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第九十二話 モーセ


「呑み込めたか?」


 俺とマリアナが合体していたこと、そのマリアナが俺の探し人だということ、マリアナとはたった今、決別したばかりだということ。

 意識を取り戻したサイクロプスに、俺はそれらのことを説明した。流石にマリアナの正体が『災厄』だと言う訳にはいかないので、マリアナは『旅の途中で出会った種族不明の女』ということにしている。


「喉につっかえたわ。何だよ合体って。俺の淡い恋心を返せよ。『男でも可愛ければ良いかなあ』みたいな一縷の望みすらも壊してくれるな」


「マリアナをやるから許してくれ」


「いや、何かあの全裸の姉さん、エロいというより痛々しいんだよ。服着せろ」


 そう言いながら彼は先程まで俺、もとい、マリアナと俺が寝ていたベッドに目をやる。其処ではマリアナが我が物顔で寝ている。......サイクロプスの計らいでその裸体を布団で隠されながら。


「生憎、無一文でな。着せ替えならお前が頼む」


「あのなあ......何があったかよく知らねえが、仲直りしろよ。行きずりか何か知らねえが、一応、旅仲間なんだろ?」


「元、旅仲間な」


「頑固だなあ......そもそも、カエサルさんよ。アンタらは何で合体したまま街道なんかで倒れてたんだよ」


「説明しなかったか? 俺達、突然、正体不明の敵に爆殺されかけてな。その敵と戦ってたんだよ、マリアナが」


「聞いてねえよ!? 何だよそれ! てか、マリアナちゃんが戦ってたならお前さんは?」


「マリアナと合体してたみたいだが、意識はなくてな。アイツが合体した体を操って戦ってくれたみたいだ」


「よくそれでマリアナちゃんと仲間割れする気になったな!? 悪いことは言わん。これからも旅を続ける気ならマリアナちゃんと一緒に居とけ。最近、この辺、物騒なんだよ。こっち来な」


 俺とサイクロプスは部屋の外に出ると、階段を降りて一階のダイニングのような部屋に連れて行かれた。天井が異様に高い以外、特に気になる所は無く、普通の木で出来た家、という感じだ。

 電気の類いは見当たらず、光源は火に依存している。絵に描いたようなヨーロッパ風の異世界、とてもじゃないが悪魔の世界の家には見えない。


「ま、座れよ。腹減ってないか?」


 ダイニングチェアに座らされた俺に彼はそう聞いてきた。


「減ってる」


「おお、正直なこって」


「後、喉も渇いてる。水くれ」


「ビックリするくらい無遠慮だなお前さん!?」


「朝から何も飲んでないし、食ってないんだよ......おう、ありがとう。てか、今、何時ぐらいなんだ?」


 ギャアギャア言いながらも直ぐにコップに入った水を用意してくれたサイクロプスに礼を言いつつ、俺はそう聞いた。


「んー? 朝の5時くらいだな。アンタらを俺が拾ったのが昨日の23時とかだったと思う」


「何でそんな時間帯に外歩いてたんだよお前」


「ん? あー、夜目が効くからな、俺。インキュバスってのは、夜は活動出来ないもんなのかい? や、そんなことないよな。寧ろ、夜専門のイメージだし」


 そう言えば、ステラも『本当は私、淫魔だし寝る必要なんて無いんだよ。......あなたが寝るなら、合わせてあげても良いけど』みたいなことを言ってた気がする。

 悪魔は基本的に昼夜問わず活動する生物なのだろう。


「インキュバス......」


「んあ? 違ったのか? インキュバスってより、サキュバスっぽい匂いするけど、アンタ、男なんだろ?」


「この街では種族を名乗らなきゃ行けない決まりでも?」


「此処はハグレ者達の街。そんな野暮なルールねえけどよ」


「じゃあ、ま、そういうことで」


「どういうことか分かんねえよ......昨日の晩飯のスープ、あっためてやらあ。その間、お喋りしようぜ?」


「何をだよ」


「お前さんらを襲った敵について、とか」


 ニヤリと笑うサイクロプス。俺はすかさず彼を睨んだ。


「いや、何も知らねえよ。そんなに怖い顔しねえでくれ」


「チッ。そうかよ」


「まあ、思い当たる節が無いでもないけどな。さっき、言っただろ? 最近はこの辺、物騒なんだって。『厄災』が活動してる可能性があるんだとよ」


「『厄災』? 『災厄』じゃなくてか」


 俺も偶に言い間違えそうになる前と後ろを入れ替えただけの二つの単語だが、あくまでマリアナの種族は『災厄』。固有名詞だ。

 『厄災』というのがサイクロプスの言い間違いでないとするなら、『災厄』みたいな種族がもう一つ存在していることになるが。


「んあ? お前さん、知らないのか? ヤケに世間知らずだな。『厄災』っ、つーのは四天使の一つよ」


「熾天使......?」


 タイムリーな話題に俺は若干の驚愕を覚える。俺はその天使の策略か何なのかは知らないが、兎に角、天使のせいでこんな世界に来てしまったのだ。


「そ、四天使。四体の天使で四天使。むかーしの、吸血鬼連合軍と天使族の戦いで生き残った数少ない天使の中でも特に危険って言われてる四人の天使のこと」


「ああ、熾天使じゃなくて、四天使......」 


「それぞれ『博愛者』『芸術家』『無気力』『厄災』って二つ名みたいなのがあってな。あ、『偽神』っていう、圧倒的にヤベエ天使を入れて五天使って言うときもあるな」


「厄災と偽神だけ、どう考えても怪物じゃねえか」


「そりゃ、その二つだけは未だにこの世界で積極的に活動してやがるからな。『博愛者』と『芸術家』はどっかでひっそり暮らしてるって話だし、『無気力』に至っては死体が見つかってないから四天使に加えられてるだけ」


