第九十四話 罪悪感
「......んぐ、んぐ。やっぱ、コッチの飯って向こうと大差無いのな。ヨーロッパの屋台の味だわ。ヨーロッパ行ったことねえけど」
俺は露店で買った串に刺さった肉を貪りながらそう呟いた。牛肉と豚肉の間の食感にプラスして、ラム肉の香りがする。何の肉か分からないのが少し怖いが味は悪くない。
「それ、マリアナに話しかけてる?」
「別に」
「......そう」
物憂げに俯くマリアナ。その姿が何処か、ステラと重なって見えた。
「何でお前はそんな退屈そうな顔してまで俺に付いて来るんだよ。まだ、俺の体を乗っ取ろうとしてんのか?」
『流れ、以外の理由を言え』と断っておくべきかを少し、悩んでいると俺が結論を出すよりも先に彼女は口を開いた。
「カエデの体には正直、興味、アリアリ。でも、カエデにマリアナが付いてきてる理由の、大きいのは、カエデが名前をくれたから」
「名前なんざ、自分で付けりゃ良いだろ。それにその名前、正直かなり適当に付けたぞ?」
「でも、カエデ、マリアナのこと嫌いになっても、ちゃんと名前で呼んでくれてる」
「種族名出すと、色々、ややこしいからだ」
「む......もう良い。マリアナ、寝れそうな所、探します」
頬を膨らまし、ツンとした表情でそっぽを向くマリアナ。何だか少しずつ感情表現が豊かになっていっている気がする。
「あそ。じゃあ、コレ、持ってけよ。俺からの餞別」
俺が差し出した肉の串焼きを無言で受け取り、マリアナは空へと飛び去った。あれだけ、執拗に俺に付き纏っていた癖に、別れの挨拶をする気はないらしい。
「......チッ。何だよ」
これで俺は完全に独りになった。隣にはステラも、マクスウェルも、マリアナも、誰も居ない。異世界で色々と拗らせた無力な人間の男が一人。
正直、不安でしかないが、まあ、どうにかなるだろう。
『情報屋、とは少し違うんですが、色んなことに詳しくて、口の固いお方を紹介しましょう』
と、あの店員に言われ、俺がやって来たのはエデンの東に位置する巨大な屋敷。俺達の世界の家電量販店三つ分くらいの大きさはあるだろうか。
「どちら様で?」
門番をしているのは羊角族の男だった。俺の正体が人間であることがそう簡単にバレないことは既に確認済み。出来る限り、自然に対応しよう。
「アカシック・カエサル。会長に用があって来た。アポイントは取って無いが、駄目か?」
「ああ......会長へのご相談の方ですか。会長の今日のご予定に空きがあるか分かりませんので、中に入って、案内の者にお聞きください」
と、言って彼はアッサリと門を通してくれた。このエデンという街を作り、今でもこの街の経済を牛耳っているという巨大な会社の本部、そんな所にアポ無しで乗り込めるとは......。
20mはくだらないであろう、門から館の扉までの長い道を俺は歩き、扉のベルを鳴らした。すると、まるで俺を待っていたかのように内側から扉が開けられた。
「会長にご相談にいらしたお客様ですね。門番から聞いております。私はボータ、と申します。以後、お見知りおきを。会長の都合上、長時間、お待ち頂くことになりますが、宜しいですか?」
「......ぇあ」
扉の向こうに立っていたボータと名乗る羊角族の男は腕に包帯を巻いていた。
「お客様? あ、申し訳ありません。この怪我は昨夜、負ったものでして。職務に不都合は無いため、このまま働かせて頂いています」
昨夜、怪我、ボータ、羊角族......それらの単語は俺の頭の中で一つの出来事に結び付いた。
「すまん」
「......あ、いえ、お気になさらず。それで、今からですと五時間は部屋でお待ち頂くことになりますが?」
「あ、ああ......大丈夫だ。宜しく頼む」
⭐︎
「待て。アイツ、五時間って言ってなかったか」
俺はボータに案内された待合室で一人、そうつぶやいた。申し訳なさが先行して聞き逃していたが、先程、彼の口からとんでもない数字が飛び出していた気がする。
室内にあるのは赤黒いワインのような色の茶とクッキーが置いてある机、そして、今、俺が座っているソファのみ。せめて、話し相手でもいれば......。
そう思った時、右肩にコツン、という小さな衝撃が走った。
「んあ?」
見ると、其処には青白い人魂が一つ浮いていた。マリアナの周囲をフワフワと浮いていたアレだ。俺はその人魂をツンツンと突いてみる。俺の右肩が火傷していないことからも分かってはいたが、温度は全く感じない。
「アイツの忘れ物かよ、お前」
マリアナと俺が別れた後からずっと、俺の後を付けていたらしい人魂に話しかける。当たり前だが、返事は返ってこない。だが、一応、俺の言葉は聞いているらしく、ソレは火を収縮させることでリアクションをした。
