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第五十七話 家族


 12月21日。由香とはあれっきり会っていない。電話は何度かかけているのだが、『今はちょっと忙しい』の一点張り。何やら元マクスウェル宅で大事なことをしているらしいが、その大事なことが何なのかは、全く教えてくれない。


「ああ、クソッ。折角、再会出来たのにこんなことアリかよ。アイツ、何考えてんだ」


「そうやって一昨日からずっと、家の中歩き回ってるよね、あなた。偶には外に出たら? 妹さん、別に遠くに行ってしまった訳ではないんだから良いじゃない」


 あれだけ大きな事件があったため、心を整理する時間が必要だろうと店長の寛大な計らいで三日間は有休にしてもらっているが、それも今日で終わり。

 俺の苛立ちは募るばかりであった。


「うっせえ。良いだろ別に。家事はちゃんとしてるし」


「後、三日であなたの楽しみにしてたクリスマスイブだよ? そんなに機嫌悪くて大丈夫?」


「っ......別に楽しみにはしてねえよ。クリスマスくらいは落ち着いて迎えたいってだけで」


「ふうん。それで、クリスマス、誰と過ごすの? 妹さんは?」


「......都合が合うならイブか当日のどっちかはアイツも呼びたい」


「妹さんを呼ばない方の日は?」


「テメエと二人」


「......へえ、どうして?」


 少し興味深そうに眉をピクピクと、尻尾をフラフラと動かしながらステラが聞いてくる。


「二日も由香のクリスマステンションに付いていける気がしな......」


 其処まで言って、ステラの表情が俺を小馬鹿にしたものになっていることに気付いた。不味い。嘘を吐いたらまた、代償を支払わされる。


「偶にはテメエと静かに過ごすのも良いかと思ったからだ」


「ふうん......別に私は構わないけれど」


「そか」


 そんなやり取りをしていると、ピンポーンとインターフォンの鳴る音がした。つい、この前まではウチを訪ねてくる奴なんて殆ど居なかったが、今では逆に候補が多過ぎる。

 あれから一度も会っていない朱音が顔を見せにきたとか、或いはやっと、『大事なこと』を終えた由香が帰ってきたとか、そんなところだろう。

 俺とステラは玄関へと行き、ガチャリと扉を開ける。其処に居たのは青髪ロングで背に幾つものアームを付け、目にはゴーグルをした少女だった。


「......お久しぶりです、人間。先日は、ご迷惑をお掛けいたしました」


「何だ、マクスウェルか」


 不意に視線をマクスウェルの左右に向けると、其処には金髪ポニーテールの少女と、ゴーグルをしていないだけでマクスウェルと瓜二つの青髪ショートが居た。


「兄さん、ただいまー。お茶淹れたまえ」


「暁さん、昨日ぶりですね。......貴方に頂いた名前で行きましょうか。ラプラスです」


 そして、更にその三人の後ろには不貞腐れた様子の朱音が突っ立っていた。


「ある程度、責任は取ったワ。私は帰るから」


「駄目です。折角ですし、朱音もお茶を頂いていきましょう」


「却下。そもそも、楓が了承しないでしょう......」


「・・・・」


 俺は沈黙を守る。


「許してくれとは言わないし、謝罪もしないワ。近所だからまた会うことがあるかもしれないけれど、お互い不干渉で行きましょう」


 そう言うと、朱音は俺とステラに背を向け立ち去ろうとする。呆気に取られながらも俺の口は動いた。


「待て」


「......どうしたの?」


「状況が全く理解出来てないだけだ。茶くらい飲んでけ」


「......アナタがそう言うなら」


 こうして、俺は同時に存在する筈の無い三人と朱音を家へと招いた。六人分の椅子はないのでコタツに入ってもらうことにしたのだが、結構、窮屈だ。

 偶には自分が、と茶を淹れようと名乗り出た俺はステラが好んで飲んでいるアールグレイの茶葉を使い、紅茶を淹れた。五つしか陶器のカップが無かったのでステラには耐熱計量カップに淹れたものを出す。


「喰い殺すよ」


「冗談に決まってんだろ」


 俺は直ちにステラの計量カップと自分のマグカップを入れ換えた。


「ふふ。それで良いの、あなたは」


「ムカつく」


「仲良いね、二人とも」


 金髪ポニテがニヤニヤしながらそう言う。その容姿は数年前の『暁由香』と全く同じであった。


「そろそろ、話して貰おうか。これ、どういう状況だ?」


 由香に体を返す為に自らの人格を消した筈のマクスウェル、その結果生まれ、最終的には自らの人格を全て由香の記憶で塗り潰して消えた筈のラプラス、そして、そんな彼女らの体に入っている筈の由香。

 この三人が居ることはあまりにも不自然であった。


「私説明下手だからマクスウェル、パス」


 由香の言葉を受けて『了承しました』と、マクスウェル。


「それほど難しい話ではありません。まず、第一にこの由香は先日、人間と再会した由香に違いありません。アームなど、生命維持に関係の無い器具を外し、髪を染め、ポニーテールにしただけです」


「です!」


 と、由香は自らの腕を見せてきた。一見、普通の皮膚に見えるがよくよく見ると、何処か光沢があり、人工皮膚であることが分かる。確かにこの由香は『元マクスウェル』であり、『元ラプラス』である『暁由香』本人らしい。


