おまけ第五話 僕の愛するたった一人の彼女のために
アンドレ王子視点です。
僕には婚約者がいる。
プレンデーア公爵令嬢。銀髪に薄い青の瞳の、とても麗しい少女だ。
僕は彼女にずっと恋していた。
婚約者として紹介され、出会ったその日、僕は彼女に目を奪われたんだ。
「可愛いね」
初めましてよりも先に、そう口走ってしまっていた。
これがマナー違反であることくらい、王族である僕はもちろん知っている。なのに第一声が「可愛いね」になってしまうくらい、彼女は天使だった。
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僕はことあるごとに彼女――デーアに声をかけてしまう。
そして「可愛い」といつでも口走り、自分でも嫌になるんだ。でも素直な気持ちだからしょうがない。僕は思ったことをすぐに口に出すのが欠点だと、よく教育係に言われていた。
デーアは嫌がっているのかな、とふと考えたこともある。
でも彼女はなんだか嬉しそうに見えた。だから僕はやめなかったんだ。
けれどいつしか、大きくなるにつれて距離ができていった。
デーアがどこか遠くの人のように感じられるようになって、昔は元気だった彼女がだんだん氷のようになっていくような気がして。
僕は正直、寂しかった。僕のせいなんだろうか? 僕のことが嫌いだから、デーアはあんな風になるのかな?
そしてそれは王立学園に入ると、さらに顕著になる。
僕のことを避けている。気のせいなんかじゃなく確実だった。
僕がデーアに似合いそうなドレスの話などしても、デーアは全く興味を示さない。
優秀な彼女に比べて僕が馬鹿だから、どんどん埋めがたい溝ができていく。
僕はそれをどうしようもできないまま、ただただ怠惰に日々を過ごしていた。
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僕がパトリック皇太子からデーアの話を聞いたのは、卒業の半年前のことだった。
デーアがパトリック皇太子に、恋人へ向けるそれを見せているという。僕は信じられなかった。でも、確かにデーアの態度はますますそっけなくなっているなとは思っていたんだ。
パトリック皇太子がデーアを好きになって、僕のデーアを奪っていってしまったらどうしよう。
デーアはパトリック皇太子についていくだろう。そしたら僕は……。
考えるのも嫌だった。
僕はデーアが好きだ。好きなんだ。デーアじゃなきゃ、妃になんてしたくない。
デーアは僕の物。本人に言ったら怒られるだろうけど、僕はそう思っている。
だから手放したくなかった。デーアに振り向いてほしかったんだ。
でも僕だけじゃなんともできない。そこでエミリを頼ったんだ。
エミリは僕の従妹だ。公には赤の他人ということになっているので大っぴらには親しくはできないけど、とっても可愛くて賢い女の子なんだ。
「エミリ。ちょっと相談したいことがあるんだが」
僕がそう言うと、エミリは僕と同じの深い青の瞳でじっと見つめてきた。「どうしたの? 何か困ったことでも?」
僕は事情を話した。
デーアの心をどうやったら僕に惹きつけられるのか。
でも頭のいい――本人は僕が馬鹿なだけだと言ってきたけど――エミリでも、皆目見当がつかないらしい。
そりゃそうだ。彼女には婚約者がいないし、恋をしたこともないだろう。だから揺れる婚約者を引き戻す方法だなんて知るわけがないよね。
でもどうしよう。
このままじゃ、デーアがパトリック皇太子と隣国へ行ってしまう。
卒業パーティーまでにはなんとかしなくちゃ。
これがこの時の僕の決心だった。
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エミリの妙案で、『悪役令嬢ごっこ』をすることになった。
下級貴族の間で流行っている読み物に似せた遊びのようだ。僕は至って真剣なんだけどなあ……と思いつつ、でもエミリの考えることだからただの遊びじゃないだろうと考え、手伝うことにした。
デーアを意地悪な女の子に見せかけるらしい。僕は嫌だったが、でも後で無実が証明されるのだったらまあいいか。
エミリは嘘つき女、そして僕が王子役。本物の王子が王子役をするのは適任だよね。
パトリック皇太子にも手伝ってもらって、着々と準備が進んでいった。
エミリがデーアにいじめられているように周囲に思わせるんだ。
悪口はもちろん、暴力やら何やら。やりすぎじゃないかと思うけど、これくらいしないとダメらしい。
女の子の世界は複雑だなと僕は思った。
そうしてパーティーの時期がどんどん近づいてくる。
けれどエミリ曰く、後一押しが足りないらしい。どうしようかと僕とエミリとパトリック皇太子の三人で話して、エミリが階段から突き落とされたフリを演じることになった。
デーアが階段の踊り場にいる時を狙って走り寄り、そしてエミリが自分から階段に身を投げ出す。
隠れて見ていた僕はとてもハラハラしたよ。僕のデーアが、可愛い従妹に貶められる瞬間を見たんだからね。
もっとも、これは芝居なのでそこまで気にする必要はないんだけど……それでも不安でたまらなくなる。
翌日には大騒ぎになっていて、デーアが悪者扱いされていて心が痛くなった。
でもそれもあと数日の辛抱だ。今この瞬間、僕が彼女の味方になってあげなくちゃ。
そう思ってデーアに語りかけたけど、まともな反応はなかった。
「また、卒業パーティーの時に」これを繰り返すんだ。
きっと彼女も何かを企んでいるんだろうってエミリは言っていた。
「でもそれは私が許さないので、兄さんは安心してプレンデーア様を口説いてあげればいいよ」
エミリの言葉で元気が出た。
よぉし、こうなったら全力で愛を伝えてやる!
