第七十九話 一時
「......何でテメエに東京の友達が居るんだよ」
ステラの『友達』とやらを紹介してもらうため、神奈川からそこそこの時間を掛けて東京までやってきた俺はそう言った。
「あなたが旅行に行ってる間、暇で散歩してたら東京まで着いてたのよ」
「散歩感覚で県境越えんな」
「その子、財布を無くした......というか、盗まれててね。私が犯人探しに付き合って、犯人から財布を奪い返してあげたことがきっかけで友達になったの」
「......他人が占有してる物を取り返したら、窃盗罪が成立するからな。基本的にこの国の法律では自力救済が認められてない。自分で奪い返さず、警察に行け」
「大丈夫。痛め付けて口封じをしておいたから」
「いや、もっと不味いだろそれ。暴行罪、怪我させてたら傷害罪が余裕で成立するぞ。守人にキレられても知らねえからな」
俺のことはどれだけ、いたぶって貰っても良いので犯罪を犯すことだけはやめて頂きたい。
「ヤケに詳しいね」
「法学部中退だからな」
「ああ......そうなんだ」
「これでも昔は弁護士に憧れてかなり勉強してたんだよ。家が燃えて精神病になって、そのまま自主退学したが」
「あなたが妙に教養あるのってそういう所が起因してたんだね。......あなたに弁護して貰うの、不安だな」
「はんっ。そもそも、俺は淫魔の弁護なんて承らねえから安心しろ」
俺が鼻を鳴らすと、ステラは『はあ......』と大きな溜息を吐いた。
「私とあなた、いつも喧嘩してるよね。何だか疲れて来たわ」
「お前に喧嘩してるなんて自覚があるとは驚いたな。喧嘩って対等な者同士でしか起きねえだろ」
「......そうね、確かに。どう考えてもあなたより私の方が何もかも上なのだから、喧嘩するだけ無駄な筈なんだけど」
「だけど?」
「嫌いじゃないのよね、あなたと対等な立場で話すの」
「そうかよ」
「......この私が下等生物如きに対して、話すのが楽しい、って言ってやってるんだけど」
「あっそ」
「ムカつくね」
「下等生物の戯言如きに感情左右されるってこたあ、クイーンサキュバス様もその程度ってことだな」
「......はあ。また、こうなる。たまにはもう少し穏やかに出来ない?」
俺の煽りに対して、ステラは首を振りながらそう言った。
「大体、テメエの態度が尊大なのが原因だろ」
「あなたがもっと、私にへりくだっていれば良いんだよ。私に勝てたことなんて、一度もない癖に虚勢だけはしっかり張るんだから......」
「弱い犬程よく吠えるんだよ」
「それ自分で言う......? あなたってプライド有るのか無いのかどっちなのよ」
「大体のプライドはテメエに既に破壊されてるが、形だけでもプライドは残しておきたい」
「......まあ、私としてはそっちの方が燃えるんだけどね。直ぐに堕ちられたらつまんないから」
もう、結構、堕ちるところまで堕ちているのだが。
「そういや、朝飯食ってなかったな。テメエの友達とやらに会いに行く前に飯食わねえか」
「どうぞお好きに」
「ムカつくな」
「あなたの真似だよ。こういうことよく言うでしょ」
「・・・・」
⭐︎
「美味しい」
「朝からよく食うなお前......」
かなり分厚めのパンケーキが三枚重なったのを二皿も注文した彼女に俺は苦笑した。しかも、両方、バニラアイス付きである。
「ワッフルも美味しそうだったから頼むわ」
「俺の金なのを忘れるなよ」
「あなたが働けているのは私が居るからでしょう?」
サキュバス然とした妖艶な笑みを浮かべるステラ。全てを見透かされているような、そんな気がしたが、コイツは何処まで行ってもステラだ。恐れることはない。
「......太るぞ。ただでさえ、この正月、餅ばっかり食ってる癖に」
「黙れ。サキュバスが太る訳ないでしょう」
「ちょい、こっち来てみろ」
「......何よ」
俺の言葉に従い、首を傾げながら席を立ち、向かいに座っている俺の元へ近寄るステラ。不意にそんな彼女の腹をつねった。
結構、掴める。
「これ全部、贅肉だろ」
「......ぁ......ぅ......ぃゃ」
本当に気付いていなかったのか、目を逸らしていた現実を直視してしまったことで動揺しているのか、ステラは過呼吸になりながら顔面を青くした。
「あ......あー、いや、お前、サキュバスの癖にガッリガリで貧相な体付きしてたし、ちょっと肉付き良い方が......うん、適してると思うぞ......」
「それ、本当......?」
「お、おー......俺はこっちの方が好きだぞ......? まあ、その贅肉は一切、胸に行かなかったみたいだが」
「ぁぅぇ......」
死にかけのゾウみたいな声を出してその場に崩れ落ちるステラ。コイツ、容姿のことに関してはかなり繊細だよな。
「おい、恥ずかしいから席座れ」
「ねえ」
「んだよ」
「痩せた方が良いかしら......」
「だああっ! 面倒臭えな。好きにしろよ。何で一々、俺に聞くんだよ。俺の為に容姿作ってのかテメエは」
「......サキュバス辞めたい」
小声ではあったが、それは彼女の魂の叫びのように感じられた。
「一応、言っとくが......いや、止めとく」
「言え」
「嫌」
「言いなさい。言わないと、帰宅後、酷い目に遭うわよ」
「テメエは直ぐにそうやって脅すよな。鞭しか使えねえのか。飴くれ、飴」
「あなたにとっての飴って何? 私があなたに与えられるものなんてそうないと思うけれど」
「......それ」
俺は彼女のパンケーキを指差した。
「......これ、あなたのお金で買ったものだよ? これをあなたに渡したところで与えたことにはならないと思う」
「違う。奉仕しろ、つってんの」
「......どういうこと?」
「察し悪いなテメエ! ほら、来いよ!」
そう言って俺は口を大きく開けた。
「本気で言ってる?」
「おう。お前が俺に何か与えるならこうやって付加価値を与えるしかねえだろ」
「......はあ。まあ、良いよ。野暮なことは言わないでおいてあげる。目、閉じて」
「おー」
彼女に言われた通り、俺は口を開けたまま目を閉じ、パンケーキが口の中に運ばれるのを待った。
すると、次の瞬間、俺の口には弾力のある柔らかいものが重なった。
「ん......」
異様にステラの声が近くで聞こえたかと思うと、直ぐに口の中にフワフワとしたパンケーキが放り込まれた。かなり濡れている。
「......誰が口移ししろっつった」
目を開けた俺は既に口を俺から離したステラを睨んだ。
「あなたでしょう」
「違えよ! フォークで口に運べ、つったんだよ!」
「だったら、そう言ってよ」
「分かるだろ普通! いや、分からなくても口移しって解釈にはならねえだろうがよ!」
「サキュバスのキスと体液の虜になったのかと思った」
「なってねえよ。後、お前の唾液、摂取して大丈夫かのかよ。一回、酷い目にあったが」
「大丈夫。あなた、かなり耐性付いてるみたいだから。ちょっと、頭がボォーッとしたり、興奮したりするだけだと思うよ」
「なら良いが......たく、やっぱり、お前って何処かズレてるよな......」
「でも、あなたは私のそういうところ、嫌いじゃないんでしょう? 私の嗜虐的で、悪魔的なところ」
「......さあな」




