第八十話 ジーニー
東京の繁華街の街角、俺にはよく分からないが、特に奇抜ではない、有り体に言えば普通の服を並べている店があった。名は『ジーニー』。
ステラはその店に直進する。店のサイズは十数畳程で客は一人も入っていない。そして、店の奥のレジには黒髪ショートの地味な女が立っていた。
「あ、来てくれたんだ! 久しぶり......でもないわね、こんにちは、ステラ! 其処の人は?」
女は俺達を見るなりレジから此方へとトトトッと掛けてきて、嬉しそうにそう言った。
「この前言ってた私のパートナーよ」
「お前そんな紹介の仕方してたのかよ。......暁楓だ」
初対面の彼女に対してどう接したら良いのか分からない俺はつい、いつもの口調で名乗ってしまう。
「あ、山本優那です......え?」
俺よりも身長の低い彼女は俺を見上げるなり先程の明るいトーンとは180度違う、低くて冷めた様な声を漏らした。
「んだよ」
思わず俺は彼女を睨んでしまう。駄目だ。マトモな人間と話すのが久しぶり過ぎて、一般人と一般人の会話の常識を忘れてしまっている。
「......ごめんなさい。え? アナタがステラのパートナー、さん?」
「と、紹介されてたみたいだな」
本来なら敬語を使うところなのだろうが、今更、変更する訳にもいかないのでタメで押し倒すことにする。
「......ステラと、同棲を?」
「おう」
「失礼ですが、お兄さんとかではなくて?」
「妹は別に居る」
「血縁関係は?」
「一切ねえな」
「お仕事は?」
「何で初対面のアンタに其処まで言わなきゃならねえんだ」
「......失礼。ごめん、ステラ、暁さんとお話してくるね。服でも見て待ってて。すみません、ちょっと来てください!」
「は? おい、何だよ。何処連れて行く気だ!?」
「良いから来て下さい! あ、此処、防犯カメラありますからね」
「どういう意味だよそれ!? おいステラ! どうにかしろよコイツ! おいコラっ! 何笑ってんだテメエ!」
少しキレ気味の女に店の奥へと連れていかれる俺をステラはクスクスと笑いながら見ていた。
「あ、ロー、ごめん。ちょっとレジ変わって! 急用出来た!」
レジの裏に存在する店員用の部屋まで俺を連れて行った女はその部屋で食事をとっていた別の金髪の女にそう伝えた。
「ええええ!? 良いけど男の人来たら変わってよ!? って、その人誰......」
何処かで聞いたことのある声だ。
「おい、急用って俺のことかよ。テメエ、何するつもりだ!」
「友達を守ろうとしてるだけです!」
「意味分かんねえんだよ!」
「......あれ、誰かと思えば楓じゃん。こんなところで何してるの?」
金髪の女はキョトンとした表情を浮かべてそんなことを言ってきた。制服に身を包んでいるせいでわからなかったが、よくよく見ると、ロッテだった。
「......え、何々、ロー、コイツの知り合い?」
「誰がコイツだよ」
「貴方も私のことテメエ呼ばわりしてたでしょ!」
「あわ......あぇ......ふ、二人とも、落ち着いて? どーどー。あ、てか、楓! フォーサイス様は!? フォーサイス様置いて東京に遊びに来てるんじゃないよね!? また拗ねるよあの人!」
コイツの中でステラは子供か何かなのか。
「外に居る」
「あ、なら良いか......で? これどういう状況?」
「それよりもまずお前が何で此処に居るか聞きてえんだが」
「私、優那のお家に居候させて貰ってるの。で、そのお返しに優那のお店で働いてる。オッケー?」
「おー......」
そうなった経緯やら何やらが丸々、カットされているのが気になったが、ロッテが雨風を凌げる場所を確保出来ているということが分かったので良しとしよう。
「なら次は楓の番。何で此処に居るの?」
「ステラが其処の女と知り合いらしくてな。友達を紹介するって、ステラにこの店まで連れてこられたんだよ。そしたら、其処の女が急にギャアギャア騒ぎ出して俺をこの部屋まで引っ張ってきたんだ」
俺の説明を聞いたロッテはキョトンと首を傾げた。
「優那とフォーサイス様がどういう経緯で知り合いになったのかめっちゃ気になるんだけど、それは一旦置いとくとして......え、後半どういうこと!?」
「しっらねえよ! 其処の女に聞けよ!」
