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第六十六話 寒気


 約束の時間になると同時に俺と朱音は帰宅した。ステラには『遅かったね......二人でドライブ? 良い身分だね』と小言を言われたが、深くは追及されなかった。

 俺達に続き、由香とマクスウェル、ラプラス、店長と平沢、少し遅れて災厄と千隼がやって来た。


「あ、ボクも居るよ」


「呼んでない。帰って」


 ピョコリと何処からともなく現れたフィーネにステラがキツイ一言を投げかける。


「悪い。俺が許した。てか、ソイツ、言っても帰らねえだろ」


「......そう。ごめんね」


 ステラが謝った相手は勿論、フィーネではない。フィーネの被害者、由香、ラプラス、マクスウェルの三人だ。


「あ、あっははー、別に私に謝る必要は無いですよ。フィーネさんお久しぶりです。色々、思うことはありますけど、こうして兄さん達とまた会えたのはフィーネさんのお陰なので......感謝してます」


「ラプラスです。以後、宜しくお願いします」


 由香、ラプラスが割と好意的にフィーネに接したのに対し、マクスウェルだけは完全にフィーネのことを無視していた。


「人間、昨日は誠に申し訳ありませんでした。私は紛うことなき『マクスウェル』ではありますが、この体は前のマクスウェルのものより全体的に性能が低く......オーバーヒートによるエラーが引き起こされてしまいました」


「でも、お前、エラーが発生する前に俺の拉致を命令してただろ。アレに関してはどう説明するつもりだ」


「......反省はしておりますが、後悔はしておりません。ですが、今後はあのような手段は取らないことをお約束致します」


 『人間に嫌われれば元も子もありませんからね』と付け加えるマクスウェル。


「え、あの、お姉ちゃん? 可愛い妹と久しぶりに会ったんだから何か言ってよ。おーい......?」


「兄さん、私も申し訳ありませんでした。姉さんを応援したい気持ちと、朱音を少しでも資金的に助けてあげたい気持ちが重なってしまい......」


「勝手に失望するのは悪いと思うが、はっきり言ってショックだ。テメエらは悪魔の中でもある程度、マトモだと思ってたからな」


「まるで、マトモじゃない悪魔が居るような口振りだね?」


 イラッとしている様子のステラから俺は顔を逸らす。というか、そもそも、吸血鬼化していた由香の体に入っていた時は兎も角、純機械の体を手に入れたマクスウェルとラプラスは悪魔と呼べるのだろうか。いや、面倒臭い。考えるのはやめておこう。


「いえ、失望されて当然のことを私はしたと自覚しております。むしろ、失望される程、人間が私に期待してくれていたことが嬉しいです......。失った信頼関係を取り戻すのは難しいと理解していますが、人間さえ良ければ今後も私との交流を......」


「お前には恩がある。それに、やったこともステラや災厄なんかと比べれば可愛いもんだ。別にそれほどキレちゃいねえよ」


 その言葉を聞いて、先程まで此方を睨んでいたステラが逆に目を逸らした。


「ありがとう、ございます......」


「おーい? お姉ちゃん? 聞こえてる?」


 フィーネは先程から何度もマクスウェルに話しかけているが、その一切を無視されている。


「あ、皆、ご飯持ってくるね。待ってて」


「ご飯......!」


「ナコ、頼みますから暴食しないで下さいね......。バイキングじゃないんですから」


 千隼と災厄は相変わらずの関係のようだ。そういえば、名前付いたんだったな、アイツ。


「暁の家なんて久しぶりやな。五年ぶりとかちゃうか」


「所々、照明が無くなってたり、床にヒビが入ってるんですけどこれって......?」


 俺は店長の疑問を受けて、気まずそうに俯いている朱音の方に視線を向けた。一応、割れたガラス片などは片付けたが、まだ完全な修復は出来ていない。


「ゴメンナサイ......」


 あわや倒壊、という程にこの家の中で暴れ回ってくれた蛇娘が申し訳なさそうに謝って来た。更に続けて


「あの、これ、クリスマスプレゼントというか、お詫びの品というか......受け取ってくれない?」


と言い、カバンからサッカーボール大の人形を二つ取り出して来た。

 目がバッテンになっているデフォルメされた感じの、赤髪の少女と黒髪の少年の人形だった。結構、可愛い。全員分、プレゼントを用意するのは費用もかかるのでクリスマスプレゼントは皆、持ってこないことにしていたのだが、これは『お詫びの品』なのでノーカンなのだろうか。


「これ、まさか......俺とお前か」


「そうよ。意外かもしれないけれど、私、人形作るの好きなの」


 全く意外でも何でもないというか、イメージ通りである。


「それで?」


「アナタの為にこれを作ったの。私とアナタのお人形......受け取ってくれるかしら。私だと思って大切にして欲しいワ」


「重いわ」


 『まあ、一応、受け取るが』と俺はその二つの人形を受け取った。何だろう。可愛くはあるのだが、爪とか血とかが綿の中に混じってそうなメルヘンな毒っぽさがある。ホラーゲームの子供部屋に飾ってありそうだ。


