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第九十三話 疑い


 俺達を襲ってきた敵の狙いは恐らく、マリアナ。四天使の中の『無気力』であると、俺が予想しているあの天使もマリアナを狙っていたことを考えると、恐らく、敵の正体はモーセが言っていた『厄災』で間違いないだろう。

 何故かは分からないが、災厄と天使というのは敵対関係にあるらしい。そして、厄災は今もマリアナのことを探している筈だ。

 そして今、そのマリアナはモーセの家でぐっすり......。


「これ、モーセの家が狙われる奴じゃねえか」


 モーセに別れと礼を告げ、彼の家を出発した数分後、俺はそんなことに気が付いた。流石に不味い。モーセを危険に晒す訳にはいかない。


「おい! モーセ! 開けろ!」


 俺は急いで彼の家に戻ると、扉をドンドンと叩いて叫んだ。


「ちょ、カエサルさんよ、路頭に迷ったら戻って来いとは言ったが、幾ら何でも早くね? さっき、感動の別れを終えたばかりじゃねえか」


「マリアナを引き取りに来た」


「あ、仲直りする気になった?」


「な訳。ただ、アイツが居るとまた、敵に狙われるかも知れねえからな。後、普通にアイツは危険だ。ちょっとのことで、お前の命を奪う危険性がある」


「あんな天使みたいな寝顔なのにかよ......あの子、マジで何の種族なんだ......」


 困惑するモーセを横切り、俺は二回の寝室を目指した。その部屋のベッドでは小さな寝息を立てながら銀髪の少女がスヤスヤと寝ていた。

 成る程、確かに天使のように可憐で美しい。


「おい、マリアナ、起きろ」


「......んう」


「んう、じゃねえ。早く起きろ。此処は人様の家だ」


「......カエ、デ?」


「ああ。起きたなら早く外行くぞ。寝るにしても此処で寝るな」


「別に、もう、カエデの言うことを、マリアナが聞く必要は無い」


「お前、腹減ってないか」


「マリアナ、ご飯、食べなくても死なない」


「・・・・」


 『あの災厄』は食べることが好きだったが、マリアナはどうも、飯では釣られないらしい。


「カエデがマリアナを命令とか、契約で動かすのは多分、無理」


「......お前が此処に居ると、此処の家主に危険が及ぶんだよ」


「だから?」


「頼む」


「良いよ」


「......良いのかよ」


「マリアナ、お願いを無視する程、ヒトデナシじゃない」


 全くもってコイツの思考が分からない。


⭐︎


「で、何でお前は居るんだよ。帰れ」


 二度目のモーセとの別れを終え、街を散策してる俺にマリアナはずっと付いてきていた。


「帰り方忘れた」


「だからって、何で俺に付いて来てるんだよ」


「流れで」


「......勝手にしろ」


「帰る方法、見つかりそう?」


「・・・・」


「マリアナ、この服、ブカブカ」


「・・・・」


「脱ぎたい」


「......サイズの合う服買ってやるから我慢しろ」


「分かった」


 マリアナが今、着ている服はモーセに頼み込んで貸して貰ったもの......つまり、サイクロプス用だ。最早、服ではなく肌を隠すための布と化しているので着心地が最悪なのは分かるが、街道で突如、脱ごうとする所は流石、災厄といった感じだ。


「・・・・」


「カエデ」


「・・・・」


「お話、したい」


「俺とテメエは既に協力関係を終了させた赤の他人だ。全裸で横を歩かれたら困るから服は買ってやるが......テメエと無駄話をする義理はねえ」


「シュン」


 と、声を出して肩を落として見せるマリアナ。オノマトペを一々、口にする所はあの災厄によく似ている。


「それにしても、これはもう殆ど異世界だな。いや、異世界なんだろうが」


 街道を歩いていると、レンガ作りの家や繁華街の道を行き交う車や人々が目に入ってくる。露店も幾つも出ており、非常に活気付いている。

 車を引いているのが馬ではなく、ケルベロスのような三つ首の犬であったり、巨大なトカゲであることや行き交う人々の殆どが、人ならざる見た目をしていることを除けば俺の『異世界』のイメージと殆ど相違ない。


「異世界?」


「・・・・」


「......分かった。そろそろ、静かに、します」


 そう言って口を噤むマリアナを見て俺は溜息を吐く。マリアナは明らかに『あの災厄』よりは友好的。モーセと別れた今、俺の知人と呼べる存在はコイツだけ。少しでも気を抜けば、彼女に気を許してしまいそうになる。

 だからこそ、俺は彼女に徹底的に冷徹に接さなければいけない。彼女に心を許せば、身体を乗っ取られ、魂すらも取り込まれる。


「この子のサイズに合いそうな服を売ってくれないか。一番、安いので良い」


 果実や野菜、パンにジュエリーなど様々な露店が出ている中、俺は服屋と思しき露店を訪ねてそう聞いた。


「いや......勿論、良いですけど。どうして、そんな服を着ることになったのかお尋ねしても?」


 と、ブカブカの服を纏うマリアナに視線を向けながらそう聞き返してきた服屋の店員。彼はパッと見、普通の人間と遜色のない容姿の男だった。ロッテと同じ、デュラハンの類いだろうか。