「ひいっ!? ごめんなさい......ゆ、優那、何で楓をバックヤードまで連れて来たの?」
しまった。ロッテに怒鳴るのは違った。
「・・・・」
ロッテの質問に山本優那は答えず、沈黙した。
「ゆ、優那ー?」
「......ロッテ」
「え、あ、うん」
「ロッテ、あなた、何で男と話せてるの!?」
「あ、其処?」
「だ、だってだって! ロッテはいつも、電車で横に男が座ってきただけで震えてるじゃない! そんなロッテがどうして......」
「いや、楓は友達というか? 何というか〜」
「ロッテが男の人を名前呼び......嘘。貴方、何者よ! わ、私は友達としてロッテやステラを守る義務が!」
「守るって何だよ! 俺がコイツらに何したって言うんだ!?」
「してなかったら、ステラやロッテみたいな年端もいかない女の子が貴方みたいなオッサンと付き合ってる訳ないでしょう!? 何なら、ローの男性恐怖症の原因って貴方なんじゃないの!?」
「俺が恐怖症の原因なら何でロッテは俺と普通に話せてるんだよ! おっかしいだろ! 後、誰がオッサンだ! 俺はまだ26だぞ! ざっけんな!」
「ちょ、ちょっと、待ってよ優那。楓は私の恩人というか......」
「ロッテは黙ってて!」
「ひやぃ......! ふぉ、フォーサイス様あ! 其処に居るんでしょー! 助けてくらさいー!」
コイツ、男以外からでも怒鳴られたらダメージ受けるんだな。
「ロッテ......!? 何で貴方が此処に居るのよ......あ、ごめん。私、この部屋入ってきて良かったかな」
「いや、え? あ、まあ、良いけど......ロッテとステラ面識あったの!? ふぉ、フォーサイス様ってステラのこと!?」
「あー......うん、ステラ・フォン・フォーサイスがフルネームだけど、一応」
「俺に対しては名前、出し渋った癖にこの女にはヤケに簡単に名乗るのな」
「嫉妬やめてよ面倒臭いな......で、この状況何?」
「い、いや、その、ステラ! やっぱり、おかしいよ。ステラみたいな若い女の子がこんなゴツイのと暮らしてるとか! ロ、ロッテと交友関係持ってるのも謎だし!」
「遠回しにこの人のことロリコンだって言ってる?」
「うん!」
「うんじゃねえよ、キレるぞ」
「......あー、そっか。楓、目つき悪いし、目元の皺凄いし、顔も全体的に悪人面だもんね......悪人面の楓と幼女体型のフォーサイス様が並んでる様子を冷静に見ると、確かに犯罪臭するかも」
何かに納得した様子でうんうん、と頷くロッテ。俺がギロリと睨むと彼女は『ひいっ!? ごめん!』と言って、山本の後ろに隠れた。
「なあ、ステラ」
「何」
「俺が今、此処でブチ切れてこの店から出て行ったらお前はどっちの味方する」
「......言わないと分からない?」
俺はその言葉を聞くなり、山本達に背を向けた。
「これ以上、此処に居ても気分悪くなるだけだ。帰る。またな、ロッテ」
そう言うと、俺は徐に店の外へと歩き出した。
「へ? あ、ああ、うん......バイバイ」
「ちょ、ちょっと、待ちなさい! 話はまだ終わってな......」
「優那、ごめん。こんな感じになったの、私のせいだね。また来る。じゃあね」
そんなことを言うと、ステラは無言で俺を追いかけてきた。俺も良い大人、社会人なのだから子供みたいなことはしたくないのだが......何故だろう、俺はいつまでも子供みたいだ。
「言い訳していいか」
「お好きにどうぞ」
「俺、親が死んでからずっと、こんな感じでやさぐれて生きてきたんだ。大学も退学したから殆ど行ってないし。そんで、あのブラック企業だろ?」
「うん」
「だから、俺は歳を重ねてるだけで精神の方は、親を亡くしたあの時のままな気がするんだよ」
「あなたの思い切りの良さとか、適応能力とか、子供みたいだもんね。あなたがもし、年相応の精神を持っていたら、多分、今みたいな生活は無かったんじゃないかな」
「......確かに、良い歳した大人がテメエみたいなサキュバスを名乗る女に弄ばれたりする筈ねえしな」
「弄ばれてる自覚あるんだ」
「お陰様でな。......さっさと、空飛んで帰るぞ。んで、正月用に買っときながら殆ど飲むことなかったワイン開ける」
「......心は子供なのに、酒は飲むのね。良いわ。付き合ってあげる」




