第五十九話 復讐の騎士
十二月二十三日、いよいよ、クリスマスイブを明日に控えた日の職場からの帰り道。バイクに乗っていると歩道の脇に明らかに『メンドくさい』モノを見つけた。
俺はバイクを停め、歩きでそこまで戻ってみた。
「うう......居ないよお......どうしよお、もし、沖縄とかに居たらあ......」
ステラよりも若干、身長が高く、朱音よりも大人びていない高校三年生くらいに見受けられる『ソレ』は路上でぶっ倒れながらおいおい泣いていた。
黒を基調とした何処と無く和風な騎士服に身を包む金髪からは『危険な何か』を感じる。
「あうう......」
腹をグウウウウと鳴らしながら涙目になる『ソレ』。駄目だ、コイツ。俺が今まで見てきた奴らの中でトップレベルに庇護欲を煽られる。
「おい」
「ふえ......ひいいいいいっ!? 止めてえ! 殺さないでえ......!」
話しかけただけだというのに全力で俺を拒絶する『ソレ』。普通の悪魔なら人間相手に此処まで怯えたりしない。......もしかしてコイツ、人間か?
いや、そもそも、相手が悪魔だと思って話しかけるとか前提がおかしいんだよな。いけない、いけない。これも人外連中と関わり過ぎてる弊害か。
コスプレイヤーくらい、今時、普通に居るしな。何でもかんでも悪魔だと決めつけるのはやめよう。
「アホか。俺のことなんだと思ってんだ」
「......般若?」
「ぶん殴るぞ」
「ひゃううう、ごめんなさいいいい......」
駄目だ。マトモに会話が出来ない。
「何でこんなところでぶっ倒れてたんだよ。ケガでもしたのか?」
「......貴方には関係ありませんよね」
「公道で寝そべらないで欲しい」
「あ、う、ごめんなさあい......お腹空いちゃって......もうニ、三日何も食べてないんれすう......」
コイツ、悪魔じゃないにしても『一般人』ではないな。確実に。
「親は」
「......遠くに居ますう」
「上京してきた感じか。此処、神奈川だけど。学生?」
「いえ、立派に働いてますう」
「社会人かよ。てか、何で働いてるのに飯に困ってんだ」
「色々、ありましてえ......ぐううう......」
近くにコンビニは、無いか。
「向こうに停めてあるバイク乗れ。何か食わせてやるから」
「ふぇっ、良いのお......!?」
「おー。その前にお前、名前は。俺は暁楓」
「あ、ロッテ・ヴォルフです!」
「本名かそれ」
「し、失礼ですね! 本名!」
成る程。外国人か。となれば、全て納得がいく。コスプレ好きで日本に来たは良いものの、財布を無くしたか何かして途方に暮れていたのだろう。
「チョコ作ってそうだな」
「あー、それ前も言われたあっ! 何なのそれ!」
⭐︎
「美味しい......! 何これえ......! こんな美味しいものご馳走して貰って良いんですか!?」
「おー。別に大して高い店じゃないしな」
俺は某イタリアンチェーンでドリアにピザ、パスタとハンバーグを頬張るロッテを眺めていた。よく食う。本当に良く食う、コイツ。
「ありがとお......! 美味しい......幸せえ......」
可愛い。非常に可愛い。こんな純粋で素直な奴がこの世には居たのか。そう思える程に彼女は無垢で、癖がなく、俺の心に潤いを与えてくれた。
陰気な淫魔、口の悪い電波妹、倫理観ぶっ壊れ吸血鬼、メンヘラ守人、殺害欲求丸出しの幽霊にオタク関西人。ロクな奴が周りに居ない俺にとって、彼女のようなキャラは本当に稀有だ。
「ゆっくり食えよ。俺も家に連絡入れたし」
「奥さん?」
「ちげえ。同居人」
「女の人?」
「......まあな」
「へえー」
此処で変に煽ってこないところも良いな。『アイツら』だとこうはいかない。
「お前、日本に何しに来たんだよ。金は?」
「人を探しに......お金は......財布落としちゃって......」
「成る程。それじゃあまあ、大使館行くしかないな」
「......うん」
「ま、だったら、この後、大使館に連れてってやるよ」
「あ.......いや、でも」
「どうした」
「探してる人が、まだ、見つかってなくて......」
言いづらそうにモジモジとそう言うロッテ。わざわざ、日本までそのためだけにやって来たのだ。きっと、本当に大切な人なのだろう。その尋ね人というのは。
「ビザは?」
「ピザ? あ、食べる? はい、どうぞ......」
「違えわ!」
「ひえうっ!?」
「......声荒らげて悪かった。ビザだよ、ビザ。何日あるんだ? もしかして、日本語の単語の意味が分からなかったりするか?」
