第九十九話 雪崩
「......お、おお、お前、ちょっと、その火で暖を取らせてくれ」
ガタガタと震えながら俺は人魂に頼み込んだ。三時間くらい歩き続けていると、幾ら防寒着を着ていようと耐えられないくらいに寒くなってきた。もう既に俺が地図上の何処にいるかも分からない。
「芸術家! 芸術家居ないか! みつ、み、見つけてくれぇ!」
相手は人智を超えた存在である四天使。もう、あっちに見つけてもらった方が良いんじゃないかと思った俺は情けない声を必死に上げた。
「あら、いつもの自殺志願者かと思い、来てみれば、お客様ですか?」
「っ!?」
後ろから聞こえてきた雪山に似合わない優しく、物腰の柔らかい、何処か妖艶な声。振り向くと其処には儚げに笑う小さな少女の姿があった。
その姿は胸や秘部に氷を纏っているだけでほぼ全裸。頭には真っ白なリングを浮かばせている。髪は見る角度によって紫や水色、銀色に変わる構造色の様な色合いだ。ツリ目気味の青い目は表情とは打って変わって何処か冷徹な印象を受ける視線を俺に送っていた。和服は着ていないが、全体的に日本の『雪女』と似た様な印象を受ける。
そして、圧倒的な存在感と殺気にも似た覇気、柔らかな態度の裏から見え隠れする『異質』な雰囲気、俺の本能が危険と叫んでいる。ぱっと見、ただの好青年にしか見えない博愛者とは大違いだ。
「新しい『形』が手に入ると思いましたのに、残念ですね」
「......あー、アンタ、芸術家か? 四天使の?」
「其方の名前で呼ばれるのは久しぶりですね。麓の里では山に踏み入った者を氷付けにする『氷鬼』と言われていますが。それにしても、懐かしい方を連れておいでで......」
サラッと恐ろしいことを口にしつつ、俺の言葉を肯定する『芸術家』。彼女が俺の次に、視線を向けたのは、俺の横に浮遊中の人魂だった。
「コイツのこと、知っているのか?」
「ええ。とはいっても、あなたと話しをしたことはあまりありませんでしたね?」
彼女はゆっくりと俺の横まで近付き、人魂に向かって微笑み掛けた。
「あの、芸術家。お前に話があって来......後ろ!」
「後ろ?」
ゆったりとした動作で彼女は振り向く。彼女の背後からは、今にも俺達を押し潰して谷底へと落とさんとする雪崩が迫ってきていた。
「お、おお、お前、アレ止めたり出来ねえのか!?」
俺は雪崩から逃げるように、全速力で坂を下りながら芸術家に聞いた。
「そうですね。少し、難しいかもしれませんわ」
「そうか。アンタは補助魔法特化だっけか!?」
彼女は焦った様子を一切見せず、落ち着いた様子で宙に浮きながら俺と同じ速さで雪崩から逃げる。
「ああ、畜生! 雪崩のスピードから人間が逃げられる訳ねえ......! マリアナ! 聞いてるなら力貸せ! 身体くらいくれてやる! 芸術家! アンタは俺の後ろに隠れてろ!」
俺がそう叫ぶと、人魂がユラユラと俺の口元に近付いてきた。しかし、一方で雪崩も後、数秒で俺達を飲み込みそうだ。
「クソッ、無理か......んうっ!?」
俺が諦めかけたその瞬間、人魂は俺の口をこじ開けて、俺の体内に入り込んできた。全身が熱くなり、身体の中で何かが膨らんでいく様な感覚を覚える。
「あら」
芸術家がそんな驚きの声を漏らしたのと同時に俺の意識は途切れ......
「クソがあああああああああああ!」
なかった。
本能的に突き出した掌の先から大量の炎が雪崩めがけて発射される。......冷静に考えて雪に炎を打つと、溶けて水になり、その水が襲いかかってくるのではないか。
「なら、バリアあああああっ!」
イメージはマリアナが対厄災戦にて使っていたあのバリア。朧げな記憶を手繰り寄せて何とかそれを想像すると、俺は目の前に巨大なバリアを作り出した。
「お見事です。人間様のお力、感服致しました」
「いつ、俺が人間だって......」
「あら、失礼しました。私、鼻が効くものですから」
「そうか......よ」
頭が痛い。そろそろバリアを維持するのも限界だ。俺はその場でパタリと倒れてしまう。
「此処で死ぬと私の作品にしてしまいますよ?」
俺がバリアで動きを封じていた雪崩を全て凍結させ、倒れた俺の顔を覗き込みながら涼しい顔で彼女は言った。
「お前、止められない、って......」
「ええ。だって、あの雪崩、私が人間様の反応を伺う為に起こしたものですから。まさか、庇われるとは、思いませんでしたが」
優しそうな笑みを浮かべるほぼ全裸の女性。彼女に顔を覗き込まれ、まるで看取られるかの様に俺は目を閉じた。




