ルスカ。目を離せばどのような地獄が顕現するか分かったものではない。だから彼を拳の死角に入れないように気をつけながら追い詰めていく。

 だがルスカは飄々と剣一本で軽くいなしていく。

 彼の剣技はポラリスやケレスといった一流の剣士のそれには及ばないが凡夫では垣間見ることさえ許さないだけの実力は持ち合わせている。

 それでも反撃には出られない。反撃をそもそもさせない攻撃の密度でもって押し潰しにかかる。

 なるほど確かにルスカはグランのクラスに昇ったソルジャー達の中でも最も文の道に寄った頭脳派。その上であらゆるリソースが凡庸の為体力を含め継戦能力が著しく低い。全開戦闘など行えばたちまちリソースを払底してしまう。

 方やクリシュナは仁義を重んじる心こそあれどその本質は忍耐。堪える事には人一倍慣れている。体力の差は歴然だった。

 つまり、ルスカは一切の容赦なく全ての隙を潰していくクリシュナの攻撃を捌きつつリソースが尽きる前に僅かな隙をついて決着を付ける必要があるのだ。

 守っているだけでは、話にならない。


「やっぱり逃げの一手は取れねぇな。森と泉(メッツァ・ヤルヴィ)!リマインド!」


 ルスカの左手に何処からとも無く現れた拳銃が握られる。そして躊躇いなく引き金を引いて既に装填してあった弾丸を足元に向けて放つ。

 クリシュナは一瞥もくれなかったが銃弾が着弾した地点から黒煙が立ち上った。


「何!?」


 ルスカは足音を魔法で消して気付かれないように気をつけながらすれ違い、そして身を隠して薬莢を排出する。薬莢は地面に転がってすぐに消滅した。

 これは弾丸が魔力(マナ)で出来ていたからだ。

 魔装銃森と泉(メッツァ・ヤルヴィ)が装填するのは魔法の弾丸。基礎的な魔法である魔弾の応用だ。

 更に剣を浮遊させ代わりに浮遊させていた魔導書を右手に持ち白紙のページが続く本をフューズでパラパラと捲る。

 そして目当てのページにたどり着く魔導書と魔装銃の弾倉にエーテルで経路(パス)を作り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 プラネッタ『ヴォヤージュ』。魔導書の形で顕現するその本の正体は数々の冒険者達が見聞きした、その日記の数々だ。

 そしてその記録『偉大な旅路(オデッセイ)』の中に刻まれた記録を魔装銃で()()する事こそがルスカの本来戦闘スタイル、元々剣は手軽な自衛装備として持ち始めたに過ぎない。

 フューズとエーテルの操作や剣にも精通しているが彼の本質はフューズもエーテルも使える魔法使いなのだから。

 ルスカは視線を外れた隙にそこら中に罠を仕掛けていく。否、初めから準備しておいたのだ。

 魔法陣を隠して展開したり、ガジェットギアをそこら中に設置して自分のステージをせっせと用意していく。

 不用心な姿を、一目見たクリシュナは一直線に手を伸ばす。


「待て!」

「いいよ」


 ルスカはニヤリと笑ってそう答える。クリシュナは余りにも真っ直ぐ過ぎて配置したトラップを片っ端から起動してしまった。

 足元が滑り、凍り、燃え、そして隆起する。

 ガジェットは爆発するものもあれば電撃を放つもの、使い捨てのレーザー、あるとあらゆる設置技を以てしてもクリシュナはその手を伸ばし続けた。

 そんな彼を起動した魔法陣から出現した鎖が次々クリシュナを縛り上げていく。

 

「来ないのか?なら僕の方から行こうか」


 皮肉半分にそう宣言したルスカは剣を片手に切り込む。

 鎖をかけたまま余りにも自然な流れで彼の剣がクリシュナの体を切り刻んでいく。クリシュナが見てきたいかなる流派とも似つかない、それでいて野性味を感じないとにかく理性的で合理的な剣。

 クリシュナは腕力で鎖を引きちぎり、ルスカを捕まえようと手を伸ばすが彼はするりと軽やかに躱してワイヤーを使って一つ上の階へと逃げる。当然逃す理由は無い。クリシュナは両拳で天井を砕いて追いかける。


