第九十七話 安堵
「会長の紹介で来た、アカシック・カエサルだ」
「カエサル様、お待ちしておりました。どうぞ、此方へ」
博愛者の計らいで用意して貰った宿屋は随分と小綺麗で、フロントにはシャンデリアが飾ってある程、高級感に溢れていた。
ステラと......いや、欲は言わない。フィーネでも、平沢でも、店長でも、何ならマリアナでも良いから誰かと一緒に来たかった。
「此処がカエサル様のお部屋です。ごゆっくり、お寛ぎ下さい。ご夕食はいつ頃お待ちいたしましょうか」
「あー、出来るだけ早く持って来てくれ」
「かしこまりました。ごゆっくり」
牙があったので吸血鬼であると思われる店員は恭しく頭を下げると、フロントへと戻っていった。部屋もかなり広い。ドリンクや菓子の類が机に置かれていて、さながら高級ホテルといった感じだ。
やっぱり、ステラと来たかった。
「一応、お前は付いてきてくれるのな」
エデンから何キロも離れたこの宿に来てしまえば、マリアナとの合流は絶望的だろうに、人魂は俺に付いて来てくれていた。何だか、意地らしくて可愛く思えてしまう。末期だろうか。
「カエサル様、お食事をお持ちいたしました」
「ありがとう」
ゴロゴロと謎の肉の入ったシチューにフワフワのパン、見たこともない美味い野菜のサラダ。デザートに中国の亀ゼリーのような濃い緑色の寒天状の何か。
どれも美味かったが、どうも味気ない。
「お前も食えよ」
人魂も食うには食うが、パン一つでお腹いっぱいになったらしく、それ以降はベッドの布団の中で暴れて遊んでいるだけだった。
「風呂、入ってねえけど......風呂何処にあるか分からねえし、もう寝るか」
そもそも、この世界は全体的に乾燥していて湿気がない。もしかしたら、風呂に入る文化が無いのかもしれない。
「向こうの世界とこっちの世界、時間の進みとか同じなのか......? そもそも、俺がゲートを潜る前、向こうは朝だったのに、俺が此処で目が覚めたのは夜だった。単純に俺が長時間気絶していたのか、時差があるのか。わっかんねえ......」
そんなことを呟きながら、俺は一人で寝るにはあまりにも大きな布団に包まり、人魂と一緒に寝入った。
『あなた、随分、しぶといね......まだ、生きてるんだ』
夢の中で安堵した様なステラの声を聞いた。
「ステラ......ステラ......」
掴もうとしても掴めない彼女の体を俺は必死に掴もうとする。
『夢じゃない。いや、夢なんだけど、私は本物。あなた、何処にいるの?』
「......んぁ?」
『んぁ、じゃない。教えて。私もあまり時間が、無いの』
「大、紅蓮」
『大紅蓮? 大紅蓮に居るの!? どうして......というか、よく今まであなた、生きてたね』
「に、行こうと、してる」
『止めて! 行かないで! 其処でじっとしてて。事が落ち着いたら、迎えに行くか......あ、ごめん。もう時間がない』
焦った様子のステラ。彼女が何を言っているか、夢の中の朦朧とした俺の意識では理解出来なかった。
「ちょい、ちょい、起きてよ」
「へぁっ!? ステラ!?」
「夜這いに来たお姫様だと思った? 残念、可愛いフィーネちゃんでした」
時計を見る。時刻は朝の2時。目を開けると、寝ている俺の体の上に見慣れた吸血鬼の娘が乗っかっていた。
「フィ......フィーネ?」
「うん、ボクだけど?」
「ふぃ、フィーネ......今すぐ抱きしめさせろ。いや、触らせるだけでも良い」
と、言いながら俺は起き上がると、自分の上に乗っていた彼女を逆に抱きしめて押し倒した。
「う、あぅ......暁クン、愛情表現、ちょっとばかし、過激じゃない? そんなにボクのこと、好きだったの?」
「本物だ! フィーネ! フィーネ! もうこの際、お前で良い! 一緒に居てくれ! 一緒にい......」
俺は成人らしからぬ大粒の涙をボロボロと流しながら彼女にそう叫んだ。
「あー、ま、ただの人間がこっちの世界で一人、放置されてたらそうもなるか......。良かったね、フィーネに会えて」
「良かった......ぅぅ、本当に良かったあ......」
見慣れた顔、聞き慣れた声、それを感じるだけで涙が止まらなかった。自分がどれだけ心細く、寂しがっていたのかを実感する。
「と、感動の再会を喜んでる所悪いんだけど、ボク、すぐ帰るからね。幾つか連絡しに来たの」
「俺を連れ帰ってくれるんじゃないのかよ」
「いや、それじゃ面白くな」
「は?」
「イッツ冗談! マイケルジョーダン! というのも、ボク、ゲートを開けるっちゃ開けるんだけど、自分しか使えないんだよね。お姫様なら出来るみたいだけど」
「ならステラ呼べよ」
「いや、そうもいかないの。今、都心で暴走中の天使とお姫様達が交戦中でね? 全国の守人がどういう仕組みか無力化されたから、それはもう大変なことになってる訳。ゲートって作るのに凄い魔力使うから、交戦中のお姫様がそんなのに魔力使ったら継戦能力ゼロになっちゃう」
サラッと、とんでもない情報が聞こえた気がする。
「は? 天使が暴走? 交戦? 都心で? 守人が無力化?」
「うん、割とヤバいの。あ、ボク、色々、魔力の流れとかを分析してキミの居場所を突き止めたんだけどさ。そのことはお姫様に言ってないからね。あの淫魔、そのことを知ったら天使から皆を守るのを止めてキミを救う為にゲート開くと思うから」
「......淫魔って離れてても、人の夢に干渉したり出来るのか?」
「え? ああ、不可能じゃないと思うけど? その代わり、非常に強〜い契約関係と、対象が淫魔に深〜く魅了されてるのが必要かな。アレ? その様子だと、さっき、お姫様が夢に出て来たり......?」
「したな。俺の居場所を聞いてて、答えちまった気がする」
「あー、不味いよそれ。世界そっちのけで暁クン救出に来る」
「フィーネ、お前、確か淫魔だよな」
「え、あ、うん。そーだね」
「俺への連絡は終わりか?」
「うん。後、出来ればだけどお得意の口説き術で戦力を持って帰って来て欲しい。このままだとあの天使に皆殺しにされる」
「分かった。約束する。フィーネ、俺を眠らせてくれ。ステラに来るなって言う」
「あ、オケ。ハーフサキュバスだからあんまり得意じゃないけど、頑張って眠らせるねー!」
ニコリと笑うフィーネの顔を見た瞬間、後頭部を鈍器で殴られた様な感覚共に俺の意識は眠りに落ちた。
「......んう、すて、ら。すて、ら、言いたい、こと、が! ステラっ......」
『あなたの呼ぶ声が聞こえたから来てみたけど、何? 今すぐ、あなたのこと探しに行って、あげるからね』
「......んう、や、駄目。駄目だ。お前は、するべき、ことを......」
朦朧とする意識の中、何とか自分の言わなければいけないことを彼女に伝える。
「皆を、ゆかを、まくす、うぇるを、らぷらすを、あー、ロッテとかあ、皆、を守ってくれ......」
『・・・・』
ステラが返したのは沈黙だった。




