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第六十四話 恍惚


「ふぇへ、ケーキ甘ーい。ほら、あなた、口開けて。イチゴ食べさせてあげる」


 俺は無言で口を開ける。


「どう? 美味しい? 私にもあーんして。ほら、早く」


「ん」


「美味し。ねえねえ、あなた、楽しい?」


「......面白くはある」


「ふふっ。ぎゅー」


「お前アルコール効かないんじゃなかったのか」


 俺は自分に抱きついてくる酒臭いステラに溜息を吐きながら聞いた。


「お酒を楽しむためにアルコールの分解能力下げたのー。私、そんなにお酒好きじゃないけど、あなたとなら楽しくて好き」


 俺は一杯をちびちび飲む作戦で理性を失うことを回避したが、まさか、コイツの方が酔うことになるとは思わなかった。よくもまあ、アルコールの分解能力を下げるとか器用なことをするものだ。

 折角の機会だ。......何処まで行けるのか試してみよう。


「ステラ」


「ん、何?」


「俺の方からも抱きついて良いか」


「駄目に決まってるじゃない」


「あ?」


「淫魔が人間に抱かれるなんて屈辱以外の何物でも無いわ。そんなに私を抱きたいなら私から抱いてあげる」


 湿った声で、目の奥のハートを光らせながらステラはそう言うと、俺のことをそのまま押し倒してきた。


「おい抱くってそういうことじゃない、抱き付いていいかって......離れろ。ロッテ、居ねえのか! テメエの主人をどうにかしろ! マクスウェルとか朱音でも良い!」


「淫魔を前に、他の雌の名前を呼ぶなんて良い度胸してるね......。あーあ、なーんか、酔い冷めてきたかもな。このままだと、あなたのこと殺しちゃうかも」


 絶対、冷めていないだろう......と、言いたい気持ちを抑え、俺はステラと目を合わせないようにしながら口を開く。


「あー、何だ。吸いたいなら耳から吸った方が効率良いだろ。だから......」


「あ、そうだ。クリスマスってプレゼントを渡し合ったりするんだよね」


 聞いちゃいねえ。


「それが......? 俺、用意してねえぞ」


 俺がそう言うと彼女は俺の上に跨ったまま、顔を俺に近づけてきた。


「大丈夫......あなたは既にそれを持ってるから」


 そう言うと彼女は顔を更に俺へと近づけ、遂に彼女の唇と俺の唇が重なってしまった。しかも、彼女は俺の唇から中々、自分の唇を離さない。

 不味い。サキュバスの唾液は非常に強い興奮剤......体にそれを取り込めば、理性を失う程度では助からない。体が強い拒絶反応を示し、悶え苦しむことに......。


「んうううっ! んうっ!」


 どうにかステラを剥がそうにも、貧弱な人間の力で理性を失い、淫魔としての本能を剥き出しにしたステラに対抗することは到底、無理な話だった。

 彼女は俺の口内に唾液を流し続け、突如、満足そうに自らの唇を俺の唇から離した。その間の体感時間は二分程だ。


「サキュバスの、ファーストキス......こんな贅沢なプレゼントって、他にないよね......」


 息を整えろ。血液脳関門に命じろ。サキュバスの唾液に含まれた成分を絶対に通すな、と。


「お前、マジで......ざけんなよ。サキュバスの体液なんて、ただの毒じゃねえか......」


「......心配? 死にたくない? でも、私に殺してほしいというのがあなたの望みじゃなかった?」


「......他の誰でもなく、お前に殺されるなら別に構わねえが、その前に由香に別れくらいは言いてえ」


「ふうん、そう。今でも、私が与える死ならあなたは受け入れるんだ」


「......お前が俺を殺したくて堪らないなら、殺してくれても恨みはしねえよ。寧ろ、残された由香のことさえ勘定に入れなけりゃ、幸せに逝けるかもな」


 不思議そうな表情でキョトンと俺のことを見つめるステラ。彼女はまるで、初めて見る動物を見るような視線を俺に送ってきた。


「変なの......でも、嫌いじゃない。嫌いじゃないよ、あなたのこと。だからかな。口付けなんてしなくても、唾液を飲ませることは出来るし、吸精の効率もそれほど高くないのにね......」


 低く、甘く、妖艶で、それでいて幼い声でクスクスと囁くステラ。目眩がするほど、彼女の全ては美しく、可憐であった。


「テメエ、いい加減、目を覚ませ」


 理性が音を立てて崩壊していくのを感じながらも俺は最後の力を振り絞って、彼女の頭を叩いた。


「......普通に痛いんだけど。喰い殺すよ?」


「戻ったか」


「いや、キスしたあたりからある程度、酔いは醒めてたし。流石にあなたを押し倒したのは気の迷いだったけど。今更、いつものトーンであなたと会話するのも気まずいから朝まで酔った演技をしようと思ってたのに」


「お前な......」


「あ、さっきのキスは普通にあなたへの親愛の表現だから、喜んで受け取って。......まあ、サキュバスのキスには人間程、恋愛的な意味合いは無いけど」


 突然、突き放すような言い方でそんなことを話すステラ。冷たい。非常に冷たい。何時ものステラだ。


「唾液を飲ませたのは?」


「......あなたを極度の興奮状態に陥らせることで、記憶を飛ばそうとしたのよ。ああ、別に死んだりはしないから安心して。悶え苦しんだりも、ね。日々、少量ずつご飯に混ぜてるから、耐性付いてると思う」


「は?」


「私の体液を定期的に取り込ませることで他のサキュバスの魅了に負けないようにしてあげてるのよ。感謝して」


「ただのマーキングじゃねえか」


「言い方気を付けた方が良いよ。次は尻尾で喰い殺すからね」


「・・・・」


「それにしても、サキュバスに恥をかかせるとか、あなたも凄いね」


「全部お前の自業自得だろ」


 俺がそう言うとステラは無言で俺に顔を近づけ


「はあ......此処まで来たんだし、もう、良いか」


とか何とか、呟いた。


「は?」


「さっきのキス、嫌だった?」


「・・・・」


「嫌じゃなかったよね? あなた、全然、嫌そうな顔してなかったよ。寧ろ、嬉しそうだった」


「......で?」


「サキュバスに恥をかかせたあなたにお仕置き。......いや、ご褒美かな。暴れても叫んでも良いけど、近所迷惑は考えてね」


 ステラはやれやれという風に溜息をついた。

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