退避の時間
ケレスとユークリッドの対峙、先に仕掛けたのはユークリッドだ。
両手の手鋼からビームのブレードを発振して若干変則的な二刀流で斬りかかる。しかしケレスは剣一本で二本相手に余裕綽々と対処していく。
その上で不通の電光を周囲に放ってヴィクター達を牽制する。事実上、彼がいる方向はサポーター達にとってヴィクターの来ない後背となったのだ。
「ソルジャーの当代筆頭、そう易易とは下せないか」
「無論。贋作に負けるようでは英雄は冠せない」
ケレスは漆黒球を戦輪に変形させて投げ飛ばす。
やはりというべきか戦輪は触れたものを削り取るように驚異的な切れ味をもつ。
だがユークリッドにはまるで意にも介さぬようにブレードで叩き割る。
そのままユークリッドは遠距離から射撃戦を試すもケレスの放つ放電に叩き落され最早バリアすら使わず対処される始末。
つまるところ、2人とも時間稼ぎをしていたのだ。
先に増援がしたのはヴィクター側であった。
挨拶代わりの居合切り。ケレスは剣を軽く当ててうまく受け流す。
「奇襲とは死角を突くものだ」
乱入者の背中に漆黒球を幾つも放ってケレスはあくまで足止めを敢行する。
しかし最後のマギウスが揃った今、ヴィクター側に躊躇するる理由などなかった。
「おっと、挨拶が遅れたかね。私はエドガー・ギル・ゾルレン。マギウス達の司令官といえば分かるかな?」
「ケレス。筆頭ソルジャー…なるほど、これがカリスマ性の正体か….」
二人の司令官が剣をを持って対峙する。
ケレスのブレードはアニムスに置いてはごくごく一般的な技術なのだ。装飾の少ない柄と鞘。刀身はエーテルを練り上げて作り、無骨な印象を与えるだろう。
方やゾルレンの剣ば片刃の細身の大剣。多少は装飾で飾って入るものの芸術品たり得るとは限らない。
「行くぞ、ヴァーミリオン」
「了解、ボス」
ケレスを前にゾルレンとユークリッドの二人が並び立つ。
ゾルレンとユークリッドはそれぞれ角度をつけつつ接近してはケレスに纏めて片付けられている。
ゾルレンの刃が首を狙い迫るもケレスはブレードを打ち付け、ゾルレンの大剣を弾き返してはユークリッドの突撃に備える。
そしてユークリッドのブレードが飛んでくるもケレスには全てはじき返されてしまう。
そして浮いたゾルレンに一太刀斬りつける。薄皮一枚剥ぐ程度だが二人がかりでもケレスの防御を崩せられないことがわかるには十分だった。
「むう、剣では勝てぬか」
「別に剣の問題では無いが、どちらにせよ結果は同じだ」
ケレスは剣の勝負など初めから興味がないとでも言うように漆黒球を浮かべて次々放つ。マギウス達に近づいた漆黒球は少し距離がある時点で炸裂し全てを呑み込む黒洞を発生させる。
ユークリッドもゾルレンもこれには大仰に回避せざるを得ない。そのため尚更ケレスの方が動きが良いのだ。
マギウスは総じて星の子に対して有利だが、ケレスだけは話が違った。重力という既に存在する現象を操作することで、煙にすら自身の能力で作用させるケレスはマギウスの天敵とも呼べる存在なのだ。
だがそれでも手練れのマギウス二人を相手に味方を守りながら戦い続けるのは現実的ではないとケレスは判断し、奥の手を使うことに決めた。
「まあ、手段を選んでいる場合ではない」
ケレスは眼鏡を摘み、跳ね上げるようにして外す。
度の入っていない伊達メガネ。しかしその意味は伊達ではなかった。
「潰れてしまえ」
彼の視線が一直線に伸びていく。視線は、あくまで光の反射なのだから当然だった。
しかし、その視線を中心に空間が歪むのは話が別だ。
煙も灰燼も全てを引き込む重力。
星の子は目で見て融合素を操作する。ケレスのその強度たるや空間を歪め擬似黒洞さえ作り出すほどだ。
まるで重力子が通過していくような、空間が軋み曲がり歪みが生じる。
ユークリッドもゾルレンも異変に気づくや否や這々の体で逃げ出す。そこに恥も外聞もなかったが、もしもそうしていなければ肉体は褶曲し回転運動に巻き込まれていたことだろう。
まさに一撃必殺。プラネッタにも、ギアにも頼らない、ケレスが持つ天与の兵器。
彼の強力なる瞳は、重力さえ発生させる。
「これが筆頭!とんだ化け物だ!」
初邂逅にてゾルレンは年甲斐もなく興奮する。彼はルスカの2倍は生きているというのに呑気なものだ。
しかし下に恐ろしきはその破壊の化身のような力が味方の背を守るためだけに使われているという事だろう。
ただ迎撃に徹するだけで脅威となる怪物がもし攻撃に振り分けたのなら、ゾルレンは背筋に冷や汗を感じずには居られなかった。
しかし、その隣のユークリッドは変わらずいつも通りの涼しい顔をしていた。
「何故攻めない?お前の力はそんなものではないはずだ」
「そうだな…そろそろ引き際なのでね」
ユークリッドは思い至らなかったがゾルレンは戦慄し、そして即座に防御体勢を取る。
直後、彼の頭上から一直線に道路を縦断するように極太のビームが薙ぎ払われる。
「大義でした。ケレス卿」
ふわりふわり。真綿のように、白雲のように、スピカが浮遊し、長杖で敵を指していた。
そしてもう一閃、剣が大地へと突き刺さる。
その剣を着地と共に握り直しポラリスがそのままユークリッドを跳ね上げる。
「強い!」
空中で振りかぶった大振り。ユークリッドは回避も防御も間に合わずにもろに食らい、砕けめくれ上がった道路へと叩きつけられた。
「ご苦労だった。ケレス」
「いえ、全ては帝の采配通りございます」
「ならば作戦通りサポーター達を退避させるぞ。スピカ、頼んだ。ケレス、ついてこい!」
「承知!」
「任せなさい」
ポラリスとケレスが共に駆け出す。そしてスピカは背後のサポーター他との方へと戻り、包囲しているヴィクターに向けて空中から爆撃していく。
別れていく双方の間に、道路を横断する亀裂が走った。それは戦闘の余波とは関係の無い、まるで悲鳴のような亀裂だった。
空間の崩壊が、始まったのだ。
「みんな、退避よ。もうこの空間は消えるわ」
「分かっている。しかし、一度はこのヴィクターの包囲を抜けねば妨害される」
スピカが前線に加わり火力が大幅に増していく。しかしそれでもヴィクターの勢いは止まらない。
レサトが代表して答えた通り、ヴィクターの妨害は当初の作戦よりは粘り強かったのだ。
「ならば血路は我らが開こう」
「そうだの。正直もうひと暴れしたいところだったのだ」
自ら身を守りながら、オロチとヴァレリアが前に立つ。
それぞれの得物を構え、ヴィクターの火力が一気に集中する。
「ちょっと!無理しないの!!」
スピカがオーロラカーテンを下ろしてその全てを防ぐ。しかし、オロチは既にそのカーテンの前に移動していた。
「まあ任せておけ!」
オロチが剣を掲げる。彼女は星の子でもエーテル操作が得てなわけでも魔法使いなわけでもなかった。
ただ武器を用いることに長け、自らの肢体を鍛えた只人だ。
その只人は、銃弾の一発も食らってはいなかった。
オロチが、銃砲の雨あられの中を駆け抜けていく。