「悪いが、マリアナが何処に飛んでったのか、俺知らねえぞ」
と、言いながら俺は机の上に大量に置かれているクッキーに手を伸ばした。朝からモーセのスープと露店の串焼きしか食っていないので腹が減っていたのだ。
「うめ、良い奴だなこれ。お前も食うか?」
俺が手に乗せて差し出したクッキーを人魂は静かに吸い込んだ。焦げたような匂いはしないので燃やした訳ではないらしい。どういう原理なのか、何処に消えたのか、全くの謎である。
「マリアナ、今頃、お前のこと探してるんじゃねえか?」
この人魂は彼女の言う『皆』ではなく、彼女の身体の一部......つまり、足や手と同じようなものらしいが、そんな物が無くなったら普通は焦るだろう。彼女と喧嘩別れをしておきながら、俺はこの人魂をどうやって彼女に返そうかと思案した。
「なあ、お前、俺の言葉が通じてるなら、暇つぶしに付き合ってくれねえか。......いや、その体じゃ無理か」
結局、人魂の存在は殆ど暇潰しに貢献してくれなかった。まあ、密室の中で一人で居るよりは幾らか、気分は楽だったが。それに、最後の方は人魂を野球の様に投球して遊んだりしていたのでちょっとは時間も潰れた。
「俺が言うのも何だが、マリアナが居てくれたらなあ......。別に協力してくれなくて良いし、何なら寝てても良いから、兎に角、居てくれたら......はあ」
つくづく、自分が嫌になる。今の様に暇になったり、心細くなることもしばしばなのだから、気心の知れているマリアナが居てくれれば俺の心はもっと楽だったはずだ。
「あー、クソ、マリアナ戻って来てくれ......。お前、もし、マリアナと合流出来たら、アイツを連れて帰ってきてくれねえか。暇過ぎる」
自分勝手なことを言っている自覚はある。それでも、俺はそう願わずにはいられなかった。
「......そもそも、ステラが居たら......てか、こんな所に来なけりゃ......クソ」
たらればを言っていても仕方がないことくらい、分かっている。しかし、ついこの間まで社畜をやっていた男が剣と魔法の世界にいきなり単身で放り込まれたのだから、愚痴くらい言ってもバチは当たらないだろう。
......チート能力枠になり得たマリアナとは仲違い、というか、俺が一方的に契約を切り、その上で突き放したことは俺の自己責任だと思うが。
「唯一の救いはこの街の奴らが割と良い奴だってことくらいか」
はぐれ者達の街、『エデン』。此処で出会い、会話らしい会話をした悪魔は四人。モーセ、服屋の店員、門番、そして、ボータ。全員が善良かは分からないが、少なくとも、俺の想像していた非道で冷徹な悪魔ではなかった。
この街が、力が全てを支配する様な世紀末都市だったら、今頃、俺の命は無い筈だ。
「カエサル様、会長室へのご案内に参りました」
突如、ノックが聞こえたかと思うと、扉の向こうからボータがそんな風に呼んできた。
「分かった。今行く。......お前はポケットにでも隠れてろ」
コイツの存在に先程のボータは気付いていなかったようだが、そう何度も彼が宙を浮遊する火の玉を見逃すとも思えない。見つかったら何かと面倒臭そうなので、俺は人魂をポケットの中に押し込んだ。
「此処が会長室です。どうぞ、中へお入りください」
ボータの案内に礼を言い、俺は全身に鳥肌が立つ程の緊張感に襲われながら中へ入った。
「失礼する」
敬語を使うか、タメ口を使うかで少し迷ったが、服屋の店員にタメ口を使っていたことを思い出してタメ口にした。職業に貴賤なし。あの店員にタメ口を使うことを決めたなら、大企業の会長相手でもタメ口を使うのが筋だ。いや、今回の俺は先程と違い、客ではないが。
部屋の真ん中には大きな机と背もたれ付きの大きな椅子が置かれていて、さながら社長室の様な造りだった。椅子にはシルクハットを被り、薄い茶髪を肩のあたりまで伸ばした青年が座っている。
「あ、どうぞ、其処の椅子にお掛け下さい。え〜......アカシック・カエサル様。ふむふむ、コレは珍しいお名前ですねえ。ご出身を聞きたい所ですが、この街でそれは無粋でしょう。今日は私めにご相談ということですが、何分、私めも多忙の身でして......20分以内に済ませて頂けると嬉しいです」
俺を見るなりペラペラと一方的にそう話しかけて来る青年。俺は取り敢えず、彼の第一声に従って机の前に置いてある椅子に座った。
「宜しく頼む。知ってるみたいだが、アカシック・カエサルだ」
「偽名でしょう」
「......は?」
まずはジャブとして改めて、自己紹介をしようとした俺に突如、右ストレートをかましてきた茶髪ロン毛。思わず、背筋が凍った。




