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第七十話 異常なし


「......美味しい。味が濃いです」


「戦時中の子供みたいな感想やめろ」


「うっすいすいとんしか食べさせて貰ってない子供みたいだね」


 某イタリア料理のチェーン店で食事をすることになった俺達は目を輝かせながらドリアを頬張るラプラスを眺めていた。やはり、ラプラスは少し常識が欠けているだけで感情は豊かなようだ。


「塩くらいならお送りしますよ?」


 羊肉をアテにワインをチビチビ飲むマクスウェルがラプラスにそう言った。


「あ、いえ、朱音曰く、減塩は節約と同時に健康の為でもあるそうなので問題ありません」


「アイツ、意外と健康志向なのか」


「偶に精進料理を作ってくれます」


「精進料理って仏教だろ。アイツ、神社の出じゃねえのか」


「神仏習合って奴かあ......てか、あの中身も容姿もメンヘラ臭のする朱音さんが精進料理とかめっちゃ意外だね」


「結構、酷いこと言うなお前。......まあ、確かに。神社の奴らとは決別してるし、宗教毛嫌いしてる癖にな」


 俺はそう言うと、ハンバーグを口に運び、それをライスで追った。うん、美味い。ステラの飯も美味いが、たまには外食も良いものだ。


「ああ、朱音の宗教嫌いは確かに凄いですね。はむ......んぐんぐ、美味しい。朱音、リビングに『ツァラトゥストラ』とかいう本を飾っていますし。無神論を全面に出した本でした」


 食べながら喋んな。


「ニーチェか。何と無く朱音(アイツ)が暴れ回ってた理由が分かるな」


「積極的ニヒリズム、『神は死んだ』のニーチェですか。私もまだ読んでいませんね。今度、一読してみましょうか」


「何よ、積極的ニヒリズムて......マクスウェル、小難しい哲学の話好きだよね」


 由香が『うへー』という表情をしながらそう言った。由香の口ぶりから察するにマクスウェルは家でもよく哲学書を読んでいるのだろう。


「ええ。アンドロイドである私が人間の思考や精神について知るには哲学を勉強するのが最も効率的と思いまして」


「逆に訳が分らんくなる気がするけどな」


 しかし、こう見るとやはり、マクスウェルとラプラスの差は一目瞭然だ。ドリアの他にもピザとチキンを頼み、それを一人でバクバク食べるラプラスと優雅にワインを傾けるマクスウェル。生活環境から来るものなのか、はたまた元からなのか、趣味嗜好もかなり違うようだ。


「マクスウェル、そういや『神』ってさ、実在すんの? あっちの世界に」


 唯一神としてであったり、多神としてであったり、その捉えられ方は様々だが、こっちの世界では古今東西、何処にでも基本的に『神』という概念は存在する。

 俺はつい、この間まで思いっ切り無神論者だったが、神の前に悪魔や吸血鬼と出会ってしまったせいでそれが揺らいでいた。


「しました」


「......は?」


 まさかの過去形。


「マジで『神は死んだ』ってこと......!?」


 俺の問いに少し興味があったらしく、由香もそんな風に驚いて見せた。


「ええ。といっても、悪魔の世界で言う『神』とは別に超自然的な存在ではなく、『天使族』と呼ばれる種族の長のことを言います。長年、吸血鬼や淫魔、それに羊角族などと敵対し、滅ぼされました」


 ヨウカク族......羊角族だろうか。恐らく、俺達が一般的に想像するあの羊の角を持つ悪魔のことだろう。


「その天使族や神が人間に接触したりは?」


「あったようです。元々、天使族は時空を超えた人間の世界と積極的に関わりを持つ種で、人間を無条件で従わせる力なども持っていたとか......彼らが人間に接触した理由は資源を得るためや此方にしかない知識を得るための他に、『守人』達を利用するため、というのもあったようです」


「何か世俗的な『カミサマ』だな」


 神が死んだのはいつ頃か知らないが、少なくとも人類が存在している期間に神は生きていた。そして、人類の歴史を振り返ってみると流血ばかり。

 仮に神が居たとしても、ロクな奴ではないという俺の予想はピタリと当たっていた。


「成る程。ありがとう。何となく分かったわ。......つーか、マクスウェルって酒飲むんだな。飯は食わねえのか?」


 俺の情報処理はこの辺りが限界だ。これ以上、深掘りすると頭の中がこんがらかる。そう思い、俺は露骨に話を逸らした、


「ええ。食事に頓着が無くて......申し訳ありません、私一人、飲んでしまい。先日、アルコールを感知すると自動で思考を鈍らせ、興奮状態に至れるようにするためのパーツを付けたのでそれの実験です」


