第二話 悪役令嬢になってみせますわ
さて、困りましたわ。
わたくしの婚約者、それはこの王国の第一王子であるアンドレ様ですの。
金髪に碧眼のとても麗しい方ではいらっしゃいますけれど……わたくしは正直、この方をお慕いできずにおります。
婚約を結んだのは八歳の頃。わたくしと彼の出会いもその時でした。
王城の庭園にて初めて顔を合わせたわたくしたち。王子様から一番目にお聞きしたお言葉がこれでした。
「可愛いね、君」
もちろん先方が好意で言っていらっしゃったことは充分に理解しております。
しかし初対面でそれはあまりにも無礼というものではないでしょうか。挨拶を済ませる前に、これを言われたのですよ?
わたくしは正直引いてしまいました。
その時彼を『王子様』とお呼びすることに決めたのです。お名前で呼ぶのがなんだか嫌だったのですわ。
なんと言っても、マナーを弁えていない方なのですもの。わたくし、そういう方は尊敬できません。
そんなわたくしの内心など気にすることなく、王子様はどんどん距離を詰めていらっしゃいました。
わたくしのことを、名前どころか『デーア』と愛称でお呼びになりますし、やたらと「可愛い」「将来の僕の妻」などと連呼されます。
こちらとしては恥ずかしくてたまらず、けれどそれを言うこともできずにモヤモヤしておりまして、心から彼を快く思えないままでいましたの。
そこに現れた運命の方、パトリック殿下。
わたくしは殿下と結ばれたいと強く思うようになりました。
婚約者のいる身では、他の人を愛することは許されません。でも王子様を真に愛することなど、わたくしにはできないと思うのです。
けれど王子様はわたくしを愛していらっしゃるようなので、別れたいと言っても聞いてくださらないでしょう。
ですからわたくしは、どうにかならないだろうかと頭を悩ませていたのでした。
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それは唐突なひらめきでしたわ。
アイデアを得たのは、貴族たちの間で流行っている恋愛小説です。少し暇な時間ができた時、たまたま伯爵令嬢からお譲りいただいたので目を通してみましたの。
その内容を簡単に説明しますと、ヒロインである身分の低い貴族令嬢が何かの機会で上位の貴族令息と縁を持ちます。しかし貴族令息は好青年であるため、当然婚約者がいらっしゃるわけで。
そうそう。ちなみにですが婚約者の女性は『悪役令嬢』などと呼ばれるそうですわね。
婚約者から嫉妬を買ったヒロインが徹底的にいじめ倒されます。階段から突き落とされるようなことまであるのですから恐ろしいですわ。ですが、貴族令息がそれに気付き、婚約者を婚約破棄した上で牢獄送りとし、ヒロインに告白するわけです。
そしてヒロインはめでたしめでたしなのですわ。
……これの一体どこが面白いんだか、理解不能でございます。
けれどもわたくしは、「ああ、こんな手もありましたのね」と驚きましたわ。
これならわたくしにもできるかも知れない。そう思ったのです。
わたくしが物語のような悪役令嬢となり、断罪される。
場所は選んだ方がいいですわね。例えば……そう、半年後に迫っている学園の卒業パーティーなどが好都合ですわ。
わたくしは不正を犯したとされています。しかしここは物語と違い、実際には不正を犯していないようにするのです。
噂だけを流しておくのが最適かと思われます。実際に悪事に手を染めてしまえば、肝心のパトリック殿下の愛が掴み取れませんもの。
そして無実の罪に問われ、王子様に婚約破棄されてしまったわたくし。これは全て物語でいうところのヒロイン――どこかの下級令嬢の陰謀ということにいたしましょうか。
困り果て、ともすれば処刑されるかも知れないわたくし。そこに現れたパトリック殿下がわたくしの無実を証明して、助けてくださるのですわ!
そうしたらきっとわたくしと彼は特別な関係になれるはずですわ。公爵令嬢と隣国の皇太子ですもの、身分もちょうど釣り合いが取れています。そのままわたくしたちは結婚して幸せに――。
なんて素晴らしいシナリオ。
わたくしはすっかり浮かれた気分になってしまいました。もちろんどうやってこのシナリオを実行に移すかという問題は山積みですけれど、きっとできますわ!
「目指すは王子様からの婚約破棄! そしてめでたくパトリック殿下と結ばれるのがわたくしの目標。そのために……わたくしは、立派な悲劇の悪役令嬢になってみせますわよ」
決心を固め、わたくしはそっと天使のごとき微笑みを浮かべましたの。
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