色のない殺意
時はポラリス達の行動開始から少し遡り、ハルトムートの下にさらに増援として二人のマギウスが送りこまれた。
アルトリウス・スフォルツァとクリシュナの二人だった。
二人の連携は見事だ。
アルトリウスが正面から斬りかかり、ハルトがブレードで受ける。
ハルトのブレードは両刃の片手剣。鍔も小さく最低限、刀身は硬質化エーテルであり、半透明で芸術品のようにも思わせる。
アルトリウスのブレードも両刃、しかし装飾も施されナックルガードは最早庭園にかかる橋のように絢爛なる出来栄えの金属の剣。研磨剤も、職人の労力も湯水の如く費やす贅沢な一振り。
マッドなサイエンティストが急かされて苛立ちながら適当にデザインした量産型とは込められた想いも、価値も天と地の差だろう。
しかしハルトの剣は無茶な使い方をしても涼しい顔をしているのに対してアルトリウスのブレードは受け太刀する毎に甲高い悲鳴と共に小さな傷がついていく。
剣の腕は殆ど互角と言っていいだろう。
しかし腕力は大きな差があった。
アルトリウスは一日も欠かさず鍛錬をし、鍛え上げた胸筋は軍服を盛り上げ逆三角形を形成し、袖から覗く下腕も襟が締まる首も太く、そしてここまで鍛え上げた肉体が剣を振ることに支障をきたさないよう計算されている。
それでも、アルトリウスからすれば高校生、それも文化部に所属し対して鍛えていないような中肉中背なハルトが腕力でアルトリウスを圧倒していた。
ハルトは剣を打ち合う間合いから自ら踏み込んで鍔迫り合いに持ち込み、力で押し切り体勢を崩す。
「アルトリウス!」
ハルトの背後からクリシュナな詰め寄り右ストレートを叩き込む。ハルトは追撃をすぐに諦め左肘で拳を受け止め、剣を戻そうとするが倒されたアルトリウスがハルトの足元を蹴って刈る。
「うわっ!」
ハルトの身体が傾く。剣を支えにして耐えつつ腕力で剣を支点に持ち上げてクリシュナな左フックを華麗に回避する。
だがアクロバティックな回避をしている隙に立ち上がったアルトリウスが剣を振り抜く。
ハルトのブレードに激突し、ハルトのブレードはその切れ味が災いしたか地面を抉り勝手に傾いていく。
「ちょっ」
着地直前で体勢を崩されたハルトにクリシュナの追撃がついに届く。
振り下ろされた右腕がハルトの脇腹を捉えたのだ。
ブレードを握りしめたまま転がり、ハルトはよろめきながら立ち上がる。
「痛てて。思ったより痛いな」
「そうだ。これが痛みだ」
ヘラヘラとしているハルトに苛ついたのかアルトリウスはそう諭すように語りかけた。
しかしハルトは目を丸くしてヘラヘラした表情を変えない。
「わかってるよ。そんなこと」
まるで話しかけられることなんて想像もしてなかった、そんな表情だった。
その上、まるでアルトリウスの意図が汲み取れていない。
「うん。二人は他のマギウス達よりも随分と強いんだね」
アルトリウスは即座にハルトの首目掛けて斬りかかっていた。
しかしハルトは受け太刀し、万力で固定されたかのように動かない。
クリシュナがその背後に隠れてから不意に現れてアッパーを繰り出す。ハルトは予想していたのか余裕を持って回避し、左手でクリシュナの左腕を掴む。
そしてすぐに離した。アルトリウスの切っ先がハルトの左腕の薄皮一枚だけとはいえ裂いていた。だがそんな小さな傷はグラフトボディの再生能力が塞いでしまう。
「化物め!」
クリシュナがハルトのブレードを握りしめ、動きを止める。ハルトはすぐにブレードの刀身を一度消してからすぐに発振して受け流す。
そう振り回していると一瞬にして詰め寄って来たアルトリウスの突きがハルトの足に小さくはない傷
