第七十五話 友達
「今すれ違ったわ」
「はあっ!?」
GPS機能とやらで犯人探しを始めると、驚く程に早く犯人が見つかった。その犯人は優那の財布を盗んでから呑気にスーパーに寄って買い物をしていたのだ。
GPSの示す矢印と同じ方向に歩いている者は一人。私はすかさず、犯人と思しき人物に声を掛けた。
「ごめん、ちょっと、話、良いかな」
見るからにガラの悪そうな......まるであの人みたいに目付きの悪い黒い服を着た男だった。でも、あの人とこの男では決定的に目が違う。
腐った目の奥に小動物的臆病さを宿す彼と違って、この男の目の中にはそれが無かった。
「......はい? 何すか」
「此処じゃ、何だからちょっと外出ようか」
もし、少し揉め事になっても周りに迷惑を掛けないように私達三人はスーパーの近くの路地裏へと移動する。男は意外と素直に付いてきてくれたが、路地裏まで入ったあたりで明らかに警戒の色を強めたようだった。
「こんなところまで連れ出してきて、何だよ......」
「貴方、この子の財布をレストランで盗んだでしょ。言い逃れは出来ないよ。GPS付けてるから」
そう言って私は優那のスマホを男に見せる。その画面にはこの路地裏で点滅する点が映し出されていた。男の顔が曇る。
「......そのGPSのアプリが壊れてんじゃねえのお?」
「とぼけないで! 早く返してよ!」
と、優那が男に迫る。
「チッ。何だよ! ふざけんな!」
すると、男はそう叫んで優那を蹴った。私は直ぐにスマホで録画を始める。優那は悪魔、こんな人間に負けたりはしないだろう。
それよりも、あの人が
『もし、何か犯罪の被害に遭ったら証拠押さえとけ。この国の司法では証拠が滅茶苦茶、つええ』
と言っていたのでそちらを優先する。
幸い、男は優那に反撃されたりで忙しく、此方に気付いていないらしい。
「返して」
「クソッ! だから、俺は持ってねえって! 女がしゃしゃってんじゃねえぞ!」
そう言って男は優那の顔面を拳で殴る。彼女はその衝撃で頭から地面に倒れてしまった。
何かがおかしい。
「痛い......」
「優那っ!?」
私は慌てて録画中のスマホを服のポケットにしまい、彼女の元に近寄った。演技ではなさそうだ。
「うっ、あ......ああもうクッソ、こんな真似したお前らが悪いんだからな!」
優那を自分の予想以上に傷付けてしまった事実に恐怖したらしい男は半ば自暴自棄になりながら私の方へと拳を近づけて来た。
「ふ、ふふっ......人間が私に楯突くなんて良い度胸だね」
私は拳を容易く受け止めると、ふわりと飛んで身長差を補い、男の首を掴んでそのまま持ち上げた。
「うゔっ......ぅあっ!?」
「痛い? 辛い? うん、そうだよね。貴方は何も間違っていないよ。強い者が弱い者から奪うことは自然の摂理だよね。だから、貴方もその魂、私に捧げなよ。......ああ、でも、私が最初に手に入れる魂は既に決まっているんだった。貴方の魂は災厄にでもあげようかな」
このまま少し、力を強めればこの男はすぐに肉の塊に成り果てる。そう思っても不思議と興奮は得られない。何故だろう......。
ああ、そうか。
「......偏食家なんだろうな、私」
あの人の命を奪うことを考えれば自然とゾクゾクするものなのだが、この男を殺すことに其処までの意味は見出せない。
私は顔を真っ赤にして狂ったように悶える男を適当に投げ飛ばす。
そもそも、殺人なんてしたら朱音は勿論、ペスト医の奴が黙ってない。あの人も怒るだろうし、止めておこう。
恐怖で腰が抜けたのか、それとも単純に酸素不足で動けないのか、或いは投げた時の打ち所が悪かったのか、その場で痙攣しながら立ち上がらなくなったその男に私は近寄る。
「この財布だよね? 優那」
そして、鞄から優那のものであろう黒い長財布を取り出した。
「う、うん、それ。ありがとう。......でも、ステラ、その、やり過ぎだと思うわ。私達が捕まるんじゃない?」
財布を受け取りながら優那が男に視線を向ける。
「ん、安心して」
流石にこの男を放置するわけにもいかないので軽く回復魔法を掛けてやった。きっと、あの人は怒るだろう。まあ、それも良いかな。
「ねえねえ、ステラ」
男を治療し、適当に脅して何処かへ逃した後、路地裏から出るタイミングで優那が話しかけて来た。
「何? あ、財布見つかって良かったね」
「ありがとう。感謝するわ。お礼をしたいからご飯でも行かない? 貴方が取り返してくれた財布から奢るわ」
「良いの?」
「勿論、勿論よ。ステラが暇してたらだけど」
「こんなんに付き合ってる時点で暇しまくってるから良いよ。......というか、優那、さっきレストラン行って来たんじゃないの?」
「まだ、小腹空いてるし大丈夫大丈夫。それに友達とのご飯は別腹だから!」
「......友達? 誰と誰が」
「私とステラが」
「......ふうん」
不思議と悪い気分はしなかった。
⭐︎
「寿司、結構、イケるね」
生魚の切り身が酢を混ぜた米を固めた物の上に乗っているという異様な料理、寿司。存在自体は知っていたが、食べたのは初めてだった。
「ステラは外国人なの?」
「んー、まあ、そんな所......というか、やっぱり、貴方、人間なのね。人狼って何よ」
「......?」
「あー、うん。分からないなら良い。ごめんね。勘違い」
「ねえ、というか、ステラって中学生? 高校生?」
「は? ......大人だけど」
厳密に言えばニ月の末くらいで19だが、学生ではないし、サキュバスなので人間より精神も成熟してるし、大人といっても支障はないだろう。
「ご、ごめんなさい......若く見えたわ。お仕事は?」
「ニート」
「・・・・」
「家事はしてるよ。専業主婦って言っても良い、筈。結婚してないけど」
あの人は全く気にしていないみたいだけど、流石にそろそろ働かないといけない気がしていたところである。
......私、人間に染まり過ぎかな。もう少し、悪魔として傍若無人に振る舞っても良い気はするけど。
でも、あの人に嫌われたくないし......。いや、サキュバスである私が人間のオスからの評価なんて気にしていちゃダメ......でも、私、あの人に嫌われたらどうやって生きていけば良いのか......いや、そもそも、私のことをあの人が嫌いになれないのは百も承知......。
「恋人と住んでるの?」
「いや、恋人じゃないけど......パートナーというか、何というかそんなのだよ。変なオス」
「お、オス......男の人なのね。そっかあ。ステラのパートナー、見てみたいなー」
「......良いよ。また、会いたいしね。連絡先交換しておこうか」
「あ、うん。これ、渡しておくわ」
そう言って彼女が財布から出したのは彼女の名刺だった。何故、こんなものを、という疑問は直ぐに解決された。
「服屋さん、やってるんだ」
その名刺は服屋の店長、山本優那としての名刺だったのだ。所在地は東京だけど、今日みたいに飛べば一瞬だ。
「うん、ステラなら、ステラだったら安くするからきっと来て」
きっと、今度はあの人も連れて行こう。




