第十話 男爵令嬢が事件を起こしてくれましたわ
イチャイチャ作戦を実行した後、確実にいじめ――もちろんエミリ嬢の自演ですけれど――はひどくなりましたわ。
殴られる。私物をめちゃくちゃにされる。脅されお金を奪われる。
やり過ぎじゃないのかしらと思うくらいですが、物語の悪役令嬢であれば余裕でするであろう悪行の数々。反吐が出ますわね。
……そして周囲からわたくしへ向けられる視線が厳しくなり、倦厭されるようになり始めました。
わたくしの評判は確実に落ちている。そう実感しておりました。
しかし王子様からだけは嫌われるような素振りがなく、月日はあっという間に流れていきましたわ。
そして気づけば卒業パーティーまで残すところ三日になっていましたの。
「――どうしましょう」
このままでは断罪なんてとてもとても。
パトリック殿下との仲はそれなりに良くなったとは思いますし、わたくしが犯人ではない証拠はたくさんお見せしているのですけれども……そもそも婚約破棄されなければ何の意味もありません。
婚約破棄され、断罪されるのがわたくしの望みなのに。そうでなくては王子様と結婚させられてしまうというのに……!
わたくしは焦っておりました。ともすれば実力行使をしなければならないのではと思い、その度に身震いをします。
手を下したら負けですわ。断罪されたとしてもパトリック殿下に嫌われては意味がない。
どうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたら――。
「あっ、プレンデーア様」
そんな時、例の人物が現れたのでわたくしは驚きを隠せませんでしたわ。
エミリ男爵令嬢はニコリと笑い、わたくしに真っ直ぐ近づいて来ます。
「ご、ごきげんよう。どうしたのですか?」
内心の企みを悟られないよう、慌てて挨拶を返すわたくし。
ここは階段の踊り場ですから、上階から降りて来たわたくしと下の階から登っていらっしゃった彼女の二人だけ。であり、他の方は誰も見ていらっしゃらない。
一体どんなお話をなさるのかしら、とわたくしが警戒していた時のことでした。
「ごめんね?」
可愛らしく微笑んだ彼女が、まっすぐに階段へ身を投じていましたの。
そのまま階段を落ちていくエミリ男爵令嬢。呻き声を漏らしながら彼女の姿が下の方へ消えていきます。
わたくしは何が何だか訳がわからず、ただただ立ち尽くしていることしかできませんでしたわ。
階段を見下ろしながら、やっと状況を呑み込めたわたくしは一言。
「……助けなければ」
そして一も二もなく階下へ向かって走り出しました。
* * * * * * * * * * * * * * *
エミリ男爵令嬢がここまでやるだなんて、わたくし思っていませんでした。
ですからたいへん驚愕したとともに、心から歓喜してしまいましたの。
幸いなことにエミリ嬢の負傷はそこまで重症ではなく、脚などの打撲のみで済んだようです。
それはもちろん当然ですわよね。自分で落ちたのですもの。
けれども、あれはわたくしの仕業として片付けられましたわ。
あの場にいたのはわたくしだけですし、その前の話を考えて当然のことですわよね。
わたくしは必死で反論しましたわ。悪役に仕立てられたのですもの、普通ならば心外なことでしょう?
それどころか徹底的に戦わなければならないような事例ですわ。現にお父様はひどくお怒りになり、裁判に持ち込むことになったようです。
でもわたくしは嬉しくて嬉しくてたまりませんの。
だって、これで王子様から婚約破棄していただける。本当にエミリ男爵令嬢が事件を起こしてくれたのは光明と言っても過言ではありませんでした。
これで、必要な要素は全て揃ましたわね。
「ああ、卒業パーティーの日がとても楽しみですわ」
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