第九十八話 神
「対天使戦への戦力を持って帰ってこい......か。アイツはただの人間に何を期待しているんだ」
大紅蓮へ向かう車の中で俺はそう呟く。フィーネによって俺には二つの難題が課された。
『ステラ達が生きている間に元の世界に帰ること』、『少なくともクイーンサキュバス以上の実力者を連れ帰ること』の二つである。
そういえば、災厄の奴はどうなったのだろう。アイツがおいそれと天使に遅れを取るとは思えないが。
「お前って、戦えるのか? あー、YESなら萎んでくれ。Noなら膨らめ」
と、俺が人魂に話しかけるとその人魂は迷うことなく小さく、萎んだ。驚いた。どうやら、この小さな人魂はある程度の戦闘能力を有しているらしい。
「じゃあ、もし、俺が力を貸してくれって言ったら貸してくれたりは......」
その質問に人魂は答えず、プイとそっぽを向く様にしてポケットの中に入ってしまった。
この人魂はマリアナの身体の一部。もしかして、まだ、アイツと喧嘩したことを根に持っているのだろうか。
「すまん。急がないといけなくなった。悪いが、もう少し急いでくれ」
俺は溜息を吐きながら無口な御者にそう頼む。彼は無言で車のスピードを上げた。俺が人魂相手に独り言の様なことを言っていても無視してくれるし、楽ではあるのだが、何分、俺の欲している話し相手にはなってくれないのが残念である。
「人魂、お前には打ち明けとくか。......今な、向こうの世界で俺の大切な奴らが天使と戦ってるんだ。だから、もし......お前がマリアナとテレパシーみたいなもので会話をしているなら、こう伝えてくれ。協力して欲しい、って」
現状、俺がこの世界で知り合った実力者は二人。マリアナと博愛者だ。しかし、博愛者は回復特化らしく、戦闘には不向き。やはり、向こうの世界に即戦力を連れて帰るならマリアナ、ということになる。
「前のことは悪かった。正直、マリアナに体を奪われかけたのは今でも少し恨んでる。......でも、勝手かもしれないが、もう一度、力を貸して欲しい。コッチに来てから、ずっとお前と仲違いしたのを悔やんでるんだ」
言葉を並べれば、並べる程、マリアナが俺に協力してくれそうな可能性が縮まっている気がする。俺はマリアナに恩を売ったわけでも、何でもなく、契約を一方的に解除し、それでも付いてきてくれていた彼女を突き放したのだから。
「......いや、こうやって、どんだけ感情に訴えかけても、お前が協力してくれる訳ないよな。分かった。対価を差し出すことを考える」
⭐︎
大紅蓮に到着したのは宿を出てから体感的にはおよそ10時間後。辺りは完全に暗くなっていた。しかし。
「悪い、今日の宿はキャンセルで頼む」
「かしこまりました。......何か、ご予定に変更が?」
「今から大紅蓮を登る。金は払うから持ち歩ける容器に何か飲み物をいれてくれ」
「......考え直すおつもりは?」
「ない」
「......分かりました。せめて、最高級の茶を用意します」
宿の悪魔たちは何かを察したように何度か頷くと、熱い茶を木でできた水筒に注いでくれた。この寒さだと直ぐに冷えてしまいそうだ。
俺は用意してもらった熱い茶を持ち、防寒着を着用して山へと向かう。『芸術家』が住んでいるという山の頂上への行き方は博愛者に貰った地図に示されている。......が、はっきり言って、暗すぎて何も見えない。
「夜の雪山に一人で、我ながら自殺行為だな。......あ、そういうことか」
あの宿屋の悪魔達が妙にしんみりしていた理由が分かった気がした。
「光くれ」
俺がそう頼むと人魂はパッと輝き、人魂から半径200mはありそうな範囲を全て明るく照らした。その様子はさながら、人工太陽。これで夜の雪山で最も危険な『視界の暗さ』はどうにかなった。
「ありがとうな」
山登りの経験など全く無い俺が危険な夜に登頂しようとするのには理由がある。『ステラ達が生きている間に元の世界に帰らなければならない』という、一種の時間制限のせいで悠長に明日の朝に備えることが出来なくなったのだ。
「マリアナ......もし、俺の声が聞こえてるなら、頼むぞ」
俺は人魂にそう言って足を進める。この歳になって、此処まで緊迫した状況下におかれることになるとは夢にも思わなかった。頼れるのは人魂と、もしかしたら、人魂越しに俺の様子を認知しているかもしれないマリアナだけ。
といっても、マリアナは墓地かどっかでグースカ寝ている可能性が非常に高いのであまり彼女をアテにする訳にもいかない。
最初は舗装されており、気温も別段、低くなかった登山道が、歩けば歩く程どんどん『道なき道』になってきた。気温も少しずつ寒くなってきて、少しずつ、心細くなってくる。
それでも、横で人魂が浮いてくれているお陰で何とか、挫けずに進めた。
「茶、美味え......」
紅茶とも、緑茶とも、烏龍茶とも似つかない独特の茶葉の香りがする液体が喉を通ると同時に涙が溢れた。既にぬるくなっている。
今、この瞬間も、ステラ達は天使達と戦っているのだ。俺も、目の前の問題と向き合わなければ。
⭐︎
「フィーネ、何処に行ってたの?」
