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第七十二話 無


「ステラ」


「何?」


「明日から平沢達と旅行に行ってくる」


「......は?」


「いや、平沢が温泉のチケットを親戚から貰ったとかで職場の四人で行くことになったんだよ」


「急過ぎない?」


「前から確定してたけど今話した」


「......ああ、腹が立つ」


 明日は大晦日。日本では年越し蕎麦なるものを食べる習慣があるそうなので蕎麦粉を買ってきたのだけど、無駄になりそう。


「別にお前との予定は何も無かっただろ。その間、家事が出来なくなるのは悪いが......まあ、埋め合わせはする」


「いつまで?」


「1月2日まで」


「3日ね......」


「ま、お前なら特に困ることはないだろ。留守番頼むな。金は十分に置いて行くから」


 コクリと頷くことしか出来なかった。不満は沢山あったけど、そのどの不満も口に出すことが出来ないようなものだったから。


⭐︎


「じゃな。土産買ってくるから」


「......ええ」


「んだよ、テンション低いな。折角、俺が居なくなるんだから喜べよ」


「いってらっしゃい」


「......おう」


 そうして彼は扉を閉めて、旅行へと行ってしまった。私は暫く、玄関で立ち尽くし、数分後、我に帰ったようにリビングへと戻った。食事をする気にはならない。そもそも、あの人に合わせて食べているだけでご飯なんてホントはさほど必要ない。


「......四人?」


 リビングですることもなくゴロゴロしていると、不意に彼の言葉が思い出された。彼の同僚は平沢悠生、ペスト医、そして......。


「フィーネ」


 思わず声に出てしまった。気付かなかった。あの人がフィーネと旅行に行こうとしていたなんて。駄目だ。呼び戻さなくては。


『急に電話かけてきてどした』


「帰ってきなさい。フィーネが一緒なんでしょ? あの娘に何されるか、分からないわよ」


『店長が旅行中は守ってくれるって言ってる』


「・・・・」


『何ー? ボクの話? やあやあ、お姫様、君の暁クン、ちょっと借りるからね。寝取りまーす』


 殺す。


『おい、止めろ。返せよスマホ!』


「・・・・」


 私は電話を無言で切った。まあ、彼が仕事に行っているときは私も一人でこの家に居るわけだし。それが三日だからといって特段、困るようなことはないだろう。いつも通り......いつも通りにしていれば良い。


「夜ご飯くらい、作ろうかな」


 時刻は19:30。何か、今日、一日の記憶が無い。ずっと、寝転んで過ごしていた気がする。無意識のうちに足が玄関の方に向かったが、直ぐに『今日は彼を出迎える必要はない』と気付き、キッチンに向かった。

 それからはもう最悪。蕎麦粉から蕎麦を作るつもりだったのだが、途中でどんどんやる気がなくなってきて、最後の方は麺の切り方も驚くほど適当になった。しかも、馬鹿なことに四人前の麺を作ってしまったのだから悲惨。

 いつもは私と彼で二人前ずつくらい食べるのだ。


「もしもし、マクスウェル?」


『ステラですか』


「うん。ご飯でも食べに来ない?」


『申し訳ありませんが、私はまだ仕事が長引きそうなので......あ、荒井さん、其処、違います。あ、山本さん、少々お待ちを』


「あー、うん。大変だね。頑張って」


『ありがとうございます。では......』


 マクスウェルは働いてるんだった。

 なら......。


『はへ? ステラさん? どうかしましたか? もしかして、ウチの兄が何か......』


「違うの。彼は旅行に行っててね。間違えてあの人の分までご飯作っちゃったから一緒に食べてくれない?」


『あ、ステラさんごめんなさい......今日、大晦日なのでマクスウェルのためにお蕎麦買って待ってるんです』


「ああそう......悪いわね」


『こ、此方こそごめんなさい......』


 今、気付いた。私、友達が殆ど居ない。もう、電話を掛ける相手、居ない。あの人が結構、仲良くしてる朱音とは微妙な関係だし、ラプラスとはあまり接点がない。

 星加千隼や災厄は友達ではないし、そもそも、関わりたくない。


「いや、居るじゃない。一番の友達が。はっきり言って、存在、忘れていたけど。こうなれば今すぐ電話......アレ、あの子の電話聞いてたっけ。というか、あの子、電話持ってなかったような」


 一気に全身の力が抜けてその場に倒れてしまった。いっそのこと、もう死んでしまおうか。旅行から帰ってきたとき、私が死んでいたら、あの人は私を放って旅行に行ったことを後悔するかな。

