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第八十四話 意見の相違


「ぐがあー、ンゴロゴロダッシャーン......ブオーン。バインダインズココオーン......」


「・・・・」


「うぇへへ〜。兄さ〜ん」


「・・・・」


「兄さん、やめてよ〜。昆虫食は無理だって〜グゴオ〜」


「うるっせえんだよテメエ!」


「ふひゃあっ!? 敵襲!? マクスウェル、戦闘準備!」


「由香の寝言がうるさくて人間の堪忍袋の尾がキレただけです。人間、私と寝ましょうか」


「姉さん、それはステラとの契約違反です」


「......バレなければ誰も損をしませんよ」


 横の敷布団の上で寝ていた由香に文句を叫ぶ俺と驚く由香、そして、アンドロイドらしく立ちながら充電スタンドのような箱に入って寝ているマクスウェルとラプラス。

 つい、この間、買い物をした仲である『家族』と一緒に俺は居た。時刻は大体、朝の5時頃だ。


「ステラさんも警戒心高いというか、独占欲強めだよね。マクスウェルの家に兄さんが泊まる条件がマクスウェルと兄さんを二人きりにさせないこと、とか」

 

 由香は眠そうに欠伸をしながら苦笑した。

 そう、今、俺が寝ている場所は自宅ではなく、義妹の姉であり、友人であるマクスウェルの家だ。俺の家にはベッドが二つしかなく、寝れる人数は基本的に四人まで。......厳密に言うと、由香とステラと俺の三人で寝たときに使った敷布団もあるが、アレはあまりにもボロボロ過ぎて身内にしか使わせられない。

 そのため、俺は自らマクスウェルの家に泊めてもらうと宣言したのだ。


『......あなた、また、私を一人にする気?』


『ロッテ達がいるだろ』


『無防備なオスをその辺にやる訳にはいかない』


『その辺って言うな。マクスウェルの家には由香もいる。何も問題ないだろ』


『あなたが私の目から離れることも、泊まる先がマクスウェルの家なのも、何もかもが問題』


『じゃあ、朱音の家か千隼の家だな』


『それは絶対に駄目』


 みたいな押し問答をした後に、何とか俺がマクスウェル宅に泊まることをステラに認めさせた。


「てか、もう5時だろ。俺、帰るわ」


「え、早くない? そんなに早く帰ったら迷惑なんじゃ......」


「俺が自宅に帰るのに迷惑もクソもあるかよ。それに、あの天使のことも心配だ」


「でしたら、人間、私がお送り致します。天使の件と言い、何かと物騒なので」


「私も同行します」


「あえー? 皆、行くの〜? 由香たんまだ寝てたいんだけどー?」


「お前は寝てて良いぞ。戦力外だし」


「は? その言い方気に食わねえ! 行ってやるよ! 行ってやれば良いんだろうがよ!」


「やはり、兄妹。何処となく兄さんと由香、似てますね」


 似てほしくなかった。


⭐︎


 何と無く胸騒ぎがした俺がマクスウェル達を伴って自宅前に着いたのは6時前くらいのことだった。

 

