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第五十五話 ナコ


「はい、はい。すみません。はい......ありがとうございます」


 出来るだけ、申し訳なさそうな声で電話を入れた。相手は学校の職員だ。


「千隼、学校休んだの?」


 眠そうに目を擦りながら灰髪の少女が寝室から出てきてそう聞いてくる。薄いパジャマ越しに見えるブラジャーを付けていない双丘は思春期の高校生には刺激が強すぎる。

 やめて欲しい。


「あ、お姉さん。はい、流石に昨日の一件で精神的に参っちゃって」


「私が暴走したせい?」


「あ、いえいえ、そうじゃなくて......いや、そうなんですけど」


 お姉さんの気を損ねたら何をされるか分からない。そう思い、僕がゴニョゴニョとどうにかフォローを入れようとしていると、彼女は不満そうな表情を浮かべながら此方に向かってきて僕の足を踏んだ。

 手加減してくれているらしく、痛くはない。


「最近、気付いた。千隼、私のことを怖がってる。それで、いつも私の機嫌ばかり気にしてる」


 ギクリ。


「そ、そんなこと......」


「ある。私に隠し事、出来ると思わないで」


「あ、ううう」


「私、千隼に危害を加えるようなことはしない。千隼と仲良くしたい。だから、怖がられるのは心外」


 ムスッとした表情を浮かべながら、低い声で彼女は僕に苦言を呈した。


「......れなら」


「ん?」


「それなら、お姉さんはもっと、努力して下さいよ! お姉さんは直ぐに人を殺そうとするし! 直ぐに剣を抜くし! そんな人を魔法も剣も使えない僕が怖がらない訳ないじゃないですか! 頼むからもう少し理性的に行動して下さいよ! どれだけ僕の感情に敏感になっても、本能のままに生きてたら同じですよ! はあ、はあ......」


 言ってしまった。つい、感情をぶち撒けてしまった。彼女はどんな顔をしているだろう。怒っているだろうか。傷付いているだろうか。どちらにせよ、彼女の顔を見ることが出来ない。


「動くし、話すし、食べるのに、中身は空っぽ。コレなーんだ」


 しかし、僕のあらゆる予想に反して、彼女の顔と声はいつも通りだった。


「・・・・」


 なぞなぞの答えは明白。しかし、僕は答えられなかった。


「正解は私、『災厄』」


 僕に答える意思がないのを悟ると、直ぐに彼女は答えを言った。


「......生きているものを見ると、どうしても魂が欲しくなる。私は、魂の抜け殻に意識が宿っただけの存在。空っぽを埋める、ものが欲しい」


 彼女の声はいつにも増して震えていた。

 僕には『災厄』という存在が何なのか、全く分からない。『魂の抜け殻に意識が宿っただけの怪物』と彼女は自分を説明するが、それ自体がピンと来ない。

 ただ、一つ分かるのは、彼女が他者に向ける殺害欲求を抑えることは非常に難しいということ。


「なら、どうして僕のことは殺さないんですか......?」


「本当のことを言うと、今直ぐにでも殺したい」


「はいいっ!?」


「千隼のことは好き。でも、ずっと、私と居てくれるとは限らない。現に今も私に警戒心を剥き出しにしてる。だから、千隼のことを食べちゃったら早いんじゃないかなって」


 ガシッと僕の体を彼女は自分の方へと寄せ、僕の顔を胸へと押しつけた。


「あ、らめれす、死ぬ......息がくるし......」


「私は空っぽだから、その穴を貴方で満たして欲しい。きっと、貴方なら私の大きな穴も埋まるはず」


 可愛い女の子の胸に顔を押し付けられているという本来なら歓喜すべき状況。

 だが、その先にあるのが自らの死と彼女による吸収だと思うと、とてもではないが喜べなかった。


「あ......本当にしんじゃ......」


 息が出来ない。

 このままでは本当に殺されてしまう。パニックに陥った僕は必死に暴れた。が、無駄な足掻きであった。


「でも、貴方を殺したら、更に大きな穴が出来て、結局、貴方の魂を飲み込んでもその穴までは埋まらない気がする」


 やっと、彼女は僕を解放した。力いっぱい、僕は外の空気を吸う。


「......お姉さん」


「何?」


「僕も、お姉さんのことが好きです」


「......え」


「最初は正直、お姉さんを利用することしか考えてなかったけど、お姉さんが僕を虐めから救おうとしてくれてて、嬉しかった。暁さん達を頼ったりも、してくれましたよね。......だから、好きです、お姉さんのことが」


 僕は溜まりに溜まった想いを解放した。

 彼女に思うことがないではないが、それでも僕は彼女が好きだった。優しくて、不器用で、浮世離れしてて、不思議な魅力のある彼女が。


「......でも! でも、千隼は私のことを怖がってて......!」


「お姉さんを怖がってたのは事実ですし、今もちょっと怖いです。でも、好きなのもまた、事実です。それって両立しませんか?」


 突然、お姉さんは真っ白で無表情な顔を茹でダコのように真っ赤にした。そして、ブルブルと顔を振り始める。


「あ、え......その......あううう......す、好き......? 私のこと......」


「はい、大好きです」


「だ、だい......す......え、えうう。......ほんとに? ほんとに好き......?」


「はい」


「はゃああああ......」


 何この可愛い生き物。腰に刺してる双剣が怖過ぎるけど。


「えっと、えっと、えっとお......じゃあ、じゃあ......脱ぐ?」


「待て待て待て。何でそうなるんですか!?」


「ひ、ひええ? だっ、だっ、だって! その、好きって言われたから......私も好きだし......」


「ちょっと、アレだなあ!? 人間と災厄の文化の違いだなあっ!?」


「災厄は数百年に一度しか現れないから文化も何も無い。ただ、人間の本で読んだから......」


「それエロ漫画か何か読んでません!? と、兎に角、そういうのは駄目です!」


「......うん」


 素直で可愛い。何だこの人。


「あの、お姉さん?」


「......何?」


「そろそろ、お姉さんの名前も考えた方が良いと思うんですよね。何時までも『災厄』とか『お姉さん』呼びはどうなのかなと。駄目ですか?」


「私は別にどっちでも良いけど、千隼がそう言うなら、うん。良い」


「お姉さん的に呼ばれたい名前とかありますか?」


「無い」


「そっかあ」


 何だろう。『災厄』、『幽霊』、『魂』。難しいな。


「日本人の名前って、最後に『子』が付くって聞いた。それが良い」


「それもそれで偏った知識得てますね......。子の前には何を付けましょうか。お姉さん、好きなものは?」


「なぞなぞ」


「謎子かあ......発音しずらいのと、字面がアレなんで、カタカナでナコとかにしません?」


「ナコ......うん。それが良い」


「やった。じゃあ、決まりですね、ナコさん」


「折角、決めたんだから呼び捨てが良い」


 頬を膨らませながら不満そうにナコさんは言った。


「いや、今までもお姉さんって呼んでた訳ですし......いきなり呼び捨ては......」


「その敬語もあまり好きじゃない。出来ることならタメ口が良い」


「分かりました。ナコって呼びますから。敬語だけは使わせて下さい。ナコにタメ口とか無理過ぎます」


「むすうー」


 彼女はかなり不満なようだった。

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