第六十話 フォーサイスの騎士
「今帰ったぞ」
「あなた、今日は仕事、15時に終わるとか言ってたよね......? それがこんな夜遅くに帰ってくるとか......良い度胸だね」
「朝帰りした夫に対するテンション止めろって。まだ、19時だぞ」
「その間、何をしていたか事細かに話して貰うから」
「俺にプライバシーの権利は無いのか」
「奴隷だしね」
「......俺が何してたかはコイツに聞いてくれ」
俺は少し機嫌の悪いステラに自分の後ろに隠していたロッテをけしかけた。
「フォ、フォーサイス様......本物、え? 本物......? い、生きて、る? あえ、で、でも、災厄に殺されたんじゃ......」
「......ねえ、あなた、この子を何処で」
「フォーサイス様ああああああああああああああああああ!」
ステラが俺に何かを言おうとしたようだったが、それは彼女に飛びつくロッテに遮られてしまった。
「ほ、本物だあ......フォーサイス様の匂いがするう。お久しぶりですう」
「・・・・」
「無言でこっち見んな。お前のだろ、お前が何とかしろ」
ジッと此方に視線を向け、助けを求めるステラに俺はそう言った。まあ、良かった。ロッテを無事、保護者の元に送ることが出来て。
「ろ、ロッテ......生きてたのね。どうして此処に」
「は、はいい。あの時の襲撃で瓦礫の中に埋まっちゃったんですけど、何とか淫魔に見つからずに生きてて......ひっぐ。それで、淫魔の女王が災厄を此方の世界に送り込んで、フォーサイス様を殺そうとしているって話を聞き付けて、災厄を止めようとしたんだけど、負けちゃってえ......ぐすん。それで、フォーサイス様の敵討ちを、と思って、淫魔の魔法陣を強行突破してこっちの世界に来たんですう......」
「そ、そうだったの。敵討ちって、私、死んだことにされてたのね」
「だ、だって......だってえ......」
ステラの胸に顔を埋めながら泣きじゃくるロッテ。一方のステラはかなり困惑しているようだった。
「ねえ、あなた、どうしてこの子と......?」
「帰り道に転がってた」
「楓に助けて貰ったんですう......まさか、楓がフォーサイス様の奴隷とは思ってませんでしたけどお......」
「おいコラ、それはコイツの冗談だわ。信じんな」
「......へ? そうなんですかあ?」
「ノーコメント」
「何でだよ」
それから十数分後、落ち着いたロッテはステラに淹れて貰った紅茶を啜りながら俺とステラと共にダイニングテーブルに向かっていた。
「いい加減、ロッテとお前の関係を教えろ」
「私、フォーサイス様の騎士なの!」
「何か話が面倒臭くなりそうだからテメエは黙ってろ」
「ひいんっ......ごめんなさあい」
弱い。弱過ぎる。今まで会ってきた悪魔の中で、いや、人間の中で一番弱い。
「あまり、虐めないであげて。あなたの顔、怖いんだから」
「ただの悪口止めろ」
「私、人間も男の人も苦手なの......だから、楓に睨まれるだけで失神しそうになるというか、何というか......失神しそうになる。特に楓の顔怖いし」
「ぶっ殺すぞ」
「ひゃうううううう!?」
もしかしてコイツ、俺が唯一勝てる悪魔なのでは。
「この前、私が母に命を狙われた時、匿ってくれた貴族が居たって話したでしょ。それがロッテの家なのよ。ヴォルフ家はクイーンサキュバスの近衛騎士を代々務めてきた、有力貴族の家でね。私も小さな頃からロッテに騎士をして貰っていたの」
「......それで、私、フォーサイス様が女王様に命を狙われていることを知って、母上に頼んでフォーサイス様を匿って貰ったの」
先程、俺に睨まれたのがまだ効いているらしく、ブルブルと震えながらロッテが続けた。すると、ステラの表情が途端に暗くなる。