「......人間、由香、下がっていてください」


 マクスウェルが背中のアームを伸ばし、目のゴーグルを赤く光らせ、戦闘体勢に入る。

 その理由は俺の家にあった。


「チッ。ああっ、クソクソクソッ......やっぱり、またこうなんのかよ......いい加減にしろよクソが!」


「ちょ、兄さん、落ち着いて! ら、ラプラス......電話ある!?」


「はい。朱音に電話します」


「話早くて助かる!」


 ステラとロッテ、そして、山本と天使が寝ていた筈の俺の家の扉は何かで突き破ったかの様に壊れていた。金属製の扉がである。


「私が先に中へ入ります。人間達は外に......いえ、私がお守りします。人間は気を付けて中にお入り下さい」


 俺の顔を見て何を考えたのかは知らないが、マクスウェルがそう言うのなら中に入らない手はない。俺はラプラスと由香に外にいるよう言って、壊れた扉から自分の家に入った。


「......貴様とはこの前、会ったな。私はロッテ・ヴォルフだ」


 それと同時に低い、そんな声が聞こえてきた。リビングの方からだ。


「そんな名前、してたっけ。覚えてない」


「......雑魚は覚えらない、だったか。しかし、今の私は前回とは一味違う。見くびるな」


 俺とマクスウェルがリビングに走ると、其処には青く燃え盛る大剣を構えたロッテが黒と白の双剣を構えた災厄に相対していた。

 その後ろにはロッテと災厄の睨み合いを見ている天使と下を向くステラの姿がある。


「どういう状況か教えろ、災厄」


 今すぐ、ステラの名前を呼びたい気持ちをグッと抑えて俺は災厄を睨んだ。相変わらず、澄まし顔が可憐でムカつく。


「キミも来たんだ。この女をどうにかして。じゃないと、斬り殺す」


 災厄が睨む先はかつてないほどの闘気を燃え上がらせているロッテだ。


「俺は状況を教えろって言った。聞こえなかったのか」


「......あの天使を斬り殺す。それが私の目的だし、人間の為、千早の為にもなる」


「それを庇うなら、斬る、ですか」


「そういうこと。分かったら、その騎士をどうにかし......っ!?」


 災厄が言い終わる前に、突如、ロッテが大剣を振りかぶり、災厄に斬りかかった。少し、対応が遅れた災厄は片方の剣でロッテの剣を慌てて防ぐ。

 災厄が曲がりなりにも戦闘で焦っている姿は初めて見た気がする。


「フフッ。だから、言っただろう。見くびるな、と。このまま、貴様を叩き切ってやる......!」


「この前は手加減、してた?」


 燃えたぎる大剣をジリジリと災厄の剣に押し付けるロッテ。明らかに災厄が押されている様に見えた。


「嘘だろ......」


 この前、災厄に秒で倒され、俺が軽く睨みを入れるだけで泣きじゃくるロッテとは全くの別人が其処には居る。


「敵に手の内は明かさん」


「ロッテ、ガンバレ〜。天使ちゃん応援してるからね〜」


 先程から沈黙を保っているステラの横で天使がそんなふざけた声援を送る。

 俺とマクスウェルは災厄とロッテの戦いが膠着しているのを見て、ステラと天使がいる方へ走った。


「大丈夫か」


 一言、俺が彼女に聞いた。


「居留守使ったら家の扉を剣で破られたこと以外は特に」


「そりゃ良かった。......良くないが。山本は?」


「災厄が家を訪ねてきたタイミングで眠らせたよ」


「物理でか」


「......夢魔だよ私」


「淫魔って呼び方の方が馴染んでるから気付かなかったわ」


 目の前で忠臣と災厄が命のやり取りをしているというのに、存外、ステラはいつも通りだった。それだけロッテを信頼しているということだろうか。


「あ、おはよ〜暁楓とマクスウェル。天使ちゃんのせいでこんなことになってごめんね〜」


「......お前を災厄に差し出しても良い気がしてきた」


 コイツを災厄から守る理由が俺には『人を見殺しにするのはいけないから』という道徳的なものしかない。


「クゥッ......うあああああああああああああっ!」


「最初は少し驚いたけど、もう退屈になった。......キミ、なぞなぞ出して良い?」


 と、先程とは打って変わって余裕そうな表情を見せる災厄は俺の方に視線を飛ばしながら聞いてきた。


「武器を置いてくれれば幾らでも付き合ってやる」


「嫌」


「武器を起きなさい災厄」


 突如、部屋の中にまた別の人間の声が響く......。

 無論、災厄に銃を突きつける朱音の声だった。


「そんな弾じゃ、私は死なない」


「ヘエ、なら、試してミル......?」


「私は其処の天使を殺そうとしているだけ。......利害、一致してない?」


 その言葉に朱音の表情が強張った。


「あ、朱音さん?」


 朱音と一緒に家に入ってきたらしい由香が顔色を変える彼女を不審がる。


「二人とも武器を下ろす。それが、貴方に協力する為の最低条件よ」


 そう言うと、朱音は左手にもう一丁の銃を持ってロッテに突き付けた。


「朱音さん!? え、いや、あ、アレ!? 私と敵対してる感じ!?」


 不意に素に戻ったロッテが慌てふためいたその瞬間に災厄は剣ではなく、脚で彼女の腹部を蹴り飛ばした。ロッテはそのまま俺達の横を通って壁にぶつかる。


「コレで良い?」


 そして、それと同時にすかさず災厄は双剣を地面に置き、その双剣から距離を撮ってみせた。それを見て朱音は頷き、吹き飛ばされたロッテにのみ銃口を突き付ける。