を刻む。
足を削られればさらに動きが鈍くなる。ハルトにさらにクリシュナの左フックが顔面に入り、受け太刀が少しづつ間に合わなくなる。
このままではまずい。そう考え、アルトリウスのブレードを避けつつわざとクリシュナの拳を身体で受けて吹き飛ばされる。
距離を稼ぎ、その上で敵に侮ってもらう。
アルトリウスとクリシュナが呼吸を落ちつけている。ハルトの狙い通りだった。
「これは本気を出さないといけないな」
二人が失策に気付いたのはまさにその瞬間だった。
ハルトの足元から炎が上り、彼を覆いつくしていく。しかし炎は彼を燃やすどころか守るための鎧を形成していくのだ。
炎の中から現れたハルトは、全身を黒い炎を押し固めたような鎧に身を包み、剣も僅かに陽炎のように揺らめいている。
「竜装・黒竜」
翼をばさりと一度羽ばたかせれば熱波が走り、剣で撫でれば燎原の炎が走る。
「あれが…”黒竜”の二つ名の由来となった燃える黒い鎧…」
「ああ。あの鎧にはどんな兵器も通用しなかったと言われているが…実際に目の当たりすると確かに堅そうだ」
アルトリウスとクリシュナは戦慄する。目の前に立っているのは、災害を調伏する怪物なのだと。
ハルトの動きは先程までと大きく変わらない。パワーも、そこまで引き出しているわけではない。
クリシュナなアルトリウスは腹をくくり、二人で挟み込むように切り込む。
クリシュナの拳とアルトリウスの剣をハルトは何でも無いように鎧で受け止め、まるで羽虫を払うかのように剣を軽く振って二人をそれぞれ転がす。
圧倒的堅さ。ソルジャー達の中でも一番隙だらけだったハルトは一転、最も隙の見つからない難敵と化したのだ。
クリシュナとアルトリウスを初め、ハルトを囲うマギウス達は戦慄せずには居られなかった。
「あと厄介な君たちを相手する必要もないよね」
周囲を囲み、様子を見るだけにとどめていたマギウス達にハルトの視線が向けられる。
クリシュナはここで気づいてしまった。ハルトはあくまで乗ってくれていただけだったのだ。戦況はヴィクターが大きく押している。つまりハルト達ソルジャーがどれだけ暴れても味方に余波が出ることはない。どこにいるかもわからないルスカに怯えながら進むより、今目の前にいる脅威から手を付けざるを得ない。
わざと囲ませて、戦力を投入させて、一体どこに目的があるかを考える。
クリシュナが真相にたどり着く前に自らその思考を捨ててしまった。
「まずい!逃げなさい!」
「うわぁ!来るなァ!」
包囲していたマギウスの一人にハルトが接近し、揺らめき燃え盛るブレードで斬りかかる。
その切れ味は圧倒的。逃げるマギウスの背中を袈裟斬りにし、炎が傷を焼き、煙を遠ざける。
背後より迫る死に絶望しながら、マギウスはまた一人恐怖に駆られ走り出す。
戦意を喪失して脱走していく部下たちをクリシュナもアルトリウスも咎められなかった。
逃げた先で、ハルトに追いつかれてどちらにせよ始末されることには変わりなかったからだ。
そしてあらかた解囲したらしいハルトが二人の前に戻ったら時、周囲は末恐ろしいことに断末魔の一つも聞こえなかった。
一夜漬けの殺意は何年もかけて自ら鍛造した殺意の前では文字通り風前の灯火でしかなかったのだ。
「クリシュナ、もう出し惜しみしてる場合じゃない」
「ああ。ここで全て使いつくしていい。ここで奴を止める!」
二人がより濃い煙に包まれていく。否、彼らが集めた煙が覆っていく。
そして二人はマギウスとしての真骨頂の姿を披露した。
「ムーンストルム形態か。来い!」
「行くぞ!アルトリウス!」
「ああ!奴を倒す!」