第七十八話 羞恥
「......アイツ、まだ寝てんのか」
旅行から帰ってきた翌日、俺は一人、寝室で目を覚ました。ステラは大抵、朝の八時頃には起こしに来るのだが、既に時刻は九時を回っている。
俺は寝巻きのまま、ステラの部屋の前まで移動した。
「......やっぱり、無理。今度、マクスウェルに相談......いや、敵に塩を送るわけないか」
部屋の中からはステラが何やらブツブツと言う声が聞こえてきた。寝言ではなさそうだ。
「何、ブツブツ言ってんだよ。マクスウェルがどうした」
俺は彼女の部屋の扉を開けて、そう言った......瞬間、激しい左からの衝撃が俺を襲う。彼女の姿を殆ど視界に捉えることが出来ないまま、俺の体は右に吹っ飛んだ。
あまりにも速すぎて何をされたか分からなかったが、恐らく、衝撃の感じは尻尾によるものだろう。過去にも何度かされたことがある。
「いでえっ!?」
吹っ飛ばされ、壁にぶち当たった俺は思わずそう叫んだ。寝起きの体と脳にはあまりにもハードなイベントだった。
「あ、あなたはノックも出来ないような人間なの!? か、下等生物も極まってるね。今、着替え中......!」
顔を真っ赤にし、興奮した様子で尻尾を左右にブンブンと振り回すステラ。確かに彼女はパンツとブラジャーしか付けていない完全な下着姿であった。
「いや、痛くて動けねえんだよ......テメエのせいで」
「だ、だったら、もう一度、外に投げてあげる......!」
「止めろ! 今、割と笑えねえくらいに痛えんだから!」
「......私も、割と、笑えない状況なの。その、畜生じゃないんだから私の下着姿ガン見するの止めてくれる?」
彼女は自分の胸を腕で隠しながら、そう言って苛立ちを露わにした。
「お前ってブラもパンツも紫と黒系で統一してんのな」
「......日本語理解出来てないの? 私、見るなって言ったよね。目、潰すよ?」
「似合ってるぞ」
「よくも恥ずかしげもなくそんなこと言えるね......あなたってそんな気持ち悪い人だったっけ」
「俺はお前の弱みに漬け込むのが大好きなだけだ。お前がそんなに恥ずかしがってるの、珍しいからな。大体、何で下着見られたくらいでテメエは騒いでんだよ。俺、お前の裸見たことあるぞ」
下着姿を見られて恥ずかしがるサキュバスなんて前代未聞だ。
多少、控えめではあるもののしっかりとサキュバスとしての性質を持っているコイツが何故、下着如きで騒ぐのか。疑問で仕方がなかった。
「・・・・」
「んだよ。急に黙んな」
「何かムカつくね。『俺、お前の裸見たことあるぞ』って。何ていうのかな。私の大部分を既に理解しているとでも言うかのようでムカつく」
ジトッとした視線を此方に送ってくるステラ。何だコイツ。
「違うわ、面倒臭えな」
「私に羞恥心がある程度備わってることくらい、あなたなら知ってるでしょ。私が下着姿を見られても気にも留めないようなサキュバスなら、きっと、家では全裸で居ると思うよ。周りの目がある外は兎も角、家でこんな布を身に纏うなんて無駄でしかないもの」
「......つまり、お前は下着姿を見られることも、裸を見られることも、全部、恥ずかしいと?」
俺の確認にステラはコクリと頷いた。
「じゃあ、今までに何度か俺に裸見せたのは何だったんだよ。風呂とかも一緒に入ったことあったよな?」
「ちょっと、理性がイカれてるか、羞恥心を感じるほど心に余裕が無くなったときならそういうことも出来るかな」
「サキュバス辞めちまえ」
「......その言葉、今凄い刺さるから止めて」
「あ? どうしたんだよ」
「何でもない。そろそろ、痛みも引いたでしょ。出て行って」
大きな溜息を吐くと、ステラはシッシと俺を部屋から追い出す。その時にはあれほど強かった痛みも消えていた。知らぬ間に回復魔法をかけられていたらしい。
「なあ、ステラ」
「まだ何か......?」
「お前、最近、余裕無い感じあるよな。腹の底の見えないサディスティックサキュバスは何処に行ったんだ」
「割と本気で死んでくれないかな......」