「え、あわ、分かる分かる! えっと、何日っていうと......たくさん!」
「アホか」
「忘れちゃったあ......」
大丈夫かコイツ。
「ビザ切れてるのに国内に居たら不法滞在になるぞ」
「と、兎に角、多分、数週間は大丈夫」
はあ、と俺は溜息を吐く。放っておける訳がない。こんな良い奴を。
「分かった。手伝ってやるよ。日本人が居るのと居ないのだと、かなり違うだろ」
「......! 本当に!? ありがとうございます!」
「で、お前とその尋ね人の関係は?」
「半分、家族みたいなもの、かな。血は繋がってないんだけどね」
家族、家族か。余計、他人事じゃないな、これは。
「どの辺に住んでるとか目星は付いてんのか?」
「た、多分、関東に居るんじゃないかなあと思ってるけど......」
「範囲広過ぎだろ」
「あうう......」
可愛い。ひたすらに可愛い。幾らでも協力してやりたくなる。
「分かった、分かった。取り敢えず、人探しをしてくれる会社に依頼に行くか。何か有名なところが東京にあった気がする」
「で、でも、私、お金が......」
「出してやるから気にすんな。飯食い終わったら早速行くぞ」
そんなこんなで店を出た俺とロッテ。まだ、時刻はギリギリ18時になっていない。人探しをやってるという会社の閉店が22時なので頑張れば行けそうだ。
「おし、行くか」
「う、うん......!」
ステラに連絡を入れ、いざ、最寄り駅までバイクに乗ろうとしたその瞬間、何者かが俺の肩に手を置いた。
「......たちまち食欲の無くなる場所ってどーこだ」
「っ!? チッ、テメエかよ」
災厄だった。心臓に悪過ぎる。
「答えを」
「食欲の無くなる場所オ......? 青い照明と青い壁紙の部屋か」
「そういうのじゃない。なぞなぞ」
「知るか。答えは」
「宇宙。空気(喰う気)が無いから」
「成る程......千隼は?」
「家に居る。今は私一人で散歩中」
ところで、コイツについて、ロッテには何と説明したら良いだろう。いや、ロッテに災厄なんざと関わらせたくないな。さっさと、この場を切り抜けるのが最適解か。
「楓」
そんなことを悩んでいると、突如、低い声でロッテに名前を呼ばれた。
「ん......って、おいっ!?」
見れば、ロッテは腰に刺していた巨大な剣を抜き、災厄に向けていた。
「楓は下がっていて。ごめんなさい。貴方を巻き込むつもりは無かったの。この前は随分とコケにしてくれたな、『災厄』......!」
ああ、やっぱりそうか。お前もそっち側の人間か。俺は少し落胆した。
「誰」
「だ、誰って、わ、私だ! この前、貴様の前に立ちはだかったヴォルフ家の騎士、ロッテ・ヴォルフ......」
「雑魚のことは覚えてない」
「なにいっ......!?」
ロッテが口を開け、そう言った瞬間に災厄は彼女との間合いを詰めた。そして、目にも止まらないスピードで自分の剣を抜くと彼女の剣を真っ二つに切ってしまった。
「ね、弱過ぎ。出直してきて。同じ結果になるだろうけど」
「ぐ、ぐぬぬ......フォーサイス様の仇いいいいいいいいい! うぐおはあっ!? いだあいっ、いたったったっあ......!」
真っ二つに切れた剣のうち、柄が付いている方を持ち、ロッテは災厄に突撃するが、災厄は二、三歩歩くだけでそれを軽く躱してしまった。
俺は慌てて周囲を見渡す。良かった。周りに人は居ない。
「......この人の方がまだ強かったかもしれない。主に痛みに」
と、災厄は俺を指して言う。
「ふぇぇ......楓もコイツと戦ったことあるの......? というか、何で知り合い......?」
災厄にボッコボコにされた、ボッロボロのロッテが体をゆっくり起こしながら言った。
「まあ、色々な」
「ねえ、これの身柄は?」
災厄がロッテを指差して言う。
「迷惑かけて悪かったな。テメエも似たようなことしてたんだから許してやれ」
「......分かった。キミに任せる」
「てか、お前、俺を殺すつもりは無くなったのか?」
彼女は俺の問いに対して暫し沈黙した。
「無くなっては、無い。でも、キミは千隼の友達だし、千隼に殺人は控えるように縋り付かれてるし、何より最近は殺害欲求の捌け口として千隼を利用してるから、当分は大丈夫」
殺害欲求の捌け口......千隼、お前、この街に災厄という化け物を放たないようにするため、そんなことを引き受けていたのか。
「まあ、なら、良い。災厄とは敵対したくないからな」
「その、災厄って呼ぶのやめて。ナコって名前、千隼に貰ったから」
「......気が向いたらな。ほら、ロッテ、行くぞ。テメエの探し人、何と無く分かった」




