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第八十九話 絶叫


「マクスウェルです。これより人間の捜索に加わります」


「騎士、ロッテ・ヴォルフ。主人の命により微力ながら参加します」


「ラプラスです。戦闘力、探知能力共に姉さんには及びませんが、出来る限りのことは致します」


「言っておくけど、今回の件はボク、無関係だからね。自分の掌の外で踊ってくれるのも、それはそれで面白いんだけど......暁クンに死なれたら困るから、協力してあげる」


 時刻は23時。やっと、協力者が揃った。......いや、何人か足りない。


「朱音は?」


「分からない......あの女、『私が何とかする』って、一人でどっかいった......」


 焦り、動揺する心を抑えながら、私はラプラスの問いに答える。冷静で居ろ。私は冷静さを欠くと直ぐに暴走するのだから。


「そうですか......分かりました。朱音は一人でもどうにかなるかと。兄さんの捜索を優先しましょう」


「それでマクスウェルとラプラス、あなた達、いつにも増して重武装だけど......戦闘は期待して良いのね?」


 いつものアームの代わりに背中に大量の銃火器を背負い、前方へと向けている二人に私は聞く。


「ええ。私とラプラスが出せる戦闘能力の限界がこれです。『決戦フォルム』とでも呼びましょうか」


「分かった。ロッテとフィーネはどう? もし、天使が現れたら朱音無しで勝てる?」


「はいっ! このロッテ・ヴォルフ。フォーサイス様をお守りする為であれば、『盟約』を発動させ、天使如き、払って見せます!」


「盟約ってアレだっけ。フォーサイス家......クイーンサキュバスが危険に晒されれば晒される程、力がアップするヴォルフ家のスキルみたいなの。かっくいいよね〜! まさに騎士! いや、天晴れ!」


「ふざけるのなら貴方は参加させない」


「あ、ソーリーソーリー......まあ、ボクは死にはしないよ」


「......分かった。じゃあ、マクスウェルとラプラス、私とロッテ、フィーネの三手に別れて捜索する。マクスウェルは定期的にレーダーで確認した情報を私達に電話で共有して」


