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第六十五話 聖夜当日


 まだ、外は暗いというのに車の音が外から聞こえてくる。トラックだろうか。朝からご苦労様と言いたい。身体の節々が痛いような、怠いような不思議な感じがするが、俺の意識はまだ、フワフワとした快楽の中を彷徨っていた。


「......お疲れ」


 ステラは柄にもなく、優しい声で俺の体を撫でてきた。その感触がまた気持ち良くて、俺の意識は更にフワフワした快楽の奥の奥の方まで行ってしまう。


「眠い。疲れた。もう勘弁して下さい」


「私、鞭打ちでもしたかな」


「運動不足の体に鞭打たれたのは間違いない」


「あなたの体力が予想以上に無かったのは残念だけど、これから鍛えてあげれば良いからね。......一応、コレで満足しておいてあげるわ」


 何の意図もなく、自然と優しい微笑みを浮かべるステラ。少々の満足感と、慈愛と、少し子供のような無邪気さ、そして若干の毒を含んだその笑顔に俺は思わず、見惚れてしまった。


「これから......鍛えるって......またやる気かよ」


「定期的に」


「・・・・」


「あなた、今何時?」


「呼びかけに二人称持ってくるのやめろ。......4時」


 スマホに手を伸ばし、ホーム画面を確認した俺はそう言う。


「今日、仕事は?」


「クリスマス当日だしな。客足も増えるから勿論ある」


「......謝ったほうが良い?」


「いや、良い。風呂入ってくるわ」


「流してあげましょうか」


「要らねえ」


「私も入りたいんだけど」


「勝手にしろ」


「......やっぱり、謝った方が良い?」


「止めろ」


「そう」


 不思議と彼女と会話をしているうちに眠気は飛んだが、この後、仕事に行かなければいけないと思うと怠さはかなりのものである。出来るだけ湯船に浸かって体を癒そう。


「ステラ」


「何」


「何かこう、回復魔法みたいなので眠気を吹っ飛ばして、疲れを取ること出来ねえのか」


 湯船の湯を水鉄砲の要領で手からステラに飛ばしながら俺は言った。


「回復魔法とか補助魔法の類いを組み合わせて出来る限りのことはしてみる」


 ステラは人差し指の先端から冷たい水を俺の額に向けて飛ばしてくる。魔法は反則だろ。


「んー」


「......今、何考えてる?」


「意外とお前、俺に気い遣ってくれんだなって」


「変な蟠りを残しても仕方ないでしょ」


「......蟠り、なんてものをサキュバス様が俺に対して気にしてくれてて光栄だ」


 風呂を出た俺はその後、ステラの魔法による施術を受け、ある程度体を回復させた後、僅かな仮眠を取って仕事へと出掛けた。クリスマスパーティの会場は俺の家。飾り付けや料理の用意はステラがしてくれるとのことだ。

 

「おは暁ー! あ、昨晩はお楽しみでしたね、って言うんだっけ」


「そのキッショい挨拶やめろ。ちょっと、酔ったステラに耳から精気吸われただけだ」


「あーそー」


「てか、お前、結局、ウチ、来んのか?」


「あたり前田のクラッカー」


 ぶん殴りたい。


「ああ、暁さん、今日は楽しみにしてますね」


「ああ、店長......まあ、あまり期待はしないで下さい」


「初めてちゃうか? ワイとお前が同じパーティに参加するの。二人で飲みに行ったことすらないやろ」


「酒弱いからな、俺」


 昨日はチビチビ飲むことでことなきを得たが、やはり、アルコール類は苦手である。

 そうこうしているうちに一日の仕事が始まり、何時ものように店長は奥の自分専用の仕事部屋へと入って行った。


「なあ、何でわざわざ、店長って奥の部屋でパン作ってるんだ? しかも、絶対に入ってくるなって言われてるし」


「魔法をフルに使って製パンしてるんやで。かなり危ないみたいやからワイも入るなって言われてる」


 ......どうやって、一人でアレだけの量のパンを作っているのかと思っていたが、そういうことだったのか。


⭐︎


「それじゃあ、今日は解散で。クリスマスパーティ、19時からでしたよね。宜しくお願いします」


「それじゃあ、俺は先に帰ってるんで。さようなら」


「暁クン、バイビー。また後でね」


 と、同僚及び店長と別れた俺は店を出た瞬間に右と左を指差し確認した。奴らは仕事終わりを狙ってくる。

 バイク置き場に着いても俺の警戒心は止まらない。昨日、此処でラプラスに拉致されたばかりなのだから。店長に家まで送って貰えば良かったと若干の後悔をしつつ、バイクに乗る。


