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第七十六話 出迎え


 二泊三日の温泉旅行を終えた俺は着替えや土産などが入った結構な重さのスーツケースを引きずりながら家へと辿り着いた。アイツが何か問題でも起こしていないか、気掛かりで仕方がない。

 スーツケースから鍵を取り出し、玄関の扉の鍵穴に差し込む。


「おかえり」


「......お、おー......?」


 扉を開けた瞬間、俺の視界には即座に紫が飛んできた。扉の前で待機してたのかコイツ。犬かよ。


「温泉は楽しかった? 私も久しぶりにあなたの居ない生活を送れてリラックス出来たよ」


 柔らかい口調でそう話すステラの顔は微塵も笑っていない。それどころか、彼女はいつもよりも長く、太くした尻尾を左右に高速で振り続けており、通常しまっている羽を忙しなくバサバサと羽ばたかせていた。

 

「そりゃ良かった......それよりテメエ、尻尾......」


 床や壁に穴が開きそうなくらいに激しく尻尾を左右に振るステラにビクビクしながら俺はそう指摘する。


「ん? ああ、ごめん。ちょっと、虫が居たみたい」


 彼女はそう言うと、自らの尻尾を掴み、尻尾をいつものサイズまで戻した。すると、尻尾が鎮まったことで行き場を失ったエネルギーはどういう原理なのか、彼女のツインテールに行ったらしく、彼女のツインテは扇風機の羽のようにグルグルと回り始めた。


「お前、さてはかなり寂しがってただろ。尻尾忙しなく振り回しやがって、犬か」


「別に」


「なら何でそんなにツインテールや羽がぶんぶん暴れてんだよ。何なら尻尾もまたデカくなって動き出したぞ」


 俺がそう指摘すると、ハッとした様子で尻尾を止め、ツインテールを掴み、羽をしまったステラ。彼女は苦虫を噛み潰したような表情をしながら此方を睨んできた。


「......折角、年越し蕎麦のために蕎麦粉を買ってきてたのに貴方が急に旅行に行くって言ったから無駄になったんだよね。アレに怒っているの」


「ロッテをやっただろ。由香から電話あったんだぞ。『ステラさんが寂しがってる』って」


「寂しがってない」


「じゃあ、今から一週間旅行行ってくるな。金は置いといてやるから」


「それはイヤ」


 俺との距離をグッと近付けて食い気味にそう言うと、ステラは俺の体を掴み、玄関のたたきと逆方向に俺を投げた。突然、そして一瞬のことだったため何が起きたのかも分からず、投げられる俺。地面にぶつかる寸前に彼女は俺の体を巨大化させた尻尾で受け止めてくれた。

 柔らかい、クッションのような尻尾に投げられた衝撃を吸収された俺はそのまま床に寝転ぶ形になる。


「......何のつもりだ」 


「精気干からびるまで吸ってやろうと思って。三日間、吸えてないからね。......私がソワソワしてたのは禁断症状起こしてたからなんじゃないかな」


「......淫魔様も大変だな」


「ああもうムカつく。あなたみたいな下等生物に私がこんなにも感情を揺さぶられるなんて......生意気。虫けら以下の存在の癖に。いい加減、悪魔に対する態度ってものを覚えさせた方が良いわね。躾けてあげる」


「虫けら以下の存在って、お前の人間に関する捉え方どうなってんだ。もしや、哺乳類は昆虫より下なのか」


「いや、あなたが絶望的に矮小な存在なだけ」


「お前の中の俺どうなってんだよ。......はあ、めんどくせ。さっさと、済ませろよ」


「ふうん......そういう態度取るんだ。泣いてもやめてあげないから」


「はっ、好きにしろ。こちとら、温泉旅行で英気を養ってきてんだ」


⭐︎


 後悔先に立たず。手加減して貰えば良かった。温泉旅行で回復した体力がパーになった。


「言って。『二度と私はステラ様を置いて旅行なんかには行きません』って」


 あまりにも暴力的な飴と鞭による吸精は既に始まってから三時間くらい経った気がする。あくまで体感時間だが。


「ふう......はあ......嫌に決まってんだろ」


「あなたのそういう反抗的なところ、嫌いじゃないけど、今は不快。何であなたみたいな下等生物が私に逆らっているの? あなたは黙って私に心身とも捧げていれば良いの」


 彼女はキッチンから持ってきた酎ハイの三缶目をグビグビと飲む。コイツが異様に暴力的で情緒不安定になっているのは恐らく、というかほぼ確実にそれが原因だ。


「いい加減、飲むの止めろよ。......お前、弱いんだから」


「弱いんじゃない。アルコールの分解能力を下げてるだけ。失礼なこと言わないで」


 と、言いながらステラは俺の頬を容赦なくビンタした。痛い。割と洒落にならないくらいの痛さだ。脳天が震えた。


「ほら、目、瞑って?」


「・・・・」


 逆らったら何されるか分からないので彼女の言葉に従うと、何やらゴムのような触感の先の尖った物体が俺の唇の中に入り込んできた。思わず目を開けると、其処には真顔で俺を見つめているステラと、俺の口の中にスルスルと入り込もうとしている彼女の尻尾が目に映った。