「ああ......フィーネの分のお皿、忘れてた。ちょっと、取ってくるね」


「何なのボク、虐められてる!?」


「取ってきてあげるだけマシでしょ」


 全員の取り皿を用意し、チキンやラザニア、モッツァレラチーズと生ハムのサラダなどをテーブルにどんどん運んでいくステラ。全て任せきりは悪いので何か手伝おうかと聞くと


「あなたは座って待ってて。邪魔」


と言われたので喧嘩になった。

 いつものことだ。


「ステラさんのご飯滅茶苦茶、美味いやん。暁が羨ましいわ」


「何ですか貴方。私のご飯が不味いとでも?」


「いや、家で飯担当してるのワイやん。お前、殆ど料理せえへんやん」


「ステラさんから学ぶこと多いなあ。由香もこんな感じのご飯作れるようになりたいです。今度、教えて貰えませんか?」


「うん、良いよ」


「そういやお姫様、ボクに一度、殺されかけた後、どっかでメイドとして潜んでたんだっけ」


 和気藹々とした雰囲気の中、突如、放たれたフィーネの言葉がステラを硬直させた。


「......追い出すよ」


「ごめんて」


「全く。......あ」


 ステラが目を見開き、まるで何かをやらかしたかのように声を漏らした。


「どうした」


「フィーネの言葉で思い出したんだけど、ロッテを呼ぶの忘れたわ」


「......何か、不憫だな、アイツ」


 彼女は今、どうしているだろうか。今日はかなり冷える。暖かい家で落ち着いたクリスマスを送ってくれていると良いのだが。


「兄さん」


「んー?」


 俺が生ハムの遊離したアミノ酸の旨味を味わっていると、由香が身を寄せてきた。


「何やかんやで兄さんとあんまり会えてなかったからさ。こんな時くらい兄妹でイチャイチャしてあげようかな、って」


「要らん」


「即答かいな。折角、死の淵から這い上がって来たんだぞー? もっと、由香を大切にしてくれー」


 そんなことを言って、横から抱きついてくる由香。


「......そうだよな」


 幾らマクスウェルやラプラスだった時の記憶が少しあるからといって、由香の『由香としての記憶と意識』は高専生の頃の由香で止まっている。あの時の俺はやさぐれておらず、まだ大学生だった。

 火事に襲われ、吸血鬼にされ、記憶を消されていた由香にしてみればタイムスリップしてしまったようなもの。つい、さっきまで優しく若かった兄がやさぐれたおっさんになっていたらそりゃあ、傷付くだろう。

 由香は由香なりに悩んだ上で、今の俺に昔と同じように接してくれているのだ。そんなことに今、やっと、気付いた。


「えぁ? 兄さん? おい、おーい? 息してますー?」


「悪かったな。お前にずっと寂しい思いさせて......。悪かったな、お前の知らない間に俺は色々と変わっちまった」


 俺は感極まってしまい、つい、泣きながら彼女を抱き締めてしまった。実の妹に背追い込ませてしまった苦悩の量を、今、やっと悟ったのだ。


「あ、うー、うん。良いよ。兄さんは兄さんのままだよ。相変わらずシスコンな兄さん、ありがとね。また今度、遊びに行こ」


「美しいですね。兄妹愛は」


「だねー。それで、お姉ちゃん、そろそろボクと口を聞いてくれないかな?」


「......私の妹はラプラスだけです」


「嬉しいです、姉さん」


「あっれえー?」


「私は千隼のこと、弟みたいなものだと思ってる。お姉さんって呼ばれてたし」


「僕も一人っ子なのでナコのことをお姉さんみたいなものだと思ってますよ。......いい加減、『ナコさん』呼びが良いんですけど変えちゃダメですか」


「ダメ」


 好き勝手言ってるなコイツら。

 でも、悪くない。全然、悪くない。この空気。今までの生き地獄が嘘みたいだ。生きるのが楽しい。不思議と気分が良い。そう、こういう状態をああ呼ぶのだろう。


---......幸せ、とでも?---


 突如、頭の中に何者かの声が響いた。


「うっ......」


「ちょ、兄さん!? 大丈夫!?」


 頭を抑える俺を心配する由香の声。


---お前が幸せになれる筈がない---


---いずれ、裏切られる---


---いずれ、壊される---


「うるっせえ......」


 息が荒くなるのを感じた。確かに、この景色、何処かで......。

 そうだ。あの日だ。あの時だ。この前夢に見た、由香の高専合格祝いの日。この感覚はあの時に似ている。あの時は、何物にも変え難いくらい嬉しくて、楽しくて、アレが本当の幸せなんだと浮かれていた。


---でも、裏切られた---


---全部、壊れた---


 脳の奥に響く、この声はどうやっても聞き間違えようのない自分の声だった。

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