「アナタも武器を置いて」


「......納得いきませんが、はい、分かりました。あいててて」


 フウっと、ロウソクを吐くかのようにロッテは自分の剣に息を吹きつけ、剣に纏わりついていた炎を消すと、直ぐに剣を地面に置いた。


「テメエ、何のつもりだ」


「忘れた? ワタシは元よりその天使は処分すべきという考えよ。ただ、知人が怪我をするのは本意じゃなかったから災厄を止めただけ」


 と、言いながら朱音は災厄の横に立った。『自分は此方側の人間だ』という意思表明だろう。


「朱音さん......楓はこの子が殺されることは望んでいませんよ?」


 ロッテが俺を利用して朱音に揺さぶりを掛ける。しかし、それが無駄なことを俺はよく知っていた。


「私が楓を好ましく思っていることと、何でも楓の言う通りにすることはイコールじゃないワ。楓の意見は尊重するけど、ワタシが最も尊重するのは私の意見」


 朱音は良い意味でも、悪い意味でも芯の強い人間だ。幾ら、俺に強い好意を持っているストーカー気質な女だとしても、俺を理由に自分の考えを曲げたりはしない。


「人間、貴方の立場は?」


「無論、朱音とは反対だ」


 はっきり言って、この天使には一切、思い入れが無いがそれはそれとして『人を殺してはいけない』という道徳が俺の思考をしっかりと固定している。


「では、私も人間と同じ立場で。......嫌われましたね、朱音」


「風見鶏のアンドロイドが何を」


「アンドロイドは元より風見鶏。命令者に付き従うモノです。そして、その命令者は既に決まっている」


「も、勿論、私も反対だからね! 朱音さん! ラプラスを居候させてくれてるのは感謝してるけ......ラプラス?」


 由香が途中で言葉を止めて理由、それは彼女が名前を呼んだアンドロイドが朱音と肩を並べたからであった。


「由香姉、兄さん、姉さん、申し訳ありません。私は天使族はこの世界に居座らせておく訳にはいかないと考えます。故に私は此方に与します」


 先程まで仲良くやっていた『家族』による突然の裏切りだった。


「そもそも、テメエらは何でそんなに天使を嫌うんだ?」


「そんなことも分からずに天使を庇うなんて愚か。今、存在している天使は殆どが絶えた天使族の生き残り。今まで生きてこれた理由......即ち、力がある」


「生き残りの天使があっちの世界で起こした事件を数えていたらキリが無いよ......こっちの世界で言う、テロ組織の幹部みたいな感じかな」


 災厄の説明の補足をするステラ。その口振りはまるで、災厄の考えを肯定している様に聞こえた。


「お前、まさか、自分が朱音派だなんて言うんじゃねえだろうな」


「......興味ない。確かに悪魔にとって天使は敵だけど、昨日言った通り、クイーンサキュバスと敵対している私は敵の敵は味方って考えることも出来るし。でも、どっちかというと朱音寄りかな」


 サラリとそう、言い放つステラ。このおちゃらけた天使を今まで俺が出会ってきた『ただの悪魔』と捉えている俺と『テロ組織の幹部』などと捉えている彼女らの間には非常に深い溝が存在することを俺は悟った。


「......そうかよ」


「失望した?」


「少し」


「正直だね」


「別に責めるつもりはない。理想通りにお前が動いてくれるなんざ、俺は思ってねえ。......ただ、一つだけ意見言って良いか?」


 ステラや朱音など、俺と意見を違える奴の目を見て俺は言った。


「どうぞ」


 朱音は真剣な表情で頷いた。


「俺が今まで聞いた天使の情報を纏めるぞ。力は災厄に届かないくらい、テロ組織の様な活動をする者が多い、悪魔や人間にとって極めて有害な可能性が高い。合ってるな?」


 俺の問いに事情を知らない由香以外の全員が頷いた。それを確認するなり、俺はある人物を指し示して叫んだ。


「その理論だと、どう考えても災厄をどうにかする方が先じゃねえか。ソイツは既に前科があるんだぞ」


「......確かにそれはど正論ネ。でも、災厄をワタシ一人で倒すのは現実的じゃないワ。災厄がどれだけ危険であろうと、天使が危険であるのに変わりはない」


 少し溜息を吐きながらも朱音はそう言い放つ。


「災厄は人の魂を喰らうんだろ。ソイツが天使の魂食って、パワーアップしたらどうすんだ」


「......それは少し危惧していたワ。というか、コレの目的はそれなんじゃないかしら。だから、ワタシはステラに向こうの世界への扉を開いて貰って追放しようかと」


「私が協力すると思う?」


「ステラ......?」


 思わぬ助け舟に俺は驚きの声をあげて彼女の方を見た。


「確かに、私個人の意思としては朱音にある程度、賛成だよ。でもね......この人の言ってることが間違っているとも思えない」


「はあ......そう。流石に分が悪いわネ。分かった。折れるわよ。取り敢えずは保護観察処分ということで、天使はアナタ達が世話をしなサイ」


 首を横に降り、またも大きな溜息を吐いて朱音はそう言った。あの朱音が譲歩したことには驚いた。


「良いのか?」


「アナタのそういうところ、私の考えとは反対だけど、好きなのヨ。譲歩してあげたんだし、キスとかしてくれても良いのだけど」


「調子乗んな」


「あら釣れナイ」


 そんなこんなで俺とステラは出会ったばかりの天使を引き取ることになってしまったのであった。

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