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第八十五話 消失


「暁楓〜、ご飯〜......」


「・・・・」


「暁楓〜、起きて〜」


「・・・・」


「あなた、そろそろ、起きなさい」


「......おはよう」


「おはよう。最初から起きてたでしょ、あなた」


「よく分からん天使に起こされるより、眠りのスペシャリストに起こされる方が一日の体調が良くなりそうだろ」


「ン〜、天使ちゃんもケッコー、魔法使えるんだけどな〜」


「......この人はそういう人よ。ご飯が出来てる、食べて」


「お〜」


 災厄がウチにカチ込んできてから大体、一週間が経った。あの天使は仕方なく俺とステラが保護している。


「......俺達の安寧を返してくれないか」


「天使ちゃん、何か悪いことしたっけ」


「悪い、今のは主に朱音と災厄に言った。後、フィーネ」


 俺達の生活が乱れに乱れ、俺とステラが呑気に茶も飲めなくなった理由は間違いなくこの天使であるが、この天使に非はさほど無い。どっちかというとあの三人の方が問題を起こしている。諸悪の根源はフィーネだが。

 それを違える程、俺はガキではないので出来る限りコイツには当たらないようにしている。......しているが。


「やっぱり、家に他人が居てウロチョロしてんのは落ち着かねえ」


「あなたが望んだことでしょ。諦めて。......というか、我慢してるのは私の方だから」


 酷く不機嫌そうにステラが言った。天使の処遇に関して『中立』を保ったステラだったが、その『中立』はどちらかと言うと俺寄りだったように思う。

 天使がこの家で居候することになった時も彼女は文句を一つや二つ言う代わりに天使の居候を受け入れ、彼女の部屋も整えてくれた。


「......悪いな」


「あなたの頼みが無かったら受け入れてなかった」


「優しいこって」


「愚かなオスにも掛ける慈悲はある」


「俺、今まで何度もその慈悲に助けられてきたもんな」


「......素直で気持ち悪い」


「俺はお前と出会ってから今に至るまでずっと、素直だっただろうが」


「まあ、そういうことにしとく」


 俺が溜息を吐いてリビングに行くと、其処には俺の為に作られたと思われるきな粉餅を頬張っている女が居た。


「ん、んぐんぐ。ゴクン。お邪魔しているワ。天使の様子を見に来た」


「はあ......あなたの分もあるから安心して」


 そう言ってステラはキッチンからもう一皿、きな粉餅を持ってきた。最近、ほぼ毎日、俺の家に顔を見せる朱音の存在を予測し、余分に作っていたらしい。


「朱音、貴方、来すぎ」


 俺に朝食を渡し、ステラは苦言を呈す。


「あの天使は保護観察処分中。観察する必要があるでしょう」


「タダ飯食えるからラッキーってのがテメエの本音だろうが」


「後、アナタに会えることもね」


「チッ......」


 悪びれる様子を見せず、腕に蛇を這わせながらそんなことを宣う朱音に俺は苛立ちを覚えた。いつから、この家は誰でも無断で入れる公共スペースになったのか。


「天使は何処?」


「自室......というか、俺が貸してる部屋だ」


「元、私のパソコン部屋」


 と、嫌味ったらしく俺とステラは言う。


「彼女はもう食べたの? ん、美味しい」


「アイツ、飯食わねえんだよ。天使は食わなくても空気中の魔力的なのだけで生きていけるんだとさ」


「それは私達も同じなんだけどね」


「てか、天使って悪魔なのか?」


「......『悪魔』の一般的な定義は『災厄』以外の『あっちの世界』の知的生物、だからまあ、悪魔で良いんじゃないかな」


「成る程。結局、神も天使も悪魔も差異はないって事な。因みに朱音、お前は魔力的なので生きれねえのか」


 無理と分かっていながら俺は朱音にそう聞いた。もし、守人が飲まず食わずで生きていけるならば朱音がこんなにも食費で苦労している必要がない。


「ワタシを異形な悪魔達と同じにしないで。私は食べないと死ぬし、寝ないと死ぬし、風邪も引く。あくまで『こっちの世界』での力が強いだけ」


「あそう......待て。『こっちの世界』での? じゃあ、あっちの世界に行ったらただの人間になるのか?」


「流石に楓程弱くはならないけど、大幅に弱体化するワ。逆に向こうじゃ、悪魔達は強化されるしね。そもそも、向こうの世界でも守人に力があるなら、とっくの昔に守人が向こうを征服しているワ」


 初耳だった。確かに人間は弱い。しかし、こっちには向こうの世界で『災厄』呼ばわりされる奴と互角に戦えるような奴が守人として、ゴロゴロ居る。

 なのに、何故、悪魔相手に人間は防戦一方なのか、前から気になっていた問いの答えが此処にあった。


「......つまり、お前が女王の一族とか言ってる割にそんな強くないのは守人と逆の力が働いてるってことか」


「そんな失礼なこと思ってたんだ、あなた。まあ、間違いじゃないよ。守人とは逆に悪魔はこっちの世界に来ると弱体化する。......悪魔ではない『災厄』はその限りではないけど」


