第五話 皇太子殿下に近づく虫は追い払うのですわ
一ヶ月ほど、わたくしの毒舌攻撃は続いております。
けれどエミリ男爵令嬢は、ちっとも気にするご様子がありません。それどころかわざわざ無礼な行動をしたりして、むしろ怒られたがっているのかしら。
どういうつもりなんでしょう。理解に苦しみますわ。
もしかして彼女、ドSな気質があったりするのでしょうか? それならこの作戦、むしろ逆効果になってしまいますけれど。
まさかですわね。
さて。じゃあそろそろ、パトリック殿下を引き入れなければならない頃合いですわ。
隣国の皇太子である殿下の役割は、わたくしを救い、隣国へ連れ帰って娶ること。
ああ……想像するだけで胸が高鳴りますわ。婚約破棄が待ち切れなくてよ!
以前、パトリック殿下とお話ししたのは、ご挨拶の一度だけ。
その時には王子様もいらしたから、きちんとお話しできるのは今回が初めてになるでしょう。
ものすごくドキドキしながら、皇太子殿下がいつも休み時間にいらっしゃると噂の屋外ベンチまでやって参りましたの。
……わたくしはそこで想像もしていなかった光景を見てしまうのですわ。
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「どうしてエミリ嬢が……!」
なんと、エミリ男爵令嬢がパトリック殿下と何か語らい合っているのです。
わたくしはそれを見て、サァーッと血の気が引いていくのを感じました。そしてそれは怒りに変わりましたの。
「あら失礼。少しばかり、パトリック皇太子殿下にお話ししたいことがありますの。エミリ嬢、そこを退いていただけないかしら」
エミリ嬢はハッとなって私の方を見ましたの。
かなり慌てていらっしゃるようでしたわ。
「あ、プレンデーア様っ」
しかし一方で、パトリック殿下は落ち着いていらっしゃいました。
「今は彼女との話し中だ。別の話があるなら後にしてくれないか」
けれどわたくしはそんなことを許して差し上げるほど寛大ではございませんの。
パトリック殿下に近寄る虫けらは、この手で潰しておかないといけませんものね。
「そうですか。なら、ここでお待ちしておりますわ」
わたくしはそう言って、ベンチのすぐ近くでお二人のご様子を見ていることにしました。
少しでもおかしな会話をなさったら容赦しませんわよ。
少々喋った後、エミリ男爵令嬢は「それじゃあ」と言って頭を下げ、席を立たれましたわ。
こいつ、逃げましたわね。
怒りに目をつり上げるわたくしに、パトリック殿下はこんなことをおっしゃいました。
「待たせてすまない。彼女と勉学の話をしていてな。エミリ嬢に教えていたんだ」
「あら、それはそれは。それなら次からはわたくしも混ぜてくださいませ」
聞いていた限りは色っぽい雰囲気もありませんでしたし、パトリック殿下のお言葉を信じることにしますわ。
さて、お邪魔虫は追い払ったことですし、本題に入りましょうか。
本題と言っても、今すぐに何かあるわけではありません。
ただ距離を近づけていく。そしていざという時に、わたくしの無実を証明してくださればいいのですわ。
わたくしは、隣国の話をお聞きしたいとお願いしましたの。
パトリック殿下はお優しい方ですから、「それなら」と言ってたくさんのことを聞かせてくださいましたわ。
そのお声を聞くだけで、夢見心地になれます。
ああ幸せ。……王子様とは、大違いですわ。
王子様はわたくしを可愛い可愛いとおっしゃる割には、お話しなどは一切してくださらないんですの。
というより、共通してできる話題がないのですわ。だって趣味が合わないのですもの。
成績優秀な私に反して、王子様は中の下ですし。
わたくしは興味がありませんのに、王子様といえば勉学より着飾ることばかり考えていらっしゃるようで、いつも村んなお話ばかりなさいますし。
後はわたくしが王子様のことを心からお慕いできていないということがあるのでしょうけれど……。
「どうせ別れる相手のことなど考えてどうしますのよ。……わたくしは愚かですわね」
しばらくお話しさせていただいた後、わたくしは席を立ちました。
これからしばらくここへ時たま足を運ぶつもりでしてよ。パトリック殿下と友好関係を築くのが、一番の勝利条件ですもの。
「では、失礼いたしますわ。またお会いできる時に」
「ああ。また」
徐々にわたくしの『悪役令嬢断罪劇』の盤面が動き出している。
必ず、必ずやパトリック殿下のお心を掴み取りますのよ……!
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