「残念、キスしてもらえると思った?」


「んぐんぐ......いや? お前の尻尾に触れさせて貰えて光栄だ」


「何それ、局所的な告白?」


「馬鹿」


「......痛いの嫌でしょ? 嫌ならほら早く言う」


 彼女は何の前触れもなく、俺の右足を掴んで変な方向に曲げまくった。


「いってえええええっ!? 何でこのタイミングでそれなんだよ! おかしいだろ! おい! 馬鹿、やめ......っっっ」


「骨の数本くらい折っても治してあげるから。安心して折られなさい」


「......由香に言ってやる。絶対、由香に言い付けてやる」


「気持ち悪いシスコンね。ほら、早く言え。二度とステラ様を置いて旅行には行きません、って」


「......テメエがこの三日間、寂しがってたことを認めるならやぶさかでもねえぞ」


 胃の内容物が今にも出そうになるほどの鈍痛に耐えながら、俺はそう言った。


「......馬鹿じゃないの? 妄言も大概にして。それにあなた、交換条件を持ち掛けられる程の立場なの?」


 首に手を掛けるステラ。殺されることはない、そう確信していた俺は


「ケッ。やってみろよ。俺は痛みには強いんだ。災厄に斬られたこともあるくらいだからよ」


と、啖呵を切った。


⭐︎


「っ、ゔぅぶ......お前を......置いて、旅行には......もう、行き......ません......二度と」


 再放送かよ。

 人間とサキュバス。勝敗は見えていたのかもしれない。しかし、俺はステラが自分を何処まで痛めつけてくるのか気になっていたのだ。

 ......そして、ステラは思ってより容赦がなかった。酔って理性が飛んでいるというのもあるのだろうが。


「......及第点。契約は成立ね」


 先程まで上気した様子で俺をあらゆる方法で痛め付けていたステラは俺の言葉を聞き入れるなり、直ぐに落ち着いた様子でそう言った。

 もう、限界だ。


「じゃあ......お前も俺を置いて旅行とか......っ、痛っ......行くなよ」


「寂しいの?」


「・・・・」


「ふうん......」


「せめて、行くにしても男とは行くな」


「どちらにせよ、契約のせいであなた以外の男からは精気吸えないじゃない」


「精気を吸わないにしても何かしらの被害が出るかもしれねえだろ。サキュバスを野放しには出来ねえ」


「......他のオスに私が触れられるのが嫌なのね」


「違え。逆だ逆。そのオスの方を心配してんの」


「なら、同意があれば良いでしょ」


「駄目だ。テメエは同意を盾にして、滅茶苦茶なことしかねねえ」


「......いい加減、本心を言ったら? 悪魔相手に嘘を吐くのは愚か者の行動だって私、あなたに教えてなかったっけ」


 ズキンズキンと痛む肩をさする俺の手をどけ、回復魔法を其処に掛けながらステラは言ってきた。


「......お前の被害に遭うのは俺だけで良い」


「気持ち悪い告白ね。歪んでる。分かってる? 私からすると、あなたなんてただの玩具兼ペット兼エサなんだよ?」


 何処となく機嫌良さげにステラは言う。


「わあってるよ。耳がタコになる程、似たような台詞聞かされたわ。犬だって飼い主が自分以外を構ってたら機嫌悪くするもんだろうが」


「......自分がペットだって遂に認めた。ま、なら、精々、私を飽きさせないようにして。あなたが面白い間はあなたの魂を狙っていてあげるから」


 微笑を浮かべ、クスクスと笑い声を出しながら彼女は俺のことを抱き締めた。体の痛みが一瞬のうちに消えていく。


「こうした方が回復魔法を一度に掛けられるし、あなたのことも魅了出来るから一石二鳥だね。......さっきはごめん。痛くしすぎた」


「やってること、DV野郎と同じだからな、テメエ」


「でも、あなたはそんな悪魔に魅入ってしまったんでしょう?」


 DV野郎に支配される人間の気持ちってこんなんな......のだろうか。


「......ステラ」


「何?」


「悪かったな、一人にして」


 俺はそう言って自分から彼女をそっと抱きしめた。


「......次、一人にしたら、死ぬから」 


「......ん」


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