「つまり、お前が万全の力を発揮出来れば前回の災厄戦もある程度、戦えたってことか」


「......ギリギリ互角未満くらいの戦いならしてみせたかな。少なくともあなたを逃すことは出来たと思う」


 つくづく『災厄』ってチートだな。


「あー、星加朱音、また天使ちゃんに用〜?」


 奥の部屋から出てきたらしい天使が廊下を通って、ダイニングへとやってきた。


「......別に。私はご飯を食べに来たのと、楓を見に来ただけだから」


「貴方、臆面もなく言うね」


「えー、星加朱音、私の観察しなよ〜......ほら、お餅あーん」


「勝手に俺の餅を朱音に食わせるな」


 一時は自らを強制送還しようとしていた朱音に何故か天使は懐いている。


「......あーん」


「お前も食うな」


「ごめんなさい。もう口に入れちゃったワ。口移しでなら返してあげるわよ?」


「黙れ」


「あら、釣れない......」


「星加朱音〜、蛇出して〜」


「ハイハイ......」


 いや、天使が懐いているのは朱音ではなく朱音の体から飛び出す蛇なのかもしれないが。


「その蛇って本当に生きてるのか?」


「知らないワ」


「ええ......」


「この力が発現したのは最近だもの。多分、意思はあると思うんだけど......」


「首切ったりしたらどうなるの?」


 ステラが恐ろしい質問をする。


「多分、再生すると思うワ。生命体というより、守り神というか、幽霊みたいな存在だから」


「じゃあ、あなたともし、敵対したとしても容赦なく頭切れるね」


「逆に貴方がこの蛇の生死の心配をしてくれていたことに驚きだわ」


「私と貴方、敵対したり接近したりで不安定な間柄だから、戦闘の後にも(わだかま)りを残したくないの」


「悪魔らしくないわね」


「よく言われる」


 ステラと朱音の関係......いや、俺とステラを取り巻く人々の関係は複雑だ。

 マクスウェルは基本的に『ステラ陣営』だが、ラプラスの立ち位置は『朱音陣営』と呼ぶべき所にある。その『朱音陣営』の朱音はステラ、フィーネなどの悪魔を未だに良く思っていない。

 『十陣営』......平沢は非戦闘員なので実際は『十』だけになるが、彼女は完全に中立で、一般人に危害が加えられない限り動くことはない。

 『災厄陣営』は千隼が良い感じのストッパーになっているが、災厄は必ずしも他の陣営を味方と思っておらず、かなり危険だ。

 勿論、ラプラスなんかは場合によって立場を変えるので陣営としてその動向を語るのはナンセンスかもしれないが、兎に角、俺とステラを取り巻く環境はかなり不安定だ。


「ステラ陣営として、完全に信頼出来るのはロッテ、後、マクスウェルくらいだな......非戦闘員もなら由香も」


 朱音と皮肉混じりの会話を続けるステラに俺は呟いた。


「私の騎士とあなたの護衛アンドロイドね」


「天使ちゃんは〜?」


「お前はフィーネや災厄みたいに出方が予想出来ない」


「心外〜......星加朱音の方に寝返るよ〜?」


「朱音は俺の敵じゃなくてお前の敵だからな......そろそろ、仕事行く」


 俺はそう言って自室へ向かう......その時、ふと、あの天使は自分の部屋をどのように使っているのか気になった。

 あの無気力な天使のことだ。散らかしていたら注意をせねば。そう思い、彼女がよく籠っている旧ステラのPC室に入った。


『天使ちゃんの部屋、勝手に入らないでね〜。ヤバいことなっても責任取らないよ〜』

 

 とか何とか言われてた気がするが、そもそも、『ヤバいこと』とやらが起きたらそれを理由に厄介払いしてやるつもりだ。


「綺麗に使ってるじゃねえか」


 まるで、誰も生活していないかのように綺麗に整えられた部屋に俺は少し驚く。


「あ〜、暁楓、天使ちゃんの部屋に勝手に入ってる〜」


「俺の家だ。どの部屋に入ろうと自由だろ」


「ステラ・フォン・フォーサイスの部屋にも勝手に入るの?」


「勝手に入って、ボコボコにされたことあるから以後、入らねえ。ステラ達はどうした」


「ステラは楓のお餅、朱音に食べられたから新しく焼き始めた。朱音はお茶飲んでるよ」


「勝手気ままだな......」


「さあさ、仕事あるんだよね? そろそろ、天使ちゃんの聖域から出て行って?」


 怠そうな声で、少し急かすように天使はそう言った。何と無く、その様子が引っ掛かった俺はクローゼットなどの収納を開けてみる。


「テロ用の爆弾とか隠してるかも知れねえからな」


「......隠してたら災厄に殺されちゃうよ、天使ちゃん。早く、何処か行って?」


 天使の口調が更に焦燥感を帯びる。本当に何かを隠しているのか、それともただ自分のプライベートを侵されるのが嫌なだけなのか。

 俺は彼女を無視して、押し入れの扉を開けた。


「あっ......其処駄目!」


 初めてあの怠そうで無気力な天使の声が裏返ったかと思うと、俺は押し入れの中に突き飛ばされた。

 しかし、俺の顔は押し入れの壁には当たらない。そして、それを何故かと疑問に思う程、俺の意識は持たなかった。

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