 もし、俺達の家に住んでいたあの天使が四天使の一人であるなら、その二つ名は『無気力』だろうか。あの気怠げな声と怠惰な生活、まさに無気力といった感じだ。


「で、その厄災がこの辺で暴れてんのか」


「ああ。昨日も羊角族のボータが墓場の方で見回りしてたら正体不明の怪物に魔法で吹っ飛ばされて怪我したらしい。その被害も厄災によるもんなんじゃないか、って街では大騒ぎだ」


「・・・・」


「カエサル?」


「......へえ、そのボータって奴も哀れだな」


「ああ。少し堅物だが、優しい奴でな。この街の人気者よ。と、スープ出来たぞ」


 災厄は幽霊みたいなもの。つまり、俺とマリアナが出会った場所は墓地だった可能性が高い。その墓地で魔法により、吹っ飛ばされた羊角族......どう考えても俺、もとい、俺の命令を受けたマリアナに吹っ飛ばされた『アイツ』だよな。


「......ありがとう。助けられてばかりで、すまねえ」


 サイクロプスが用意してくれたスープはコンソメベースの汁に人参や玉ねぎが浮いた、ごく普通のコンソメスープだった。この悪魔達が基本、人間と変わらない食べ物を食べていることはステラの例から知っていたが、いざ、『モンスター然』としたサイクロプスにコンソメスープを出されると、少し、驚きを感じる。


「良いってことよ」


「俺、さっきも言ったように無一文なんだが、これからどうすりゃ良いと思う?」


「や、知らねえよ......。あの姉さんと仲直りしたら、幾らでも稼げると思うぞ。あの子、強いんだろ?」


「馬鹿みたいに強い」


「だったら、傭兵業をやるもよし。酒場でその辺のチンピラに喧嘩ふっかけてカツアゲするもよし。何でも出来るだろ」


「俺は?」


「皿洗いでもしてれば?」


「・・・・」


「はあ......しゃあねえな。ちょっと、それ飲んでろ」


 サイクロプスは溜息を吐くと、ダイニングから出ていった。

 さて、これからどうしようか。サイクロプスはああ言うが、人の体を乗っ取ろうと考えているような奴とこれからも一緒にやって行ける気はしない。そして、何よりアイツとの契約は俺から切ってしまった。彼女が再契約に応じてくれる筈もない。


「クソ......。何で俺はいっつも、後先考えねえんだよ。この世界をマリアナ無しで生きていける訳ねえじゃねえか」


 俺は机を軽く叩きながらそうつぶやいた。あのサイクロプスは異常な程、お人好しだが、きっと、皆が皆、そうではない。


「おー、待たせたな。ほれ、どっか行くならこれ持っていけ」


 数分後、戻ってきたサイクロプスの手には小汚い麻袋があった。


「何それ」


「俺なりの餞別」


 彼はそう言いながらその麻袋を手で揉んでみせた。ジャリ、ジャリと金属音が部屋に響く。


「......見ず知らずの相手に介抱してもらって、話聞いて貰っただけに飽き足らず、金まで工面してもらうほど俺は恥知らずじゃねえぞ」


「まあま、そう言うなって。これは俺に一夜限りの夢を見せてくれたお礼よ。また、マリアナちゃんと仲直りして合体出来たら、顔見せてくれよ?」


「多分、そんなことは今後、無いぞ」


「ま、それでも良いからよ。持ってけ。俺に自己満足をさせてくれよ。な?」


 と、言いながら俺の三倍はありそうな手で彼は俺にその麻袋を半ば無理矢理捕ませた。


「......すまん。ありがとう。そろそろ、出ていくよ。長居しても悪いし」


「おー、また、路頭に迷ったら来てくれて良いからな。後、この街は歩き方さえ間違えなけりゃ、良い街だが、治安は良い方じゃねえからな。気を付けろよ。もし、何かあったら『キュクロープスのモーセ』の名前を出せ。きっと、チンピラどもも手出しは出来ねえ」


「お前、そんな名前だったのか」


「アレ? 言ってなかったっけか」


「言われてねえよ......ご馳走様。じゃあな、モーセ。何から何まで本当に助かった。ありがとう。名前通りの活躍をしてくれたよ」


「よく分からねえけど、達者でな。カエサル」


 どれだけ絶望的な状況でも、やっぱり、希望はあるらしい。

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