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第八話 幸福


「指紋で『ロック』が解除され、画面を『タッチ』することで機械が反応し、『アプリ』を使うことで多種多様な用途に使える板、『スマートフォン』。『インターネット』に接続し、『検索エンジン』を使えば様々な情報を瞬時に得ることが出来る......か。ねえ、暁楓」


「あ? お前に名前で呼ばれると何かむず痒いな」


「人間ってこんなものを開発出来るくらい、知能レベルが高いんだね。私、人間のことを生殖欲求だけに従う下等動物だと思ってた」


「あのな......」


 買い与えたスマホをポチポチと弄りながらそんなことを宣うサキュバスに俺は呆れた。既に大方の契約を済ませたのでインターネットも電話も外で幾らでも使える状態だ。分からないことがあれば、これからはネットで自ら調べてもらおう。

 帰ったらネットリテラシーについて色々と教えなくては。


「というか、その、良かったの? 安くないんでしょ、これ。契約とかもしてくれていたみたいだし」


「安月給ではあったが、そもそも金を使う暇さえ与えて貰えなかったお陰で貯金は少なくねえ。二世代くらい前の旧型だが、お前が使うには充分すぎる性能だ。有り難く受け取っとけ」


「ふうん......」


 何処か不満そうに俺を睨むサキュバス。何か彼女のお気に召さないことをしてしまったのだろうか。


「スマホも買ったんだし、そろそろ、飯の材料、買いに行くぞ」


「うん。分かった」


⭐︎


 その後、スーパーにて飯の材料を買い終えた俺達は帰り道、洒落た喫茶店を見つけた。名前は『かさご』。何故、魚屋でもなければ居酒屋でもない喫茶店が魚の名前を店名にしているのかは謎だが、俺はサキュバスの手を引っ張り、つい、フラリとその店に入店してしまった。


「ねえ、暁楓」


「あ?」


「帰るんじゃなかったの?」


「疲れてたんだろうな。気付いたら店ん中に足を踏み入れてた。俺の我儘に付き合わせて悪い。好きなもん頼め」


「私、メニュー表のスイーツ、全然、何が何だか分からないんだけど」


「料理はこっちの世界と同じもの食ってる癖に、スイーツは違うんだな」


 メニュー表に記載されているスイーツはパンケーキやショートケーキ、チーズケーキにパフェ、プリンと一般的な洋菓子ばかりだ。これらを彼女が知らないということは、向こうの世界と此方の世界のスイーツはかなり異なっていると考えるのが妥当か。


「うん。だから、私は大丈夫。あなたが好きなものを選んで」


「......すみません。珈琲二杯とスペシャルパンケーキとプリンをお願いします」


 俺は近くの店員にそう注文をした。あ、そう言えばコイツ、珈琲飲めんのかな。まあ、もし、飲めなかったら飲めなかったで面白いから良いか。何時も澄まし顔で暴言を吐いたり、人を見下したような発言ばかりしているコイツが珈琲の苦さに顔を歪ませている姿を想像するだけでワクワクする。


「あなたが敬語を話しているの、新鮮ね」


「これでも立派な社会人だからな」


「碌に訴えもせず、残業代の発生しない時間外労働を甘んじて受け入れ、会社に消費されるだけの存在が立派な社会人?」


「うっせえ。最終的には辞めただろ」


「それは私にチャームを掛けられて、やっとじゃない」


「チッ......」


 そんなやりとりをしていると、早速、飲み物とスイーツが運ばれてきた。店員が机の真ん中に置いたプリンとパンケーキの皿を俺はサキュバスの方に寄せる。


「これは?」


 自分の方に動かされた皿を見てサキュバスが首を傾げる。


「やる。食え」


「どうして、私に?」


「......お前、まだ自殺、全然、諦めてねえだろ。甘いものを食うことで発生するささやかな幸せを感じられれば諦めるかもしれない、と思ってな。まあ、別に俺の意図なんて気にしないで食ってくれ。不味くはないと思う」


 俺の言葉を聞いたサキュバスは僅かに眉を顰めた。


「あなたと居ると、何だか苛立ってくる」


「あ?」


「不意にあなたのことを殺したくなる」


 サキュバスは可憐で、妖艶で、美しい目から重苦しい視線を俺へと送ってきた。その目を見ていると、何だか体がポカポカと温まり、息が荒くなる。

 目を逸らさなければ。そう本能は叫ぶが、俺は彼女の目に釘付けになってしまっていた。このままずっと、彼女の目を見ていたい。このまま永遠に彼女に見つめられたい。俺の心がそう叫ぶ。


「......ふうっ、すうっ、はあっ、っ」


「こうやって、ちょっとサキュバスに見つめられるだけで魅了されちゃうような弱者の癖に、どうして、あなたはこんなにも私の心に波を立てるの?」


 サキュバスは立ち上がり、テーブルの向かい側の席から俺の横の席へと移ってきた。そして、更に椅子を動かして俺との距離を詰め、俺の顔に手で触れた。気持ちが良い。脳が蕩け、眠ってしまいそうだ。


「さきゅ、ば、す......?」


「このまま私がちょっと、力を入れさえすれば、あなたの顔なんてぐちゃぐちゃになって、肉片を飛び散らせることになるのに。ムカつくね。あなた」


 そして、彼女は自らの口を俺の耳元に近付け


「ねえ、殺してあげようか」


と、幼くあどけなさの残った声で囁いてきた。


「お前が......俺を殺してスッキリするなら、殺してくれても構わねえ」


 俺は多少残っていた自我を振り絞って言葉を紡ぐ。


「ふうん......。美味しいね、これ。『パンケーキ』って言うんだっけ」


 気づけばサキュバスは元の席に戻り、何事も無かったかのようにパンケーキを味わっていた。俺の頭の中を支配していたフワフワとした感覚も消えている。


「一体、何がしたかったんだよ。お前」


「このプリンって奴、上のソースの苦味が絶妙だね......。美味しい。あ、スマートフォンで記録を残せるんだっけ。この『カメラ』ってアプリを起動すれば良いの?」


 聞いちゃいねえ。


「おい、サキュバス、写真を撮るのも良いが、パンケーキのアイスが溶けてきてるぞ。早く食え」


 先程、『殺してくれ』と頼んでいたら彼女は本当に俺を殺していたのだろうか。というか、そもそも、俺の見る悪夢を消してくれたり、あの会社を辞めさせてくれたり、俺に礼を言ったりと先程まで友好的だった彼女が何故、あんなことを突然、言い始めたのだろうか。

 サキュバスの特性なのか、コイツ自身の個性なのかは分からないが、兎に角、コイツは厄介な性格をしている。

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