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第九十一話 仲違い


「一つ一つ確認して行くぞ?」


「うん」


「まず、俺達を襲った敵はどうなった」


「逃げた。マリアナが頑張ったから」


 マリアナ......彼女の指摘した通り、俺が数秒で考えた名前ではあるが、一人称に用いるくらいには気に入ってもらえたようで何よりだ。


「成る程。よくやった」


「えへ」


「で、何で俺は生きてるんだ」


 二人仲良く死ぬくらいなら、俺だけが死んだ方が良い。幸い、俺を守る必要から解放されれば、彼女は十分に相手と戦えるようだから。

 そういう覚悟をした俺は今、元気とまでは行かなくとも、目立った怪我もなく生きている。我ながら何故、あんなにも直ぐに死を覚悟出来たのかは分からないが、やはり、生還出来たのはとてつもなく嬉しい。


「......マリアナがカエデの体に、何か、入ってたから?」


「知るかよ」


「マリアナもよく分からない。カエデを攻撃から守ろうとしたら、合体してた」


 マリアナと俺が合体していたという何とも荒唐無稽な話。しかし、俺はそれを示唆する『事実』を幾つも知らされている。

 現在進行形で泡を吹いて倒れているサイクロプスが俺を女と勘違いしたこと、俺の髪に銀色のが混じっていて、何故かロングになっていたこと......そして、俺が使えない筈の魔法、翻訳魔法が使えていたこと。


「因みにそれって、やろうと思えば出来そうなことなのか?」


 俺は彼女の体をつつきながら聞いた。前回、彼女に触れようとした時と違って、しっかりと指先に弾力を感じる。今の彼女は視認可能かつ触れることも可能な状態のようだが、彼女がその気になれば視認しか出来ない状態や、視認することも触ることも出来ない状態になれるという。

 それは彼女自身が魂の器に意識が宿った災厄という、幽霊の様な存在であるから。彼女が幽霊ならば、人間に取り憑く......即ち、『合体』のような現象を起こせても不思議ではない、気がする。


「やってみる」


「いや、別にやってみろなんて言ってな......ぅおぇっ」


 目の前からマリアナの姿が消えた数秒後、激しい痛みと猛烈な吐き気が俺を襲った。視界がグルグル回転し、鼻から生暖かい血がドロドロと流れ始める。


「おい、止めろっ! マリアナっ! っぅ、かっは、ごっほっ......」


 足に、手に、脳に、巨大な異物が入ってきた様な感覚。俺の内部に別人の体が生成され、体が内側から破裂してしまいそうな、そんな感覚だ。息が出来ない。世界が赤や青に点滅する。


『入れた』


「そりゃ良かっ、うぉえええ......流石に此処で吐くのは不味いよな......マリアナ、お前の方から俺の体を動かせるか」


『うん』


「なら、窓まで行ってくれ」


 この体の主導権はどうやら、マリアナにあるらしく、俺がどれだけ命令してもマトモに動かない。その上、吐き気や頭痛などの体調の不良は俺がその一切を引き受けさせられている。

 頼み通り、体を窓の近くまで動かしたマリアナに礼を言うと、俺は窓の外に向かって思い切り嘔吐した。嘔吐をしたり、堪えたりする程度の決定権は俺にもあるらしい。


『カエデ、大丈夫?』


 マリアナの言葉が頭に直接響く。さっきから俺は声を出して彼女と話していたが、俺も彼女のように無音で会話をすることが出来るのだろうか。


『おう。......これ、聞こえてるか』


『聞こえてる』


 原理は不明。手をどうやって動かしているかを厳密には説明出来ないように、自分でもどういう理屈でこのテレパシーのような会話を出来ているのか、分からない。が、兎に角、頭の中で念じれば声を発することなく言葉を彼女に伝えられるようだ。


『畜生。何で俺の体なのにコイツに主導権を奪われなきゃなんねえんだ』


『そもそも、この状態はカエデの体とマリアナの体とが半分半分。ただの人間であるカエデと私だったら、主導権がどちらに来るのかは明白』


『チッ。今のは別にお前に伝えるつもりじゃなかったんだが......地味に不便だなこの能力』


 伝えたくない言葉や思考が相手にうっかり、伝わってしまう危うさがある。


『カエデの体と魂、暖かい......このまま、此処に居たい。宿主には悪いけど、乗っ取りたい』


 こういうのとか。


『おい聞こえてんぞ。誰が宿主だ、寄生幽霊。意外と腹黒いなテメェ、そんなこと考えてたのか。乗っ取りたい、じゃねえんだよ』


『カエデは知りすぎた』


「あっいてえっ! コラッ、俺の体を荒らすな! おえええっ......お前! この痛み、合体の副作用じゃなくてテメエが意図的にやってたのかよ! クソ野郎が!」


『この体とこの魂、欲しい。死なせはしない。生かして、向こうの世界に送り届ける』


「テメエが乗っ取った俺の体をかよ......うっ、ぅぉえええええっ!」


 体の中で巨大な寄生虫が暴れているかのような、不快感と全身が肉離れを起こしたような痛みに涙すら流しながら俺はのたうち回る。


「一瞬でも災厄なんざを信用した俺が馬鹿だった! 俺を助けたのも、自分が入るための宿主が欲しかったからかよ!」


『違う。マリアナ、人の中に入れること知らなかった。カエデを助けようとしたのが、先』


「......じゃあ、礼を言おうか。助けてくれてありがとよ。ただ、もうテメエのことは信用しねえ」

 

 俺がそう呟くと、またも体に強烈な痛みと不快感が走った。臓器が幾つも、頭のてっぺんに集まって、一斉に頭を突き破り、出ていくような感覚だ。


「......あれ」


 呆けたような声で呟くマリアナの声。それは確かに音を伴ったものだった。


「はっ。成る程な。体の主導権は奪われても、流石に合体を拒むことくらいは出来るみてえだ」


 ポカンと口を開けながら首を傾げる全裸の少女に俺は笑ってみせた。この悪趣味な現象は、どちらかが相手を拒絶するだけで解除出来るらしい。


「......これ以上、お前とやっていくつもりは失せた」


 俺は威勢よく啖呵を切った。俺の体を乗っ取ろうにも、俺が彼女を拒絶する限り、彼女が合体化現象を起こすことは出来ない。

 とは言っても、この災厄がこれから一体、どんな暴挙に出るかは未知数だ。あの正体不明の敵も、きっと、狙いはこの災厄だった。であれば、早めに損切りすべきだろう。


「契約、完了で良い?」


 当然ではあるが、微塵も別れを惜しむような表情を見せないマリアナに少し苛立ちを感じた。


「ああ。今まで助かった。でも、もうテメエのことは信用出来ねえ。後は勝手にしろ」


「分かった。寝る」


 そう言って彼女は当たり前のように全裸でサイクロプスが用意してくれていたベッドに寝転んだ。


「チッ。ムカつくなテメエ......おい、そろそろ、起きろ、キュクロープス」


 俺は未だに泡を吹いて倒れているサイクロプスの体を揺すった。


「はっ!? 今のは夢......お前誰だよ!?」


「俺だよ。名前は、んー、あー、アカシック・カエサル。ちょっと、助けてくれ」


「誰だよ!」

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