潜入作戦
エルノド・ノヴォ防警局第2防衛壁内基地
エルノド・ノヴォの西部に位置する防衛壁は南北に10km以上続く巨大な防壁が3重に並んだ強固な防衛陣地であり、人を簡単に嬲る凶悪なモンスターの領域と冒険者の帰る家を分けている。最前線の第1防衛壁は
冒険者の拠点兼防警局の警戒拠点があり、最前線から2番目の防衛壁の内部には防警局の正規軍事部隊や特殊部隊の基地が内包されており、先進軍事研究機関の多くもこの防衛壁の内部に存在する。
第13先進研究所は政府によって徹底的に情報操作されている研究所の一つであり、その中でも特に秘匿性の高い研究が行われていた。具体的にはマギウスクラスタ関連技術及び星幽についての研究が行われていた。
ポラリスは観測者から供与されたばかりの情報を頭に入れながら防衛壁の壁面の外部通路を歩いていた。
吹きすさぶ強風は少々冷えるがポラリスはギアデバイスによってグラフトボディに置換しているため外気の寒気を感じてはいてもそれを辛いとは微塵も思うことはなかった。そのうえエーテルによって生体組織を構築するグラフトボディは完全隠蔽を成立させ、モンスターの接近を警戒する警戒網を完全にかいくぐっていた。
ポラリスは目的地に着くと空間を歪曲させ壁を透過し防衛壁の内部に侵入、そのまま内部通路を地下へと進み、避難階段を一気に下りて地下最下層通路を抜けてとある部屋に到着。今度は床に大きな円を描き、ワームホールを作成し天井を抜ける形で研究所に侵入をした。
「こちらポラリス、研究所内へ侵入した。調査を開始する」
現地標準時で日付が変更されるまで1時間。夜明けまでは6時間であり、火が昇ると職員が増えて調査に支障をきたすためそれまでに撤退しなくてはならない。ポラリスはすぐに壁を伝いつつ内部の調査を開始した。
まるで浮遊しているかのように進むポラリスは周囲を丁寧に注意しながら調査を開始する。その足が床をしっかりと踏み込むこともなくわずかに接地してはすぐに離れ、まるでダンスのステップのように高速で駆ける。無機質な空間を進むといくつかのドアが並ぶ廊下につく。ポラリスは周辺情報をギアデバイスに搭載されたガシェットの数々で収集する。
(並んでいる部屋はどれも小部屋か…倉庫か寝室かあるいは個人用の部屋か。どちらにせよ情報が収集できる見込みはないだろうな…。逆に向かいの部屋は大分大きいようだ。向かうなら…こっちだな)
本来ならドローンデバイスを用いて総当たりで確認するところだがポラリス本人の予期せぬところで情報を漏らすことが起こり得る。そのため万全を期すためにポラリスは身一つで進むことを選んだ。足音一つしないまま角を曲がり、替えの向こう側をガシェットで確認してから空間に穴をあけて壁を通り抜ける。
入り込んだ部屋はモニターが並び、モニターよりはるかに少ないものの座席とコンソールが置かれた大広間だった。
(ここは観測室か?ここでならデータを収集できそうだな)
ポラリスはそう考えながらギアデバイスからデバイスアダプターを大量に取り出し片っ端から差し込んでいく。
『こちらスピカ、データの吸い上げを確認しています。基本どのコンソールでもシステムは同一であり、アカウントごとに閲覧可能なデータ領域が変更できるタイプなので一つで十分のようですよ』
技術力にあまりにも差があるためアカウントロックは最早薄氷のように軽く突破して全データ領域を解放していく。
外からオペレートを行うスピカはデータが吸い上げられていく傍から整理して高速で処理していく。両肩にモローとリーナ(ヘレナ)を乗せながら何もないかのように操作する姿はやはりポラリス同様それは彼女が多数派に属する人間ではないことを示していた。
ポラリスはスピカにデータを任せながらデバイスアダプターを回収して回りつつスピカが整理してくれたデータから情報を流し見ていく。多くのデータは多大な時間と労力とその他諸々をかけて収集したもののスピカが数時間で調査した内容と同一であり、ヘレナの悲劇が現実であることを再認識し続けるだけであった。
『データの吸い上げは完了しました。データの整理、検証にはもう少々かかります』
「わかった。こちらは移動して他を捜索する」
ポラリスは整理したデータから研究所内の地図を取り出して調査するべき場所の検討を付ける。サーバーの筐体のある部屋、検体が生活している部屋、そして一際大きな実験室など調査するべき部屋はまだ残っている。
ポラリスは空間に穴をあけて壁を通り抜けてまずはサーバーの筐体のある部屋に向かった。
ポラリスが去った後の観測室に一人の人影が訪れた。
その人影はうんともすんとも言わぬコンソールを一瞥してから部屋を去り、再び観測室は無人となった。