第七話 王子様、わたくしへの溺愛など要りませんわ!
わたくしの評判が、『完璧な令嬢』から『意地悪な令嬢』に落ちるのには、そう時間はかかりませんでしたわ。
それもそのはず、エミリ男爵令嬢が次々と、『教科書が破られる』『ドレスに泥を塗られる』なんていう事件を起こしたのですから。
もちろん、全てが自作自演。
それも、「私がやってしまったんです……」といい子ぶるので、皆が彼女ではなくわたくしを疑うのです。
わたくしは一切手を下しておりません。ただ、思い切り煽っているだけで。
「わたくしの名誉に傷をつけるだなんて、無礼にもほどがありますわ!」
「冤罪でしてよ」
「どうして皆さんそんな嘘を信じるのですか?」
時には「心外だ」と悲しげな目をして見せることもあります。
そうして皆の注目を私に集め、無実の悪役令嬢としての像を作っていくのですわ。
……けれどその完璧な計画がうまくいかなくなり始めたのです。
その原因は意外や意外、王子様でしたわ。
* * * * * * * * * * * * * * *
「最近変な話が聞こえてきたんだ」
噴水事件があってから、さらに二ヶ月と少し経った頃のこと。
パトリック殿下の元へ向かおうとしていた私を捕まえ、王子様はそうおっしゃいました。
わたくしはパトリック殿下との時間を奪われたことで内心不満でいっぱいでしたけれど、現婚約者である王子様を無碍にすることは許しません。淑女の笑みで応じましたわ。
「どんな話ですの?」
「君がエミリ男爵令嬢をいじめているという根も葉もない噂話さ」
……根も葉もない?
でもエミリは、決まって王子様の目に入るようにして、事件を起こしているはず。噴水の時だって教科書の時だって、王子様に助けられていたのだと聞いているのだけれど?
戸惑いつつもわたくしは答えましたわ。
「ああ、あの噂話ですか。あれにはとても困らされておりますわ。一つたりともやっておりませんのに、全てわたくしの仕業だと言い張りますのよ」
「誰が」
王子様が前のめりになったので、わたくし、驚いてしまいました。
「あ、ええと、その。多くの方々が……ですわ。エミリ男爵令嬢は否定なさっているのですけれどもね」
「デーアに冤罪をかけるなんて許せないな。僕がきっちり対応しておくから、君は心配しなくていいよ。僕はデーアを信じてるから」
――。
――――。
――――――え?
「ちょ、ちょっとお待ちくださいまし。それはっ!」
計画がガタ崩れになりますわ!
王子様はわたくしを裏切るお役目。のはずなのに、今の言葉は……。
まずい。まずいですわ。
「わたくし、全然平気ですのよ。ですからお気になさらず!」
何かを決心したような顔で歩き出されようとする王子様を必死で止め、叫びました。
「噂は噂ですわ。何も気にすることなんてありませんのよ! おほほほほほ」
全力で阻止すると、王子様はやっとわたくしを振り向いてくれた。
そして、
「ならいいけど。でもデーアが疑われるようなこと、僕は容認できないよ」
だなんておっしゃる。
これって……わたくし、庇われていますのよね?
ああ、そういうことでしたのね。
わたくしはこの時になって初めて気づいてしまったのです。
――王子様に溺愛されているということに。
「可愛い」と言われ続けていたのを、今までは『容姿が』という意味だと思っておりました。
もちろん口説き文句なのは知っていましたが、王子様はそれがわからないくらいドアホなのかと。だって他人の前でもおっしゃるのです。まさか本気だとは思わないではないですか。
でも、違うのですわ。王子様は……アンドレ王子様は本気で、わたくしのことをお好きでいらっしゃるのです。それどころか溺愛してらっしゃるんですの。
でもそれでは困りますわ!
わたくしのこの計画が狂ってしまうではありませんの! わたくしはパトリック殿下に恋してしまった。心から彼と結ばれたいと思っているのですわ。
政略結婚だなんて嫌。例え相手がこちらのことを想ってくださっていたとしても。
だから王子様、わたくしへの溺愛など要りませんわ!
わたくしはまた王子様から逃げてしまいましたわ。
ああ、なんて情けない。……彼の心をどうやってエミリ男爵令嬢へ向けたらいいのかしら。
わたくしは悩みに悩みましたわ。
王子様がわたくしを庇うだなんて完全なる誤算でした。どうしたら断罪されることができるのでしょうか……。
しかもパトリック殿下とお会いする機会まで奪われましたし、本当に最悪の気分ですわ。
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