「へー、私の知らないところで色々やってるんだね。じゃあ、今度一緒に飲もうよ」


「由香が飲むのはジュースでお願いします」


「はぇ!? 何でよ! 由香たん、もう大人よ!?」


「いえ、その、何と言いますか、今の由香の体は必要最低限の機械ユニットしか使っておらず、かなり生体ユニットに負荷を掛けている状態ですので、体に負荷の掛かるようなことはお控え頂きたいのです」


「姉さんは由香姉をなるべく『人間』として生活させてあげたいとお考えなのです。どうか、理解してあげて下さい」


「あえ? 由香たん、吸血鬼になってるんじゃないの?」


「フィーネはさほど多くの血を貴方に与えてはいません。ですから、貴方の吸血鬼としての力は殆ど焼死寸前から回復した時に使い果たしているのです。今の貴方を端的に表現すれば一割吸血鬼、四割アンドロイド、五割人間、ですかね。私はこれ以上、貴方のアンドロイド要素を増やしたくないのです。人間もそう思うでしょう?」


「あ? アア......まあ、別に何でも良いけどな。由香の人格に影響さえなければ。吸血鬼になろうが、アンドロイドになろうが」


 急に話を振られた俺はそんな風に適当に答えた。


「人間である兄さんよりアンドロイドであるマクスウェルの方が倫理観しっかりしてるの何なん」


 由香が苦笑していると、突如、マクスウェルが目を光らせた。


「人間、では貴方をアンドロイドに作り替えても宜しいですか」


「......は?」


「人間は由香がアンドロイドになっても良いと仰りました。それはつまり、貴方もアンドロイドになることに抵抗が無いということでしょう? ずっと、前から人間の体を改造したかったのです。特に『クイーンサキュバスの魅力を完全に断つ機能』を付けたいと思っていまして。はあ......はあ......失礼、動悸が。人間、この後、私の家に来て下さい。貴方の体の隅々を解析して、貴方をアンドロイドに生まれ変わらせて差し上げます。ご安心ください。人格には影響が出ないようにしますから。勿論、私に好意を持つように洗脳したりもしません。そんなことをしては意味がありませんから。人間、私はアンドロイドですが、そのことも理解しているのですよ。そもそも、人間、貴方はあまり健康状態が良くありませんよね。アンドロイドになりさえすれば永遠に近い命を得られます。体調不良に悩まされることもありません。人間? 何故、黙っているのです? 私の手術の腕を疑っているのでしたら、ご安心下さい。由香の生命維持の為に機械の整備をしているのも私ですよ。私は古今東西ありとあらゆる医学書をコンピュータで解析することにより、この世界の医者の誰よりも医学に詳しくなりました。人間であればネックになる実践経験の無さなども寸分違わぬ動きが可能である私には枷になりません。さあ、何を悩みますか。この先、サキュバスであるステラも、アンドロイドである私も、ラプラスも、貴方の何倍もの年月を生きることになります。私は貴方を亡くしたくないのです。もし、貴方が人間として天寿を全うするならば私は心中すら厭わないつもりですが、貴方が此方に合わせてくれるなら其方の方が好都合です。貴方の整備のために私と貴方が会うことも多くなりますしね。兎に角、人間、アンドロイドになりましょう。ああ、勿論、生体ユニットとして残して欲しい所は残しますよ。生殖器はその代表ですかね。私もより本物に近い擬似女性器の開発に乗り出してはいますがやはり、生殖器は機械技術では再現が難しいので。いっそのこと、本物を目指さず、機械だからこそ出来る搾精器の様な女性器の開発に転換することも考えているのですが、人間はどちらが良いですか? そういえば、人間は最近、ステラと性接触を行ったようですね。......? 何故、知っているかって? それは企業秘密とさせて頂きます。どうでしたか? サキュバスの女性器は。サキュバスのアレを再現するとなると相当、未来技術が必要なのですよね。やはり、方向性を転換させるべきでしょうか。......失礼。このような話題は公共の場では控えるべきでした。話も脱線していましたね。会話を司る機構に不具合でもあるのでしょうか。何時もであればこれほどまで脱線することはないのですが。兎に角、人間、私は貴方をアンドロイドに生まれ変わらせたいです。人間にも相応のメリットがあります。どうぞ、ご一考下さい」


「......エラーの類いは出ていませんね」


 ラプラスがマクスウェルのゴーグルを見ながら言う。


「今まで色々、あったけどトップレベルにその一言が怖い」


「......ん? ああ、アレですね。姉さん、アルコールを接種したせいで興奮を誘発するプログラムが動きすぎてるみたいです」


「ラプラス、私は興奮などしていません。至って冷静ですよ。ほら、呂律も可笑しくない。それより人間、早く改造させなさ......」


「マクスウェルも今日からお酒禁止ね」


 まあ、妥当だろう。

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