 激しい頭痛と自殺欲求を肥大させているとインターフォンが鳴った。私は直ぐに玄関に向かう。


「はい......」


「フォーサイス様、何か、楓から電話があって来たんですけど......」


「ロッテ......?」


「え、ええ、はい」


「......ロッテ。ぅぁあ......ロッテ」


「フォーサイス様......! どうしてこんなことに......! クソッ、楓のせいで......!」


「どうして......それ」


「『ステラが飯作り過ぎたのに、来てくれる人居なくてヘラってるらしいから行ってやれ』って楓に言われたんですよ」


「由香かマクスウェル......ね。ヘラってるって何?」


「私も分かんないです」


「後でスマホで調べるわ。......それより早く中に入って。一緒に年越し蕎麦、食べよ?」


「は、はい! フォーサイス様と年越しを共に出来て光栄です!」


 そう言って敬礼をするロッテを私はぎゅっと抱きしめた。


「ありがとう。やっぱり、私には貴方しか居ないわ。人の気持ちを考えることの出来ない偏屈で捻くれた精神に度々異常を来す、人間の中でも異常な思考と行動を見せる気持ち悪い変なオスなんかどうでもよくなるくらいに」


「ふぉ、フォーサイス様......?」


⭐︎


「さあ、どんどん食べて頂戴。蕎麦以外にも色々あるわよ。カップラーメンとか、うどんとか、冷凍ピザとかトックスープとか」


「ふ、ふえ、そ、そんなに食べられないですよ私。後、何か粉系多くないですか......?」


「それ二人前だよ? 少なくない?」


「フォーサイス様、二人前って二人分って意味ですよ」


 苦笑しながらそんなことを言うロッテ。もしかして、私とあの人って大食らいなのかな。......いや、私はサキュバスだし沢山食べるのが普通な筈。デュラハンが低燃費なだけ、きっとそう。


「ご馳走様でした! 香り高くてモチモチしててとても美味しかったです!」


「お粗末様......喜んでくれて嬉しいわ。あ、アイス、持ってくるね。あの人が買ってきた奴だけど......まあ、良いかな、あんなののことなんて」


「楓に対して当たり強くないですか」


「私は淫魔、彼は人間。対等ではないのだから当然だよ。それとも貴方は人間なんかに合わせてわざわざ背を低くしているの?」


「......私の場合、人間には借りがありますしね。後、男の人、怖いので基本的に対等どころか下手に出てますよ。怖いので」


「何で二回言ったの」


「怖いからです」


「そう......」


 この子のオス嫌いは何が原因なんだろうか。別に過去に男に何かされたとか、そういうことは聞いたことがないし、多かれ少なかれ淫魔の血が入っているのだからオスに多少の興味は有る筈なのだが。


「そういえば、貴方、今、どうやって暮らしてるの? 家は見つかった?」


「あ、はい! 私、人間の女の子の家に泊めて貰ってるんです!」


「......へえ? 守人とか?」


「いや、一般人の子です。何か、行く宛が無くて路上で号泣してたら救いの手を差し伸べて貰えました」


 そんなことになっていたのか。別に家が見つかるまでならウチに居てくれても構わなかったんだけどな。少し、可哀想なことをしてしまった。


「正体は明かしてるの?」


「いえ、隠してますよ。タダで居候するのは悪いので今、お仕事探しているのところなんです。フォーサイス様、良い仕事とか知りませんか?」


「い、いや......ごめん。知らない。私、働いてないし。人間の知り合い殆ど居ないし」


「あ、そ、そうですよね! 皇女様が働く必要なんて有りませんよね! 申し訳ありませんでした」


「......あいや、そういうことじゃないんだけど」


 よくよく考えると、私は家事の全てをしている訳ではないし、一日中、暇な時間の方が家事をしてる時間より多い。マクスウェルは由香を養いながら働いているし、朱音も、フィーネだって働いてる......ロッテも働くって言ってるのに私だけ働かなくて良いんだろうか。

 というか、私、交友関係が少な過ぎるわね。いや、別に友達、それも下等生物の友達なんて要らないんだけど......最近、こっちの世界に来たロッテにさえ人間の友達が居るのに私が居ないのはどうなの。

 マクスウェルやフィーネも職場での関係があるでしょうし、もしかして、家に篭ってばかりの私っておかしい......?


「フォーサイス様、どうかしました?」


「い、いや、何でもないよ。今度、その同居人、紹介してね」


 つらい。

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