 何にせよ、人と同じような容姿の種族がこの街にも存在していることはラッキーだ。人間の俺が怪しまれにくい。


「元々、着てた服が汚れちまってな。今は繋ぎとしてキュクロープス用の服を着せられてるんだよ」


「キュクロープス......モーセですね」


 店員の全てを見透かしたような言葉と視線に背筋が少し伸びる。


「ああ、そうだが? 何故、分かった」


「モーセはエデンきってのお人好しとして有名ですから。お兄さんの服を見たところ、貴方がたは異国の方でしょう? モーセが助けてきた旅人は一体、何人になるのやら」


 彼が異国の服と判断した俺の服とは、朝起きて、店の制服に着替える前の服......即ち、寝巻だ。どうやら、この服はこの街では珍しいらしい。


「そんな気はしてたが、やっぱり、アイツ、かなりの聖人だったんだな」


「ええ。見た目はゴツイですけどね」


 クスクス笑いながら彼は幾枚もの服がハンガーで掛けられているスタンドから白いワンピースを取り出して、俺に見せてきた。清楚さと上品さを兼ね備えたそれは、如何にも銀髪のマリアナに似合いそうだ。


「此方とか、どうでしょう?」


「高そうだな。肌さえ隠せれば良いんだが」


「女性にプレゼントするものでしょう? それならやはり、これくらいが相当かと」


「いや、金がねえんだよ」


「失礼ですが、所持金はお幾らで?」


「......コッチの通貨単位が分からねえんだ。ちょっと、見てくれ」


 そう言って俺はモーセに貰った麻袋を店員に渡した。彼は不思議そう、というよりも驚いたような表情で俺を見る。


「お兄さん......悪いことは言わないですから、もう少し、人を疑うことを覚えた方が良いですよ。何処の馬の骨とも知らぬ露天商に有り金を全て預けるなんて、あまりにも不注意が過ぎます」


 言われて痛感する己の不注意。此処は日本ではない。外国ですらない。異世界、悪魔の世界なのだ。モーセが異常に優しかっただけで、いつ、誰に、金や命を奪われるか分かったものじゃない。


「忠告ありがとよ。相手がお前で助かった」


「マリアナの服を買うお金、盗んだらマリアナが殺すから大丈夫」


 突然、物騒なことを言い出すマリアナを店員が笑った。


「アッハッハッ。確かに奪い返す力があるのなら、その不用心さも頷けますね! いやあ、恐ろしいお嬢さんだ。服代はこれくらいで大丈夫ですよ」


 麻袋から出した全ての硬貨をレジ代わりの木製の台の上に並べると、彼は全部で五十枚くらいありそうな硬貨のうち、十枚を掴んで俺に見せた。

 はっきり言って、相場も通貨の価値も分からないので、それが高いのか安いのか分からない。


「......それ、高いのか?」


「このクオリティのワンピースにしては、破格の値段かと」


「本当か? 俺が相場を知らないからって、ぼってないか?」


「もう少し、人を信用した方が良いと思いますよ」


「アンタが人を疑うことを知れって言ったんだろが」


「この店で一番安く、質の悪い服が硬貨8枚だと言ったらどうです? 破格でしょう?」


「それを聞くと逆に安過ぎて怖くなるんだが。そのワンピース、一度着たら取れなくなるとかねえよな」


「そんな恐ろしい呪物販売してませんよ......。僕はただ、慈愛の心で旅人さんに接しただけです」


 ニコリ、と屈託のない商人然とした笑顔を見せる店員。俺に彼の言っていることを真か偽かを判断する術はない。彼を疑っても時間の無駄だ。


「......分かった。なら、それ買うよ。着替える所とかあるか?」


「まいどあり! 其処の車の中でお着替え下さい」


 店員の指差す『車』というのは、街中でもよく見たケルベロスの引く幌馬車であった。外から中が見えなくなっており、着替え室としての役目はしっかり果たしてくれそうである。


「着てこい」


 店員に代金を支払い、ワンピースを受け取った俺はそれをマリアナに渡した。


「うん。ありがとう」


 ワンピースを受け取った彼女が馬車の方へ向かったのを確認すると、俺は麻袋からもう一枚、硬貨を取り出して店員に渡した。


「これは?」


「聞きたいことがある。情報を売ってくれ」


「答えられるか分からないので後払いで結構ですよ。まずは質問をお聞きいたしましょうか」


「情報屋、それも、中立で信頼のおける情報屋を紹介して欲しい。脛に傷を持つ者相手でも金さえ払えば取引に応じてくれるような」


 俺がそう言うと、彼の表情は気の良い商人の笑顔から忽ち此方を警戒するような険しいものへと変わる。流石に怪しまれるか。


「......それなら、一枚じゃ足りませんねえ。四枚なら手を打ちますが?」


 彼は険しい表情から一転、面を貼り付けたような笑顔でそんなことを言った。俺は黙って硬貨四枚を彼に差し出す。


「教えろよ」


「毎度あり」


 彼は低い声でそう言うと、頭を下げ、いっそう、にこやかな笑顔をしてみせた。

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