「ごめん、ごめん。ちょっとね。別に裏切るつもりはないから安心して。それより、どう? 戦いは」
「防戦一方......というより、そろそろ、死ぬかも。まだ、災厄との連絡は付かない?」
「うん。もしかしたら、あの天使に取り込まれたかもしれない」
「は?」
「だってほら、あの天使、原型保ってないじゃん? 災厄を取り込んでパワーアップしたというのがボクの考えです」
私は東京の空中で激しい魔法戦を自分達に強いてきている天使を睨んだ。その姿は前までのか弱そうな少女の姿ではなくなっている。翡翠色の髪は金髪に、二対だった背中の羽は四対になり、鉛色だった頭上の輪は白い光を放っている。
主な戦闘は私とマクスウェル、そして、ロッテが、人々の避難や事態が大事にならないための工作はラプラスとフィーネがしてくれている。が、それもそろそろ限界だ。
此方の主戦力はフォーサイス家の者が危険に晒されると、それを守るため大幅に身体能力が向上するというヴォルフ家の特殊能力を発動させたロッテと決戦フォルム状態のマクスウェルだ。
二人とも、守人に勝るとも劣らない剣技と化学兵器による超火力でどうにか、天使の攻撃を防いでいる。
『そろそろ、話をしよう。悪魔達』
突如、頭の中にそんな声が聞こえた。あの天使の思考が直接頭に流れ込んでくるような、そんな感覚。
「フィーネ」
「聞こえた」
「話し合いに応じる気になったのなら助かるけど」
『馬鹿を言うな。圧倒的に力で優っている我が何故、貴様らを相手に話し合いをしなくてはならない。我がするのは演説だ。貴様らはただ、我の言葉を聞いておけば良い』
「あの、ふざけた喋り方やキャラ付けは全部、嘘だったってことか。残念、可愛かったのに。もっかい、あの口調で喋ってよ、天使ちゃん」
自分の命が危うい状況でも軽口を叩くフィーネに少し、驚く。彼女の軽口や行動は今まで、余裕の表れなのだと思っていたが、どうやら、違うらしい。
『貴様の言った通り、我は災厄を飲み込んだ。全てはあの時、あの大戦で失った我々の誇りを回復させる為だ。我はこれより、この世界の神となり、貴様ら悪魔を殲滅する。そして、然るべき時に、悪魔達の世界に攻め入り、天使達の楽園を築くのだ』
尊大な態度でそう言い張る天使。恐らく、この天使の正体は先の悪魔達と天使の大戦で生き残った実力派の天使、五天使の一人だろう。
「『厄災』若しくは、『偽神』......か」
私の近くに飛んできたロッテが息を整えながらそう言った。どちらも、『五天使』の中でも天使復権を掲げる過激派だ。まさか、偽神が人間の世界に根を張り、新たな神になろうとしていたとは。
『後者の名前で貴様らは呼んでくれたな。しかし、我は災厄を取り込んだことで名実共に神に近しい者となった。これからはこう名乗ろう、【新神】と。我々、天使に神なき時代は終わったのだ』
「待ってお姫様、めっちゃアツい展開だよこれ。こっちの世界の漫画に似たような言葉あった! 新世界の神がなんたらってやつ!」
「うるさい」
「災厄は魂の器の集合体......その器の中身として自らを取り込ませ、逆にその身体を乗っ取った、という訳ですか。......俄には信じられませんが」
マクスウェルが冷静に分析する。
「【新神】を名乗るにしてはいささか弱い気がするが? 私はまだ生きているぞ」
と、余裕ぶるロッテだが、既にその身体は限界を迎えているように見える。
『貴様ら悪魔に我の野望を話し、絶望の中で死なせることが我の目的だからだ』
「あ、意外とこのカミサマ、承認欲求高いタイプだ」
「あれを承認欲求で済ませるの多分、世界で貴方だけだからね」
『手始めに我の優秀な部下を見せてやろう』
「あ、最初は手下に戦わせるタイプのラスボスだ」
なんて軽口を叩くフィーネ。今はその軽口が少しだけ心強かった。
『新神』は巨大な魔法陣を展開し、『優秀な部下』とやらの召喚を始めた。ロッテがその隙をついて攻撃を仕掛けるが、一蹴されてしまう。
そうして、一分も経たずして魔法陣から現れたのは首元に蛇を這わした赤髪の女だった。虚ろな目をした彼女の手には拳銃が握られている。
「あ、朱音っ!? どうして......!」
最初に声を上げたのはラプラスだった。
「ごめんナサイ、ラプラス。......身体が、思うように、動かなくて。......というか、もう、何もやる気が無くて」
『我は人間達に崇められ、人間達を導く存在、即ち、彼らが神と呼ぶ存在になることを望む。それ故、手始めに守人達を我の大なる使徒にするつもり。コレはその使徒の記念すべき一人目だ』
守人達の無力化はやはり、この天使のせいなのだろうか。そんな疑問と共に怒りが沸々と湧いて出た。私は彼女が......朱音が好きではない。しかし、彼女に虚な目をさせたのがこの天使なのだと思うと、無性に殺意が湧いた。それはラプラスやマクスウェルも同じようで、彼女らは天使をよりいっそう強く睨んだ。
今にも天使に向かって総攻撃を仕掛けようとする、マクスウェルとラプラス。しかし、彼女らが動くよりも先に朱音が動いた。
「......神は死んだの。私の神は私しかあり得ないワ」
しかし、その瞬間、朱音の銃が火を吹いた。