「なら、お前達は?」


「私とラプラスは機械で出来た身体に各々の人格や記憶を司るデータを読み込ませて復活しました。......私も、ラプラスも......何故でしょうね。消え去るとき、無意識に自分達を形作るファイルをデータの奥底に暗号化して、残していたのです」


 俯きながら溜息を吐くマクスウェル。彼女も、ラプラスも、頭では自分を消すべきと考えていても、心はずっと、『自分でありたい』と思っていたのだろう。


「その隠されたファイルを探し出すのを手伝ったのがワタシ。『ファイル』と言うと語弊があるわね。二人のファイルは最早、『魂』に限りなく近いものになっていたわ。だから、私の巫女としての能力で二人の魂を活性化させ、それを由香のコンピュータで探し出したってワケ」


「因みに私と姉さんの体は、姉さんが自らの残機として家に置いていたものを使いました。由香姉から取り外したアームなどの殆どは、全て姉さんに引き継いだ形です」


 と、説明するラプラス。三人の説明は何だか壮大なようで、単純で、それでいて聞くだけで強い安心感と幸福感が押し寄せてきた。


「なら、最初からデータをちゃんと保管しとけば良かったんじゃねえのかよ」


「私達を形作るデータが残っていれば、由香が戻ったときに彼女の人格の完全な回復を阻害してしまう......それが私とラプラスの考え方だったので」


「由香姉の人格に影響がないほどまでにデータを深くに眠らせ、それを復活させる......なんて、普通は出来なかったのですよ。私と姉さんの執念と、朱音の力がそれを可能としてしまいましたが」


 俺はコクコクと彼女らの言葉に頷いた。


「成る程な......ところで、ラプラス、今、マクスウェルのことを何て呼んだ?」


「姉さんと」


「由香のことは?」


「由香姉と」


「俺は?」


「兄さん......?」


「待て待て待て。可笑しいだろ。その理論は」


「両親どころか、一時は同じ体と同じ脳を共有した人格です。私とマクスウェル、由香の関係を表すにはそれしか無いかと」


 何か二人も妹が出来てしまった。


「ふふっ......良かったじゃない。家族が増えて」


「いや、増えてねえから。認めてねえから」


「人間」


 マクスウェルが優しい声で俺のことを呼んだ。やはり、ラプラスよりもマクスウェルの声の方が多少、人間味がある。


「んだよ。お前が妹とか認めねえぞ」


「はい。私はラプラスのことを唯一の妹と認めている一方で、由香や貴方のことを兄姉とは思っていません」


「唯一のて......フィーネどした」


「血の繋がりも無ければ、心の繋がりも無いアレを妹とは断じて認めません」


 ......まあ、彼女のしたことを考えれば当然か。てか、危うく、フィーネまで妹になってしまうところだったな。


「それに人間、貴方が私の兄であると、問題が......」


「は?」


「いえ、何でもありません。貴方に再び会えて良かった。ただ、それだけです。今後とも、宜しくお願いします」


 マクスウェルに続いてラプラスも頭を下げた。俺は端的に相槌を打つ。


「あなた達、これからどうするつもり? 特に由香、帰ってくるでしょう?」


「あ、いえ、自分の家、というかマクスウェルの家に住もうかなーと。流石に成人してて同棲相手の居る兄と同居ってのも気まずいですし」


「私は引き続き、朱音と暮らすつもりです」


「......由香の邪魔なら、私、この家、出ていくけど」


 ステラが突如、そんなことを言い出した。由香はそれに対して首をブンブンブンと横に振る。


「いやいやいや、止めてください! 頼みますから! 兄さんにはステラさんが絶対必要なんですよ!」


「どういうことよ......」


「てか、テメエ、俺と精気についての契約交わしてる限り、俺と別居とか非現実的だろ。もっと、考えろお人好しサキュバス。後、前から思ってたがテメエ、由香には何か甘いよな。その優しさをもっと、俺にも......」


「家畜の分際でうるさい」


 と、ステラは言い、畳み掛けるように俺の顔を尻尾で叩いた。少し痛い。マジでどうなってんだよ、俺と由香の扱いの差。


「由香、お前これから就職とかどうすんだ?」


「高専行く」


「は?」

 

「高専入り直す」


「学費は私が払いますのでご心配なく」


 と、言うのはマクスウェルである。


「いや、本気なら俺が出すが......」


「私に払わせて下さい。由香は自分みたいなものですから。フリーターになるつもりだった由香を説得し、高専に行くよう諭したのも私ですし」


「......いや、マクスウェルには本当に悪いんだけどね。夢を諦めるなって言われちゃってさ。ひゃはは......」


 苦笑しながらも、何処か嬉しそうな由香を見ていると不思議と涙が出てきた。


「なら、せめて、半分は払わせてくれ。俺にも兄としての意地がある」


「......貴方がそう言うのでしたら」


 マクスウェルはコクリと頷く。


「私も出したいのですが、朱音と私は極貧生活を送っていますので、どうぞご勘弁を......」


「なら、私が仕送りしましょうか」


「い、いえ、姉さんは由香の学費だけをお願いします......」


「実を言うと、仕送り、少しだけ魅力的だったりするんだケド......」


 そんなやり取りをするマクスウェル、ラプラス、朱音の様子を見てステラが一言。


「何か、あなた、一気に身内が増えたね......」


「眩暈がする」


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