第九十五話 取引
「いえね、名乗る時の言い方が、あまり慣れていない様だったのと、少し自信無さげだったので」
「......だったら、どうするよ。俺をこの部屋から摘み出すか?」
「いえいえ、そんなことは。今のは会話に緩急を付けるための私めの冗談じゃありませんか。この街では偽名を名乗る方も多いですよ。それを知らないとは、旅の方で?」
「話が早くて助かる」
「いえいえ、私めの都合で20分が制限時間なのでね?」
「そうか。じゃあ、早速、会長......ああ、そういや、アンタの名前聞いてなかったな」
俺の言葉を受け、彼は『ふむ』と少しだけ首を傾げた。
「私めの名前、知りたいですか?」
「ああ。こっちが名乗ったんだから教えてくれ」
「いやね、そうしたいのは山々なんですが、私めには名前らしい名前が無いのですよ。『カイチョウサン』とか『カイチョウクン』とでもお呼び頂ければ幸いです」
相変わらずの饒舌な口調でそんなことを言ってくる会長。名前が無い、なんてことがあるだろうか。
「どういうことだよ、名前が無いって。偽名でも何でも自分に付けりゃ良いだろ」
「それがそうもいかなくてですね。......カエサル様、そろそろ、其処を掘り下げるのは止めにして頂けますか?」
「あー、すまん。アンタも俺の偽名について触れないでおいてくれたもんな」
「いえいえ、謝られることは何も。そう言えば、お伝えしていませんでしたが、この部屋は完全防音で盗聴対策も万全。オマケに私めは口が固い。周りの目を気にする必要はありませんからね」
良かった。あの店員から聞いた通りの悪魔だ。いや、悪魔というと悪く聞こえるが。
「そりゃ良かった。口が固くて信用の出来る情報屋を紹介してくれ、って金まで出して此処を紹介して貰ったんだ」
「ふむ。私めが皆様のご相談や商談に無償で乗っていることはこの街の周知の事実。得るのに金を払う必要がある情報かと問われると、些か......」
「アイツ、結局、俺を騙しやがったのか!」
「まあまあ、偽の情報を掴まされなかっただけ良心的かと」
ニコリ、と目を線の様にして彼は笑う。
「そもそも、アンタはどうして無償で人の相談なんかに乗ってるんだよ」
「......お時間の方は」
「最後の質問だ。コレが終わったら、本題に入る」
俺の言葉に納得した様子で彼は、コクコクと頷いた。
「いえね、商人にとって情報はイノチなものでして。こうしてお客様方とお話をしている間に思わぬ情報が飛び出すことがあるのですよ。それに、普段から皆様のご相談に乗っていた方が信頼も得やすい。相談が商談に発展することも、無くはありませんからねえ」
「......成る程。後、その帽子を取る気は?」
「何分、頭がコンプレックスでして」
その答えを聞いた俺は部屋を見回し、呼吸を整え、彼と目を合わせながら口を開いた。
「アンタ、天使族だろ」
「......ふむ」
彼はふうっと息を吐き、笑った。
「ハズレか?」
「......人の素性をアレコレ詮索するのはエデンでは感心されませんよ、お客様」
「否定はしないんだな」
恐らく、この街の住人ならまずしないであろう突飛な推理。それを数々の壮絶な体験をして来た俺は直ぐに考えついてしまった。
「ええ、まあ。因みに何がヒントになったかお聞きしても? ああ、帽子について以外で」
俺が帽子を外せ、と言ったのが『天使の輪』が彼にあるかどうかを確認する為だったことは既に気付いているようだ。
「結構、ガバガバな推理だぞ。言ってみただけだし。まず、アンタに名前が無かったこと」
「ほう。天使には名前が無い、と何故お知りに? さほど、有名ではない事実だと思いますが」
「ちょっと考えたら分かる。四天使? 五天使? の連中って、『博愛者』とか『無気力』とか二つ名しか世に出回ってねえだろ。後、単純に知り合いの天使が名前持ってなかった」
「......知り合いの天使」
「多分、怠惰な奴だから四天使の中の天使なら『無気力』だと思う」
「ホラホラ、こういう時の為に私は皆様のご相談に乗っているのですよ。その話はまた後で聞くとして、私めを天使と判断した他の理由は?」
興奮で顔を赤くし、ククッと笑いながら食い気味に彼は聞いて来た。
「この街の名前が『エデン』だってことと、この街をアンタの会社が作ったこと。エデンって旧約聖書に出てくる楽園の名前だろ? 人間の作った本に出てくる単語を好き好んで命名に使う様な奴は人間と昔から関わりが深かったらしい、天使だけかなと」
「フフッ。まさか、そんな所から推理されるとは。お客様、相当、向こうの世界への造詣が深いと存じ上げますが?」
「俺、人間だからな」
「......おお、躊躇なく新しい情報を無償で提供するその態度。まだまだ、情報に蓄えがありますね?」
予想はしていたし、そうでなくては困ったが、彼は俺が人間であることに眉を顰めることなく、むしろ、さらに興奮した様子でそう言ってきた。
「で? アンタは天使なのかよ。俺も素性明かしたんだから、ちゃんとイエスかノーを言ってくれ」
「ええ、ええ。如何にも。私めは『博愛社』と巷で呼ばれる存在であります。私の正体を知る者は恐らく、この街にはありません。ご慧眼、流石です」
「『博愛者』ね。随分、大層な二つ名だが、そんな二つ名を付けられるってことは正体割れてんじゃねえのか。多分、誰彼構わず相談に乗ってやるアンタの態度を評して付けられた二つ名だろ」