「おわっ!脳筋だな!」


 ルスカはわざとらしく驚いたように見せるが完全に読み切っていたのかクリシュナが穴を通って昇ってくるところに合わせてギアでエーテルネットを展開して身動きを封じる。腕も絡めとられ、引きちぎろうにもその隙にルスカが好き放題し始めるのは面白くない。そう割り切ってネットのままタックルで突っ込む。

 

「おいおい、本格的に脳筋じゃねぇか!」


 緊急用エアバッグを膨らませて急場をしのぎ、僅かに生まれた猶予でしっかりと逃げる。魔導書を広げて霜を壁に走らせつつ別の記憶を魔装銃に装填する。

 クリシュナは壁にめり込んで止まってからワイヤーを丁寧に剥がす。そしてルスカに先手を取られても良いように両腕を先行させ、露払いをしてから本体が突っ込む。


「まあ、今度はそうするよね」


 まずは魔装銃を右腕に向け、そのまま引き金を引く。クリシュナが弾丸をそのまま右手で受けるとその衝撃の弱さに驚いた。それもそのはず装填された弾丸は煙幕を固めたカプセルだったのだ。閉所で炸裂したことで目の前も見えないほど濃密な白煙が広がる。そして追いかけた左腕が何かを掴んだ。

 ようやく捕まえた。そう確信するほど掴んだ者は身をよじり、暴れ、そして切りつけてくる。

 クリシュナは確信を持って本体もそのまま突っ込むが壁面を覆う霜から突然氷が生えてくる。エーテルで発生した氷とは違い、魔法によって発生した事象は急激な温度変化を伴う。クリシュナは全身で冷感を感じ、本体とは繋がっていない両腕も震える。

 そして氷の刃にかき混ぜられた煙が僅かに晴れた先で、両腕で捕まえていたのは、姿かたちが極限まで人間に寄せられた、精巧な身代わり人形であった。


「しまった!」

「あらら、気付くの早かったね」


 閉所に導かれた時点で、ルスカの行動はある程度予想しておくべきだった。何しろ彼からすれば身動きの取れないクリシュナから逃げ回るのは簡単であり、その上で視野を絞ることで裏でどれだけ細工をしようがまず気付かない。

 クリシュナがそのことに気付いたのは、ルスカの声が背後からした、その瞬間だった。

 遠くで、近くで、あらゆるところで爆発音が聞こえる。続いて何かが崩壊していく音が聞こえる。

 天井が、落ちてくる。それどころかその上の階も、建物の全てが落ちてくる。そして自身の階下も丁度クリシュナがいる地点の地下だけ崩落したことで全ての瓦礫が集中して落下していく。

 

「でも、脱出するには遅かったよね」


 ルスカは自身を囮に使っておいてシキガミに爆薬を設置させていたのだ。

 彼にとってありとあらゆる策も罠も、この一撃の為の目くらましでしかなかったのだ。

 だがこの一撃で終わりだとも考えていなかった。

 だから最後の仕上げのためにすぐに動き出す。大地に亀裂が走り、崩落させた建物の周りも崩落してビルが何棟も消えていく。


「あ、やべ。計算間違えた」


 クリシュナが崩落したところから浮かび上がる。漏斗状に崩落させることで一点に瓦礫を集中させていたのが、どこもかしこも崩落しているのでは少しづつ軽くなり、パワーだけならマギウス随一のクリシュナなら力尽くで突破出来てしまうのだ。

 この都市の崩壊は一度始まってしまえばもう元に戻ることはない。崩落させ押しつぶすという方法はもう使えないも同然だ。多少のダメージの稼ぎにはなってもトドメにはならない。

 ルスカはフライトユニットを展開し、いくつかのパーツをパージして軽くしたうえで急上昇していく。


「やっぱりこれじゃあだめだよねぇ…」


 ルスカはクリシュナから逃げるようにフライトユニットで飛び上がっていく。両腕が捕まえようと追いすがるが何とか回避して飛んでいく。

 そして残った数少ないビルの中でも一番高いビルの最上階へと飛び込み、そしてフライトユニットを放棄する。

 もう逃げる気の無い姿を見て、クリシュナは警戒しながらゆっくりと同じフロアに侵入する。

 トラップはもう設置されていない。両腕を左右に大きく広げ、本体と合わせて三方からルスカを囲む。


「さあ、逃げ回るのもここまでだ!」

「ああ。そうだね。ここで全て終わらせよう」


 ルスカは絶体絶命の窮地に立たされてなお、悪戯めいた笑みを浮かべていた。

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