「既にこの街周辺に人間が居ないことは分かっています。捜索範囲を拡大し、上空からしらみ潰しに探索を行いましょう」


 マクスウェルの言葉に全員が頷いたとき、私は思い出した様に『あっ』と言った。


「『災厄』が行方不明らしい。災厄を居候させてる人間が言っていた。利害は一致している筈だけど、相手は災厄。いつ、戦闘になるか分からないから気を付けて!」


 私の言葉にコクリと皆が頷く。


「......私を置いて消えるなんて、あなたも良い度胸だね。絶対に逃がさないから」


⭐︎


「......まずはお前の服をどうにかしねえとな。てか、クッソ! スマホ忘れた!」


 スマホを忘れたのはかなりの痛手だ。最悪、売っ払えば金になるのに。


「すまほ?」


「気にすんな。説明出来る気しねえから。それで、お前の服の話だったな。......こっちの世界に全裸の種族とかは?」


 淫魔とかいうエロ種族がいるのだから、全裸の悪魔が居ても少しも不思議ではない。


「分からない」


「......あー、じゃあ、俺ってパッと見、人間だって分かるか?」


「私は分からなかった。けど、他の悪魔達がどうかは、分からない」


「......やっぱり、お前に情報を期待するのは間違いか」


 しかし、いつまでもこの場所に居る訳にはいかない。先程、災厄が吹き飛ばした悪魔が仲間を引き連れてやってくるかもしれないのだから。


「一つ、案がある」


「言ってみろ」


「私、身体の状態を変えられる」


「というと?」


「姿が見えて触ることの出来る状態と、姿が見えて触ることの出来ない状態。そして、姿が見えなくて触ることも出来ない状態」


「固体、液体、気体の状態変化みたいだな。てことは、今は二番目の状態か」


「そう」


「つまり、三番目の状態になれば、テメエが幾ら裸でも人の目に晒されることはない、と」


「そう」


「俺の正体がバレるかもしれない問題はどうする」


「襲ってきた悪魔は、皆殺し。私が。......それかサイアク、私がカエデを背負ってビューって飛んで逃げれば良い」


「......行き当たりばったりの作戦に見えるが、それしかねえよな。ああ、勿論、後者な」


 今頃、ステラは俺が居なくなったことに気付いているだろうか。気になって仕方がない。


「なあ、災厄。お前は何でそんな温厚なんだ。俺の知ってる災厄はもっとこう、『魂置いてけ......』的なバーサーカーだったぞ」


「カエデの魂が美味しそうで、皆が欲しがってるのは否定しないけど......殺す気にはならない」


 幾つか聞き捨てならない発言が聞こえた気がする。


「待て。俺の魂が美味そうなのはとある淫魔との駆け引きが面白くなりそうだからこの際、ツッコまねえ。『誰』が俺の魂を欲しがってるって?」


「皆」


「まさか、その人魂のことか?」


「カエデは皆のことをヒトダマって言うの? 皆は皆、その辺にたくさんいる......」 


「待て待て待て待て!? 俺には人魂、三つしか見えねえぞ!? テメエは三つを沢山って言うのか!?」


 俺は災厄の近くを浮かんでいる青白い人魂を指差しながら叫んだ。


「これ、私の身体の一部。『皆』とは違う」


「そうか。よく分かった、これ以上、俺の前で『皆』の話はするな」


 まだ、三つしか居ない人魂を友達にしているのなら俺も許容出来た。朱音の蛇の様な物だろう、と。しかし、目に見えず、その上沢山居るとかいう『皆』の存在は洒落にならない。


「どうしても......?」


 悲しそうな表情をする災厄に少し、心を痛めながらも俺は首を振った。


「どうしてもだ!」


「皆、カエデに怒ってる......カエデを殺して魂をしゃぶったら美味しいって......」


「止めろ止めろ止めろ止めろ、マジで止めろ! 俺、今日、寝れなくなる! 後、絶対に『皆』の言うことは聞くなよ!?」


 どうやら、俺に対してかなり敵対的らしい『皆』とやらの存在に俺は震え上がった。駄目だ。災厄みたいに現実味のある『幽霊娘』なら全く問題はないが、少しでもスピリチュアルな要素を帯びると途端に恐ろしくなる。


「......皆の言うことは、私も、話半分に聞いてる。今のところ、私に契約を破棄してカエデの魂を啜るつもりはない」


「万が一にもそうなる可能性がある、って言い方だな」


「流れによる」


「何だよその流れって......俺、そんなフワフワした理由で殺されたくねえぞ」


「私は、流れに身を任せて、生きてるから。自分でも自分が何するか、分からない。そっちの方が楽」


 サルトル風に言うと、自分の人生にしっかりと責任を持って欲しい。


「まあ、言いたいことが分からねえ訳ではねえけどさ。俺も昔はそんなだっ......」


「カエデ伏せて」


 俺に話を最後までさせることなく、災厄は端的にそう伝えてきた。


「任せた」


 数週間前の俺であれば、彼女の指示した行動を取る前にその指示の理由を尋ねていただろう。しかし、今の俺は何よりも先に伏せることを選んだ。

 緊急事態になんて慣れたくなかった。


「耳塞いで」


 俺は相槌を打つことや、頷くのを後回しにして両手で耳を抑える。その判断は正しかったらしく、俺が耳を抑えたのとほぼ同時に周囲に爆発音が轟き、視界が真っ白になった。


「......契約に従い、カエデを守る」


 そう宣言すると、災厄は魔法で作ったらしい青く、半透明のバリアを俺達を覆うように展開した。そのバリアは正体不明による、目的不明の攻撃を全て防ぎ切る。

 しかし、どうやら相手の攻撃は一発や二発ではないらしい。マシンガンの様な連続攻撃を受け、早くもバリアにヒビが入り始めていた。


「無理かもしれない」


 唇を噛みながら、どうにかバリアを維持しようとする災厄。彼女の顔は先程の無表情なものと全く、変わっていない。変わっていないのだが、何処か彼女からは焦りが感じられる。

 仏頂面のステラのせいで無表情な奴の感情の機微を読み取れるようになってしまったのか。


「逃げることは」


「私一人なら、余裕。でも、カエデを担いでは、無理、かも。って、皆が言ってる。......カエデは攻撃、一つでも当たったら、きついでしょ? このバリア、硬いけど、展開している間は、動けない」


「ああ。今回ばかりは『皆』の言ってることが正しそうだな......。後、どれくらい耐えられる?」


「十分。それ以上は、分からない」


「そうか」


 攻撃して来ているのは誰なのか、あの『災厄』と呼ばれる存在が苦戦しているとはどういうことなのか、何故、俺達は攻撃されているのか。

 幾つもの疑問が脳裏を掠める。しかし、今考えるべきは状況の打開策だ。何か、何か無いか。


「攻撃はどの方向から飛んで来てる? 全方位か?」


「前だけ。でも、爆発だから、火とか爆風が、広い範囲に」


「何か考えは?」


「皆は、カエデを守ったままだと、私も危ないから、カエデを捨てろ、って」


「......で、お前は?」


「契約に、従いたい。カエデを、生かしてあげたい。でも、考えは、ない」


 今まで数多の危ない橋を渡って来たが、その全てにおいて俺は戦闘面で活躍していない。......いや、それ以外の面でも活躍していたのかは怪しいが。

 兎に角、俺の戦闘の知識はゲームや格闘漫画レベルのものしかない。きっと、これに関しては俺より災厄の方がよく分かっている筈だ。そんな彼女が『策無し』と言うなら、これ以上、俺が何を考えようと、無駄な気がする。