「あ、いえいえ、その二つ名は私めがまだ、この会社を設立する前、自ら起業した中小企業の名前として付けていたものなのですよ。博愛社の『しゃ』は『者』ではなく、会社の『社』でした。私の正体が割れ、倒産してしまったのですがね。その後、社名の『博愛社』が私の二つ名、『博愛者』へと変わっていったようですよ。ええ」
思った以上に自分の正体についてペラペラと教えてくれる博愛者。しかし、彼は別に自らの正体を皆に明かしている訳ではない。事実、この街の住民もそのことは知らないし、過去にも正体が割れたことが原因で会社が倒産している。
つまり......。
「アンタ、好きなだけ喋って、後で口止めする気だな?」
「あそりゃ、勿論。口止め料として今日は時間を大幅延長。後、三時間くらいお話をお聞きしましょう。それと、何か私めに協力出来ることなら何でも」
「......良いだろう。まずは、幾つか天使について教えてくれ」
「何でも喜んで」
「天使って、『災厄』と敵対でもしてんのか」
かなり核心を突くような質問をしたつもりだったのだが、どうも、博愛者はピンと来ていない様子で首を傾げた。
「災厄の様な存在は数が少な過ぎて『敵対』する様な状況になることは少ないと思いますが。何か、その根拠が?」
「サキュバスの女王の差し金で人間界に災厄が送り込まれた。女王の適性が無いことから死んだことにされて、今は人間界で生き延びてるサキュバスの姫を殺害する為だ」
「ステラ・フォン・フォーサイスですか。謀殺されたとか、色々、話がありましたが......」
「まあ、結局、その災厄は姫を殺すことに失敗して、今は大人しくしてるんだが。......ヤケに天使を狙っててな」
「その天使というのは先程のお話にもあがった『無気力』ですか」
「ああ。まだ、それだけなら単に災厄が気まぐれで天使を殺したがってるのかなと思ったんだが、無気力も無気力で災厄を狙ってたんだよな、多分。それも別の災厄」
今、この一瞬もポケットでゆらゆらしている人魂をいつ、彼に見せようかと思案しながら俺はそう言った。
「別の? 今世紀は二人も災厄が居るのですか」
「ああ。その『無気力』は人間の世界からこっちの世界に居る別の災厄の元へ、ゲートを開いてたんだ。オマケにその災厄は天使の力で身体に杭を打たれて動けなくされてた」
「失礼ですが、何処で其処まで事細かな情報を?」
「その災厄の元に繋がってたゲートに落ちてしまって、こっちの世界に迷い込んだのが俺だからな。因みにその災厄は色々あって世界に解き放たれたから後は頼む」
「......ふうむ」
「後、その災厄を一時、手懐けて一緒に行動してたんだが、その時も正体不明の誰かに激しい攻撃をされた。俺の予想じゃ、この辺で活動を活発化させてる『厄災』なんじゃないか、と」
災厄と厄災、語感は似ているが全く別の存在だ。片方は複数の魂の集合体、片方はとある天使の異名である。
「それで、『天使は災厄と敵対してるんじゃないか』と?」
「そういうこと」
「ふーむ。......申し訳ありません。私めには分かりかねます。しかし、災厄を襲える様な存在は此処らだと『厄災』くらいのもの。天使復権を掲げる彼女らには、何か考えがあるのでしょう。それよりも、私めは『無気力』が気になります。生死も長い間、不明だったのに、此処で『厄災』と『偽神』に協力しますか......」
『私めは、この街が平穏でいられるよう願うばかりです』と溜息を吐く博愛者。俺は彼に礼を言って、やっと、本題を切り出した。
「今まで俺が出した情報の対価と、口止め料として、俺を人間界に帰らせてくれ」
「ええ、そうですよね。そう来ますよね。しかし、私めには生憎、ゲートを開く魔法が使えず......」
「はあ? あの『無気力』は使えてたぞ? 何ならステラも使えるらしいし。アンタ四天使なんだろ?」
「私めが得意とするのは回復魔法とかでして......近くのゲートで言うと、淫魔領のゲートですが、アソコは最近、デュラハンに突破されたとかで殺気立ってますから突破は無理ですかねえ」
「それ、ロッテ・ヴォルフ?」
「お客様、貴方、全知全能ですか?」
「いや、友達なもんで」
何度も溜息を吐き、首を傾げながら、彼はペンを持つと、サラサラと手紙の様なものを書いた。そして、それを封筒に挟んで俺に渡す。
「はっきり申し上げまして、貴方は無理に帰ろうとしない方が良い。数多の情報の礼に私めが食客として住まいも提供させて頂く所存です」
「......有難いが、無理だ。向こうには家族も、友人も、色々置いてきてんだよ」
「であれば、その手紙を今から教える『大紅蓮』という山に持っていって下さい。とても寒い山なので防寒着は当社がお渡し致します」
「山に持って行くって、誰に渡すんだよ」
「......私の旧友、『芸術家』に。とても気難しく、偏屈で、凶暴で、横暴な天使です。少し対応を間違えたら雪山の谷にポイと捨てられるでしょう。ただでさえ、大紅蓮は登るだけで命の危機がある極寒の雪山です。それをするのが人間なら、尚更」
畳み掛ける様に俺が人間の世界に帰ることがどれだけ難しいことなのかを説明する博愛者。そんな彼に俺は頭を下げた。
「ありがとよ。本当に助かった。此処に来て良かったよ。今度はステラやロッテを連れて来てやる」
「......それは嬉しいことです。やはり、商人はお客様様に信頼されてこそですね。ボータを貸しましょうか?」
「いや、一人で行く。ありがとうな」
「いえ。行ってらっしゃいませ。カエサル様」