「......良かった」


 思わず、そんな言葉が飛び出してしまった。今日は何事も無くステラの元に辿り着けそうだ。そう思い、バイクに跨った。


「何か良いことでもあった? 楓」


「前言撤回。何で居るんだよテメエ」


 直ぐ後ろから聞いたことのある声がした。そして、声の主は俺の腰に手を回してきた。......タンデムシートに乗られている。


「楓とドライブがしたかったの。ダメかしら」


「拉致るつもりは無いんだな」


「私をマクスウェルのような野蛮な機械と一緒にしないで欲しいわ。私はただ、楓と一緒に居たいだけ」 


「野蛮な機械ってなんだよ、野蛮って......。ステラはまだ、パーティーの用意をしてるだろうから適当に走るか」


「そういえば、由香も久しぶりに兄さんのバイクに乗りたいって言ってたわよ」


「それを聞いたなら、先にお前が乗るなよ」


 なんて言いながら俺はバイクを走らせた。朱音が頬を俺の肩に擦り付けてくる。


「危ないからジッとしてろ」


「......アナタは良いわね。周囲の環境に恵まれていて」


「俺、自殺しようとしてステラと出会ったんだぞ。ブラック企業で酷使され、家族も亡くした環境が恵まれていると思うか?」


「......ゴメンナサイ。でも、私は友達も長らく、居なくて......家族も居ないようなものだったから......」


「今はラプラスとか俺が居るだろ」


「楓は私を友達と認めてくれるの?」


「認めてなかったら家に呼んでねえ。この前の一件で確かにお前は暴れたが、アレも由香のことを考えての行動だった訳だからな。私欲のために殺人しまくろうとした災厄より何倍もマシだ」


 俺がそう言うと、彼女は『ウフフ......』と不気味に笑った。


「私、楓のこと好きよ......」


「そうか」


「私が愛したことのある人はアナタを除けば、父だけ。誇っても良いのよ。......本当、こんなに暖かい気持ちになるのなんて、何年ぶりかしら。父が死んでからは一度も笑ったことが無かった気がするわ」


 後ろは見えないが、どうやら朱音は後ろで泣いているらしかった。


「・・・・」


「それと、この前は本当にごめんなさい。アナタを撃つなんて......どうかしてたわ」


「ステラにも、災厄にも、マクスウェルにも色々された経験あるから慣れてる。気にすんな」


 朱音は俺の腰を掴む手の力を強め、顔を俺の背中にくっ付けてきた。


「あの淫魔にも謝らないと、いけないわね」


「おー」


「ええ。悪魔との共存、完全に認めた訳ではないわ。私達と悪魔は関わらない方が良いに決まっている。悪魔がこの世界に来なければ、守人も必要無くなる。そうなれば、私の父も死ななかった。......でも、彼女に罪は無いもの。謝らないと」


「あそ」


「さっきから、相槌適当過ぎない? 話聞いてる?」


「......いや、察しろよ。返答に困ってるんだよ、お前の話題、重過ぎて」


「まあ、楓ならそうなるか......仕方ないワネ」


「どういう意味だコラ」


「兎に角、楓、私はアナタにとっても貴重な人間の友達よ。大切にして。......というか、女性と人間、この二つの条件を満たすアナタの友達って私だけじゃない?」


「店長も一応」


「アレは魔女じゃない。私は巫女、種族名じゃないわ。それに今はフリーターだし」


「テメエは蛇化してただろ」


 悪魔連中よりもよっぽど悪魔っぽい見た目になってた癖に。


「ああ、アレね。見て、私、腕を蛇に変えられるようになったの」


 と言って、突如、朱音は俺の腰を掴む手を目の赤い黒蛇に変えてきやがった。


「うわキモっ!」


「失礼ね。私の体の一部よ」


「俺が驚いてハンドルを離してたらあわや大事故だったんだからな。ふざけんな」


「ふふっ。本当に悪魔化したみたいで気持ちが悪いけれど、意外と気に入ってるのよね、この蛇。可愛いワ」


 コイツマジで......。

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