「災厄、お前、足の速さは?」


「空は飛べるけど、そんなに速く飛べない。カエデを抱いてなら、余計に」


「攻撃は」


「一番得意」


「......バリアの展開を切ると同時に、上空に飛んで攻撃を回避。すかさず攻撃を叩き込んで、相手が怯んでる間に飛んで逃げる。どうだ?」


「それしかないかも」


「危なくなったら俺のこと、捨てろよ」


「言われなくても」


「なら良い」


 彼女は左腕を俺の背中に回し、片手で俺を抱えた。マクスウェルのアームに比べると、かなり心元無いが、仕方がない。


「飛ぶよ」


「おう」


 災厄の足元に魔法陣が幾つも浮かび上がった次の瞬間、物凄い浮遊感と振動と共に俺達の体は浮かび上がった。周囲が暗いのが幸いし、地上がよく見えず、そのため、自分達がどれくらいの高さに居るのかも分からない。もし、下が見えていたら泣いていたかもしれない。


「えい」


 災厄の気の抜けた掛け声と共に白い極太のレーザーが俺達の前方を焦がし、先程、俺達が受けていたものと遜色の無い......いや、それ以上の爆発が起きた。

 相手の生死は不明。しかし、どちらにせよ此方への攻撃は止んだ。


「逃げろ」


 俺の指示を受け、災厄は先程、レーザーを放ったのとは逆方向に飛び始めた。激しい浮遊感と空気抵抗、事態の恐ろしさに心臓の拍動が早くなる。


「うっ......ぅぉえ、ぅおぇええ」


「大丈夫?」


「に見えるかよ」


「ううん」


 地上に向かって嘔吐する俺に一応の心配の言葉をくれる災厄。ステラが恋しい。きっと、彼女なら......


『汚い......私にはかけないでね』


とか何とか言ってくれた筈。

 ......ムカついてきた。


「でも、何やかんや気遣ってくれるお人好しサキュバスがアイツだからな。......うぉえええ」


「何の話?」


「俺が向こうに帰ってまず一番目に......や、二番目くらいに会いたい奴の話だ」


「一番目は?」


「妹」


「カ......攻撃来る」


 突如、災厄の体が左に動いた。さながら、突然、進路を変えるジェットコースターの様に。


「はあっ!? あの攻撃受けてかよ!?」


 苛立ちを覚える俺と、息を少し荒くする災厄の横を炎の球が掠める。先程、横に動いていなかったら、アレにぶち当たっていたのだろう。


「キツい、かもしれない」


「......みたいだな」


 後ろを向くと、視界を埋め尽くす程の炎の球が俺の目に飛び込んで来た。アレを全て避けるのは中々に厳しいものがある。


「俺を守らなかったら勝てるか」


 嫌だ。気持ち悪い。辛い。死にたくない。皆に会いたい。


「多分」


 何故。何故。何故。何故、俺がこんな目に遭わなくちゃならない。


「じゃあ、そうしろ。落下死くらいは魔法か何かで防いでくれよ」


 由香、ステラ、皆に......また、会いたいのに。


「......え?」


「はあっ、ひひひひいっ、すうっ、はあっ! クソおっ!」

 

 災厄が俺を抱える力は思ったより緩く、運動不足の成人男性でも少し暴れればその拘束から逃れることが出来た。

 落ちる。地面に落ちる。見えない。地上が見えない。何処まで落ちるのか、分からない。


「ひいやあっ! 母さん! 父さん! 由香あっ! ステラあああああああああああああああああっ!」


 半狂乱になりながら落ちるのを待つ。補助魔法が不得意なあの災厄が、落下死を防いでくれるのを少しだけ期待して。


「勝手なこと、しないで。カエデ」


 『上』から災厄の声がする。炎の弾が災厄に向かう。ああ、止めてくれ。そうしたら、俺がこんな馬鹿なことをした意味も無くなる。


「来る、なっ......」


「カエデっ」


 地上に吸い込まれる体、初めて聞いた災厄の小さな叫び声、俺と災厄に向かって飛んでくる炎の球、それらを前に俺の意識は消えた。


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