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エミリの嘘は暴かれ、パトリック皇太子によってデーアの無実は証明された。
けれどデーアは戸惑っていた。まるで自分の無実が明らかになるのが嫌みたいに。
いや、多分そうじゃない。
僕が婚約破棄をしなかったのが彼女にとっては想定外で、嫌なことだったんだろうと思う。
僕に婚約破棄してもらい、パトリック皇太子と結ばれるのが彼女の望みだった。でも僕は、僕らはその思惑とは真逆に動いたわけだ。
元々パトリック皇太子が、デーアを好いているようなそぶりは微塵もなかったけどね。
失望した目で笑っているデーア。
もはや全部を諦めてしまったような顔の彼女に、僕はそっと囁いたんだ。
「好きだよ、デーア」
言ってしまった。
言ってしまったんだ。彼女に気持ちを伝えてしまった。
息を荒くしている僕に対し、デーアは「お、王子様、これはどういう……?」と困惑している。
僕は精一杯強く見えるように頑張って、にっこり笑った。
「そのままの意味だよ。僕はデーアが大好きなんだ」
……けれど。
「こんな――公衆の前で、なんということを……! 王子様、わたくしはあなたのことをお慕いいたしておりませんわ!」
デーアはブチ切れた。
デーアの本気の怒鳴り声なんて聞くのは初めてで、驚かずにはいられなかった。
他の参加者たちもざわざわと騒ぎ出す。しかし、デーアは構わずに僕へ叫んだ。
「わたくしはずっと、あなた様のことをお慕いいたしておりません。身勝手で、いつでもどこでもわたくしを『可愛い』などとふざけたことをおっしゃって。その上、わたくしの断罪劇まで台無しにして! ……王子様、あなたからの溺愛はお断りですのよ!」
溺愛はお断り、か。
でもねデーア。人間ってそんなに簡単な生き物じゃないんだ。身を引けと言われたくらいで、何年も想っていたこの気持ちが消えてくれるわけじゃないんだからさ。
「ごめん。でも僕は本当に君が好きなだけなんだよ」
パトリック皇太子といられた方が、彼女にとっては幸せだったのかも知れない。……でも。
たとえ物凄い形相で睨みつけられても、嫌われていたとしても、僕は屈しない。
だって僕はデーアなしじゃ寂しくて生きていけないんだ。
「ふざけないでくださいな! 婚約者であるあなたがいるというのにパトリック殿下に浮気をして! あなたの婚約を破棄するそのために半年間も努力し、そしてエミリ嬢を利用した上、それも全て失敗する! こんなわたくしのどこが愛せるというのですか! 王子様、わたくしは……あなたの妻になる資格などありませんのよ」
心の中だけで答えた。
愛せる。全部全部が愛せるよ。
僕にとっては君の何もかもが輝いているんだもの。
「資格なんて、気にしなくていいよ」
自然と言葉が口から出た。
だって君は充分だ。僕なんかにはすぎた人間なんだよ。
今は、パトリック皇太子もエミリも見ていない。
だからかな? 覚悟ができたんだ。
「君が、僕の妻になってほしい。デーア、プレンデーア。――愛してる」
口づけを、した。
彼女の唇はとても甘くてとろけてしまいそうだった。
「わたくしも、お慕いしておりました。……アンドレ」
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デーアを妻にし、王になった今でもあの時のことを思い出す。
あれが僕が初めて名前を呼ばれた瞬間であり、彼女からの愛の言葉を聞けたんだったなあ。
「アンドレ、何を考えていらっしゃるのですか?」
「いいや何でもないよ。……君は本当に可愛いなって思ってね」
彼女の銀髪にすぅっと指を通す。
そうするとデーアは嬉しそうに笑ってくれるんだ。
僕が愛するたった一人の彼女のために、今日も頑張ろうと思った。
おまけ話はこれにて終了、本当の本当に完結となります。
お付き合いいただき誠にありがとうございました。
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