「......そのせいで、この子の母親を含めたヴォルフ家とその使用人の殆どが私の母に虐殺されたのだけれどね」
「あ、い、いや、フォーサイス様のせいじゃないですよ。......母も幼い頃から面識のあったフォーサイス様を匿うことに賛成していましたし,最後まで後悔することなく女王様の兵と戦っておられました」
「・・・・」
ステラが自殺を望むようになった理由の根を成す話を俺は今、聞いている。未だかつてないほどに顔に影を落とし、震えるステラを見て俺はそう自覚した。
「あ、え、え、あ、そ、そうだ! フォーサイス様、私の家で匿われてた時、メイドとして働いてたんだよ! 私達は反対したんだけど、敵を欺くのに丁度良いし、恩返しもしたいってフォーサイス様が聞かなくて......」
気まずい空気に耐えかねたのだろう。ロッテがあからさまに話題を変えるため、そんな話を俺に振ってきた。
「もしかして、お前が妙に家事が得意な理由って......」
「その時の経験が活きてるんじゃないかな」
「うぇぇ! 楓、フォーサイス様に家事やらせてんの!? 奴隷の癖に何様!?」
「奴隷じゃねえって何度言ったら分かんだ。俺は俺で働いてるし、掃除とか洗濯も手伝ってんだよ。何でそれを俺が非難されなきゃなんねえんだよ。おお? 文句あんのかコラ。ぶっ殺すぞ」
「......うえええええええん。ひっ、ひっ、すずっ。だって、だって、だってええええ! ふぉ、ふぉ、フォーサイス様は皇女様だしいいいいい」
「現職の女王に命狙われてんなら実質国賊みたいなもんだろ。そんな肩書き意味ねえよ。しかも、此処は人間の住む世界だ。テメエらの世界のことなんざ知るか」
「ひっ、ひっ、ひううっ! うぇ、うぇ、うえええええん。......ごめんなさあああああい」
「あなた」
「んだよ」
「やり過ぎ」
「悪い。最近、虐められすぎて溜まってた」
「虐められっ子が虐めっ子になる......人間の性はかくも汚いものなのね」
「虐めっ子のテメエが言うなよ」
俺とステラが苦笑する傍でロッテは泣きじゃくっていた。良い子なんだが、流石にメンタルが弱過ぎないか。こんなのに騎士が務まるのだろうか。
......いや、災厄に戦いを挑んだり、敵討ちのためサキュバス兵を強行突破して此方の世界にやって来たり、ガッツだけは素晴らしいな。
「後、何? 私が国賊って。そんなことあなた、思ってた訳?」
「おう」
「・・・・」
「冗談」
「まあ、別に怒ってないんだけどね。あんな国、消えてなくなってしまえば良いと思ってるし。よく言ってくれたわ。私は国賊よ、間違いなく」
「ふっ、そうかよ」
「うえええええええええん」
「まだ泣いてたのかテメエ」
「......ロッテ、泣き止みなさい」
「ひゃい、フォーサイス様あ......」
「あなたも謝りなさい」
「......悪かった。許せ」
「謝り方まで下手だね」
「うう......許すう。楓が優しいのは知ってるし......」
涙を拭いながらロッテは笑う。良い笑顔だ。
「なあ、てか、ロッテもサキュバスなのか?」
「ええ、ハーフよ」
俺の問いにステラが答える。
「何との」
俺がそう聞いた瞬間、突如、『ボトッ』と大きく重いものが床に落ちた音がした。ロッテの方からだ。
「おい、何落としたん......だ?」
そう言ってロッテの方に視線を向けると、其処にはロッテの姿をした首から上の無い化け物がロッテと同じ姿勢で座っていた。
飛び出そうになる心臓を押し込んで地面に視線を向けると、其処には
「答えはデュラハンでしたー」
と、笑うロッテの顔がゴロリと転がっていた。
「......二週間前の俺なら気絶してたな」




