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第六十八話 家族


「あ、兄さん、来た来た! おはよっ!」


「お〜」


 晦日の早朝、駅前でピョンピョン跳ねて挨拶をする由香に対し、俺は気怠げにそう言った。今日は正月の食糧の買い出しなどを兼ねて、前から約束していた兄妹水要らずの外出......


「お早う御座います、人間」


「おはようございます、兄さん」


の、筈なのだが。


「何でテメエらが居るんだ」


「え? だって、兄妹水要らずのお出かけでしょ?」


「『でしょ?』じゃねえよ。だったら、何でコイツらが居るんだよ。水そのものじゃねえか」


「酷いですね、兄さん。ラプラスは貴方の妹ですよ?」


「違う。認めん」


「私は少なくとも認めてるよ! ラプラスは私の妹だって。つまり、兄さんが認めてなくても私の妹ではあるから兄さんの義妹的存在になるのかな?」


「ややこしいなオイ! そして、マクスウェル! お前は俺のことを兄とは思ってない、つってただろ!」


 何やら機嫌良さげにワンピースを着てきているマクスウェルに俺は突っかかった。可愛いが、晦日にその服装はどうかと思うぞ。機械だから寒さとか無いんだろうが。


「私は人間の妹でも、由香の妹でもありませんが、ラプラスは私の妹なので」


「......マジでややこし過ぎるだろ。いや、もう良い。四人で行くか」


「やったぜ。我ら四兄妹! いざ、出発!」


「感謝致します、人間」


「ありがとうございます、兄さん」


 ラプラス、頑なだな。


「なあ、マクスウェル」


「何ですか?」


「本当に今日、来たのはお前らだけだよな? 他の奴らも連れてきてねえよな?」


「はい......何故、そのようなことを?」


「や、だったら、良いんだ。行くか」


⭐︎


「やっぱり、お正月だし、お餅は買っておきたいよねえ、お餅。商店街の方行こっか」


「餅......餅米を蒸してついた物ですね。情報としてしか知りません。日本では主に年中行事として正月に食べられているとのことなので、私も頂きましょう」


「だったら、マクスウェルと私の二人分買おっか。後、マクスウェル、冷蔵庫に無くて買っといた方が良いものとかあったっけ」


「卵と牛乳が切れています」


「オケオケ」


「後でスーパー行く気だなお前ら」


 マクスウェルと由香が同居しているという事実を改めて突きつけられた気分である。俺も後で切れているものをステラに聞こう。


「私も朱音からもち米を買ってくるように言われています」


「......もち米から作る気なのですか?」


「出来上がった餅を買うよりも家で作った方が安いとの判断だそうです」


「きねと臼あんの? ラプラスん家」


「朱音が実家から盗んできたとか。彼女の実家は神社ですので、正月になったら餅つきをして参拝客に配っていたようです」


「商売道具じゃねえか。いくら実家でも奪うなよ」


「神社の行事に使う道具を商売道具呼ばわりすんの止めない?」


 ラプラスの話にツッコむ俺にツッコむ由香。何だカオスだ。それにしても朱音とラプラス、其処まで困窮しているのか。偶に飯を食いにきて貰っても良いかもしれない。

 その後、俺達は商店街の餅屋に行き袋入りの餅を購入した。冷凍庫に入れればかなり持つとのことだ。


「この後、どーする?」


「決めてなかったのかよ」


「......服、選びたいですね。私、あのアーマーばかり着ていますので。今日は由香のワンピースを借りましたが」


「服屋でしたらショッピングモールですかね。それほど距離はありませんし、行きましょうか」


「......今のどっちがマクスウェルでどっちがラプラスだ?」


「私がマクスウェルです、人間」


「私がラプラスです、兄さん」


「由香、お前、分かるか?」


「ごめん。喋ってるところちゃんと見てないと分かんない」


 マクスウェルやラプラスは由香にとって分身のような存在だ。そんな彼女でも区別が付かないと言うのだから、きっと、俺にも無理なのだろう。


「人間、マクスウェルは私です......」


 マクスウェルが俺の手をぎゅっと握り消え入りそうな声でそう言ってきた。非常に気の毒だが、本当に区別が付かないのだから仕方がない。


「あー、分かってる分かってる。お前は確かにマクスウェルだよ」


「......人間に服、お選び頂きたいです」


 適当に誤魔化しただけだったのだが、マクスウェルは少し機嫌を直してくれたらしい。


「兄さん、私も男性のアドバイスが欲しいです」


「おー、別に良いぞ」


 俺は二つ返事でそう答える。しかし、そんな時、突如、ある疑問が俺の頭に降りてきた。その疑問は持つこと自体、憚られそうな禁忌的な疑問。ましてや、それを問うことなどデリカシーの無さの極みとも言えそうな疑問。

 それを俺は口に出してしまった。


「てか、今、マクスウェルとラプラスって性別あんの? 由香の体に居た訳だから女としての自覚があるのは分かるが、今の体は完全に機械なんだろ?」


 マクスウェルの体が読み込み中のように停止した。ラプラスの体もPCがクラッシュしたかのように停止した。そして、由香だけが唖然とした様子で俺を見ていた。


「兄さん......そういうのは、どうなん?」


「は? いや、気になったから」


 自分の質問がデリカシーに欠けていたことには後で気が付いた。昔の俺なら直ぐに謝っていたことだろう。しかし、今の俺は昔とは違う。偏屈で捻くれた、頑固者の俺は直ぐに自らの非を認めないどころか、そんな風にとぼけたのだ。

 我ながら堕ちるところまで堕ちた物だとは思う。ステラ相手ならまだしも、マクスウェルとラプラスを傷付けるのは非常に心が痛んだ。それでも俺はそう簡単に謝れなかったのだ。


「......人間」


 そして、マクスウェルは俯きながらプルプルと体を震わせ、そう呟いた。


「あ?」


 そして、俺がそう相槌を打つや否や、突如、俺に顔を近づけ、上気した様子で彼女は口を開いた。


「人間の言う通り、私やラプラスに人間と同じ生殖器は備わっておりません。そのため、無性別と考えて頂いても間違いではないかと。しかし、私とラプラスの機体はどちらも『女性型』です。特に私は体に改造を日夜施しておりますので、人間の『ソレ』にかなり近付いているかと。知りたければ人間、その体にお教え致しましょうか? 私が如何に『女性型』の機体の開発に情熱を傾けているか......」


 無機質で冷たい筈なのに、何処か熱を持ったような声でマクスウェルは畳み掛けるようにそう言った。彼女のゴーグルは真っ赤になっていて、以前の『Error』が今にも出そうだった。


「あ......いや、すまん。その、分かった。うん、よく分かった」


「姉さん、落ち着いて下さい。最近、直ぐにオーバーヒートしかけますね。冷却装置が劣化しているのでは?」


「......ラプラス、人の世には冷却装置や精密なプログラムでも止めることの出来ないオーバーヒートやバグがあるものですよ」


「成る程。勉強になります姉さん」


 ......もう嫌だ。

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