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第七十一話 睨み合い


「それじゃあ、私とマクスウェルはこっちだから。またね」


 ショッピングモールを出て、電車に乗り、最寄駅から少し歩いた丁字路で由香がそう言う。時刻は日本標準時で17:27、既に日は落ちていた。


「おう。また顔見せろよ」


「勿論よ! 正月になったら遊びに行くからね!」


「方向が同じですので私は兄さんを送って行きます。では」


 そうして、奇妙な『家族水入らず』の外出は終わった。しかし、本当の意味で『今日』は終わっていなかった。二人が見えなくなったとき、徐に口を開く。


「......出てきなさい。日本語では貴方がたのような者のことを『ストーカー』と呼ぶそうですよ」


「へ!? マクスウェル!? 誰か居んの!?」


「ええ。詳しい説明は彼女らからして貰いましょう」


 突如、光学迷彩を切ったかのように少しずつ透過が薄れて行き、二人が現れた。透明化魔法の類いだろう。生憎、魔法は殆ど使えないので詳しいところまでは分からないが。


「貴方には前科があるからね、マクスウェル。また、ウチのを拉致なんかされたら大変。それは分かってくれるよね?」


「あ、由香ちゃん、こんばんは。いやあ、お姉ちゃんと暁クンがランデブーしてるみたいだったからさ、付いていっちゃった」


「うわあっ!? 怖っ!? ステラさんとフィーネさん!? いつから居たんですか......」


 由香が驚いた様子で私の機体に身を寄せてきた。


「逆に聞くけどマクスウェル、一体、いつから気付いてたの?」


「朝、人間が私達と合流したときからです。人間が『今日、此処に来たのはお前たちだけか?』という趣旨の妙な問いをしてきたので怪しく思い、レーダーを起動させたら貴方がたが捕捉出来ました」


「ええ......じゃあ、マクスウェルはほぼ、最初っから気付いてたんかい。教えてよ」


「申し訳ありません。三人が折角、楽しんでいるのに気分を害することに繋がるかと思いまして」


「つーか、二人に若干、気付いてた兄さん何者」


 私はステラとの距離を50cm程まで縮め、彼女の顔を見つめた。


「え? 何......」


「私も貴方のように髪で片目を隠した方が彼からの受けが良いのですかね。それとも、貴方のようにもっと、彼に暴言を吐いたほうが良いのでしょうか」


「......私の模倣を考えるとは、相当、自分に自信が無いみたいだね」


 彼女は少し余裕のある口調でそう言った。ほくそ笑んでいそうな声色だが、彼女の表情筋はほぼ動いていない。


「模倣するつもりはありません。ただ、貴方から学べる所は学ぼうとしているだけです」


「あの人、やさぐれているけど被虐性欲者の気質があるから痛め付けたり、罵倒してあげると少し喜んでるよ。でも、果たしてその役割を彼は貴方に望んでいるのかな......?」


「というと」


「私と彼の関係は私と彼だからこそ築けたモノってこと。......彼は私に殺されても良いって思っているからね。でも、貴方に殺されるのは不本意なんじゃないかな、彼」


 ステラが何を言っているのか、私には理解出来なかった。被虐性欲というものがあるというのも知っている。彼が元来、内気で、穏健でその気があることも、ステラからのぞんざいな扱いを少し喜んでいることも知っている。それは全て由香の話や彼の観察結果から分析済みだ。

 しかし、彼がステラに殺されることを容認しているということは全く知らなかった。そして、何故そのような結論に彼が至ったのか、その思考プロセスは私のコンピュータを使っても尚、分からなかった。


「兄さんが死にたがってる......? 確か、その、兄さんは自殺を止めたんじゃ......」


「ええ。貴方が戻る前は兎も角、貴方が戻ってからは生きる明確な理由が出来たみたいで、生きようとしているわ。それでも、やっぱり、過去に負った心の傷は大きいんじゃないかな。彼、私になら殺されても悔いがない、って本気で言ってた」


「そんな......パパとママは生きたくても生きれなかったのに」


「まあ、破滅願望があるのは私もだから何とも言えないんだけどね。其処に関しては私と彼の問題よ。貴方は貴方の人生を生きなさい」


 ステラはそう言うと、再び私に目を合わせた。


「マクスウェル」


「はい」


「あの人を寝取ったりしたら殺すからね。私の大事な精気補給源だから」


「それはつまり、彼が貴方を捨てる可能性があるということですか? 自信が無いのは貴方では?」


「......そう。私はサキュバス、皇女の『失敗作』として貴方とフィーネに命を狙われるようになった身。そもそも、魅力なんて無いのよ。確かに彼はある程度、私に心を許してはいるけど、それは互いに自殺願望があったときからずっと、付き合ってきたから。朱音や貴方のように真に彼を愛している者には負けるわ。奥の手のチャームだって使うつもりはないしね」


「では、本当に貴方は彼に好意を持っていないのですか?」


「当たり前よ。淫魔が人間のオスに恋をするだなんて滑稽じゃない。嫌いではないけどね。ただ、一応、今の彼は私の物。手を出したら絶対に許さない」


 鋭い目で彼女は私を睨む。その目には私への憎悪とも、殺意とも違う別な感情が宿っているようだった。


「ねえ、ねえ、ボク、ずっと、空気なんだけど。お姉ちゃん、お姫様と喧嘩ばかりしてないで構ってよ」


「誰ですか貴方は」


「......んうっ!?」


「お引き取り下さい。私は貴方のことを知りません。それより、ステラとはもう少し、話をしなければ」


「ああ、ごめん、マクスウェル。そろそろ、あの人が家に着く時間だから、帰るね。出迎えてあげないと」


「随分と尽くしているようですが?」


「帰ってきたときに『おかえり』って言うと、彼、嬉しそうにするからね。居候させて貰っているんだから、それくらいはしてあげても良いかなと思って。じゃあね」


 黒い翼を広げ、軽やかにステラは飛び去る。そして、此処には私と由香、フィーネだけが残された。


「お姉ちゃ......」


「不愉快です。失せないならば此方が消えます。由香、帰りましょう」


「え、あ、いや、う、うん......」


「ねえ、お姉ちゃん。ボクを放っておいたらロクでも無いことになるって知ってるよね? シカトしないでよ」


「何をしようが貴方の勝手ですが、貴方に守人を凌ぐ程の力は無いでしょう。後、貴方の権限を内側から消去することに成功しましたので今後、貴方は私に一切の命令を聞かせることが出来ません。では、さようなら」


「あーあっ、良いのかな? ボク、暁一家を襲った放火魔についての情報を持ってるんだけどな!?」


「え、フィーネさん、それ本当......」


「由香、耳を傾けてはいきません。帰りましょう」


 アレを妹とは今後、認めない、絶対に。

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